21日間の物語
ロードレースのレース形式として、複数日の期間、各日ごとに異なるコース(ステージ)を走りその合計タイムで「総合優勝」を争うものをステージレースと呼びます。
複数日にまたがって開催されるステージレースですが、その中でも3週間という長丁場で行われるレースが以下の3つです。
この3つのレースを「グランツール」と呼び、その規模と難易度からステージレースの頂点に存在するレースとして認識されています。
勝利する事は勿論ですが、完走や出場するだけでも大きな名誉とされるぐらい、その格式や存在価値は高いものになっています。
ロードレース観戦を語る上では外せない存在である「グランツール」について解説していきたいと思います。
概要
グランツールと他のステージレースの最大の違いは、何といってもその開催期間と総走行距離、そして、それによってもたらされる難易度の高さです。
一般的なステージレースは数日から長くても1週間程度で、総走行距離はどんなに多く見積もっても1500kmといったところでしょう(直近の例では、パリ~ニース2020が予定通り8日間開催されていれば1216.6kmでした)。
それに対してグランツールは21日間(途中2回の休息日を挟み23日間で21ステージ)、総走行距離は何と約3500kmにもなります。
これだけでも相当な難易度ですが、さらに難易度を上げる要素として、厳しい山岳ステージの存在があります。
ジロ・デ・イタリアではアルプス山脈、ブエルタ・ア・エスパーニャではピレネー山脈、そしてツール・ド・フランスではその両方が選手を苦しめます。
長丁場を乗り切るタフさと安定感に加え、厳しい山岳を乗り切る能力もなければ完走すら難しいのです。
他の大きな特徴として、メディアへの露出度の高さが挙げられます。
ロードレースはスポンサー料で成り立っているスポーツであり、チーム名にはスポンサー名が入っていますし、ジャージにも多くのスポンサーの広告が掲載されています。
メディアへの露出の多いグランツールで活躍・勝利する事は、スポンサーへの大きなアピールになる(というか、スポンサーはそこに期待して広告を出している)ので、各チームが他のレースと比べて明らかに高いモチベーションで臨んできます。
各チームの出場メンバーも、そのチームが送り出せる最高のメンバーが選出され、グランツールにピークを持ってくるように調整してきます。
結果として、最難関の舞台で、最上級の選手達による白熱の勝負が展開される事になるのです。
また、最初に「グランツールはステージレースの頂点」と書きましたが、実はグランツールの中でも格の優劣があります。
最も格式が上位なのはツール・ド・フランスで、次いでジロ・デ・イタリア、そして一番下がブエルタ・ア・エスパーニャとなっています。
そのため正確には「ステージレースの頂点はツール・ド・フランス」であり、出場する選手のレベルやメディアの注目度も最も高いものになっていて、ツール・ド・フランスは世界最大のロードレースとして認識されています。
ツール・ド・フランス
・初開催:1903年
・開催時期:7月
・直近3年の優勝者
・2022:ヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ)
・各リーダージャージの呼称とデザイン
・総合リーダージャージ(マイヨ・ジョーヌ)黄色
・ポイント賞ジャージ(マイヨ・ヴェール)緑色
・山岳賞ジャージ(マイヨ・ブラン・ア・ポワ・ルージュ)赤い水玉模様
・ヤングライダー賞ジャージ(マイヨ・ブラン)白色
グランツールの中でも最も歴史が古く、そしてロードレースの頂点として存在しているのがこのツール・ド・フランスです。
その注目度とメディアへの露出度はまさに別格の存在であり、全てのロードレースのメディアへの露出の内、このツール・ド・フランスが占める割合は何と80%にもなるそうです。
そのため、どのチームもこのレースでの勝利を最大の目標として、最高の布陣を整えて臨んできます。
ジロやブエルタと比べ、山岳ステージと平坦ステージのバランスが取れたステージ構成になる事が多いと言われ、複数のタイムトライアルステージを含む事も多く、脚質を問わず活躍の機会がある場合が多いです。
また、1990年以降は毎年シャンゼリゼの周回コースが最終ステージに設定され、そこで勝利する事はスプリンターにとって最高の名誉となっています。
ただし、アルプス山脈とピレネー山脈の両方を走る事から、総合争いの勝負所となる厳しい山岳が2度出現するので、そこにたどり着くのは決して容易ではありません。
総合優勝する事がもちろん最大の栄誉ですが、ステージ勝利や各種特別賞の受賞もかなり大きな意味を持ち、選手の将来に大きな影響を与えます。
もちろん他のグランツールでもそれらの結果には大きな意味を伴いますが、ツールでは途中で総合リーダーの証であるマイヨジョーヌに袖を通すことや、高難度の山岳山頂をトップ通過した事までも一生の名誉として語り継がれるほどです。
それぐらい他のレースとは別格の、ロードレース界の頂点として君臨しているのがツール・ド・フランスなのです。
ジロ・デ・イタリア
・初開催:1909年
・開催時期:5月~6月
・直近3年の優勝者
・2022:ジャイ・ヒンドレー(ボーラ・ハンスグローエ)
・2021:エガン・ベルナル(イネオス・グレナディアーズ)
・2020:テイオ・ゲイガンハート(イネオス・グレナディアーズ)
・各リーダージャージの呼称とデザイン
・総合リーダージャージ(マリア・ローザ)ピンク色
・ポイント賞ジャージ(マリア・チクラミーノ)紫色
・山岳賞ジャージ(マリア・アッズーラ)青色
・ヤングライダー賞ジャージ(マリア・ビアンカ)白色
ツール・ド・フランスの6年後に始まり、ツールに次ぐ格式の高さを誇るのがこのジロ・デ・イタリアです。
ツールと比較すると山岳のコースが厳しめに設定される事が多く、総合優勝争いにおいては、タイムトライアルが得意な選手よりも登りが得意なクライマー系の選手が上位に入りやすい傾向があります。
また5月開催のため山頂付近に雪が残っている事もあり、寒暖差への適応も必須となる過酷なレースとなっています。
これらのことから、ツールよりもジロの方が難易度が高いと評される場合もあります。
地元イタリアの選手が結果を残す傾向にあり、イタリア人以外での初総合優勝はなんと第33回大会の1950年。
近年はロードレース界全体の国際化の影響で、他国の選手の総合優勝もさすがに増えましたが、1997年から11年連続でイタリア人が総合優勝するなど、まだ傾向としては残っています。
ブエルタ・ア・エスパーニャ
・初開催:1935年
・開催時期:8月~9月
・直近3年の優勝者
・2022:レムコ・エヴェネプール(クイックステップ・アルファヴィニル)
・2021:プリモシュ・ログリッチ(チーム・ユンボ・ヴィスマ)
・2020:プリモシュ・ログリッチ(チーム・ユンボ・ヴィスマ)
・各リーダージャージの呼称とデザイン
・総合リーダージャージ(マイヨ・ロホ)赤色
・ポイント賞ジャージ(マイヨ・プントス)緑色
・山岳賞ジャージ(マイヨ・モンターニャ)青い水玉模様
・ヤングライダー賞ジャージ(マイヨ・ビアンコ)白色
グランツールの中で最も歴史が浅く、格式的にもワンランク下に見られる場合が多いのがこのブエルタ・ア・エスパーニャです。
1994年までは開催時期が4月~5月だったため、ジロとの間隔が短い(場合によっては一部被る)ので有力選手はジロに優先的に出場してしまい、ブエルタに参加するのは調整目的の選手や地元スペインの選手が大半のような状態が続いていました。
しかし1995年から現在の秋開催に移行した事と、2005年から開始されたUCIプロツアーでのランク付けでジロと同格の扱いを受けたことで、現在ではグランツールの名を冠するにふさわしいような盛り上がりを見せるようになりました。
コースの特徴としては、山がちなスペインの国土の影響から、平坦ステージでも比較的起伏を含む場合が多い事と、斜度が20%を超えるような激坂が設定される場合が多い事が挙げられます。
また、1つのステージ当たりの距離が短めに設定されることも多く、これによってレースが高速化しやすい傾向にあります。
21ステージという長丁場の戦い
総合優勝を狙うなら、山岳ステージとタイムトライアルステージをこなすような、登坂力と独走力を併せ持ったエースと、それをアシストする層の厚いチーム力が必要なのは当然です。
スプリントでの勝利を狙う場合も、圧倒的なスプリント力を誇るエースと、エースが万全の状態でスプリントできるようにお膳立てするアシストの力がもちろん必要です。
しかし、グランツールで活躍する為に最も必要なのは、21ステージの長丁場を戦い抜く安定感だと言っていいでしょう。
総合優勝争いの場合、たった1日の不調(いわゆるバッド・デイ)による大きなタイムロスが致命傷になってしまいます。
スプリンターも、苦手の山岳ステージでエネルギーを使いすぎてコンディションを崩してしまえば、活躍すべき平坦ステージで本領を発揮できません。
どんな状況でも力を発揮できるような、メンタル面も含めて高いレベルの安定感が求められているのです。
そんな過酷なグランツールでは、これまでも数多くのドラマや逆転劇、そして名勝負が生み出されてきました。
選手たちが死力を尽く事で生み出される21日間の熱きストーリーは、他のどのスポーツにも無い魅力を持っています。
是非グランツールという感動の一大巨編をじっくりと堪能してみて下さい!