「怪物」の証明
イタリアはトスカーナ地方の田園地帯を走り抜ける美しくも険しいレース、「白い道」ストラーデ・ビアンケ。
セクター(イタリア語ではセットーレ)と呼ばれる11か所の未舗装路が劇的な展開を生むこのレースは、初開催は2007年とまだ歴史が浅いながら人気が高く、今年も多くの有力選手が出場する。
事前の注目選手、優勝候補としては
- 昨年の覇者、説明不可能なスーパー脚質のワウト・ファンアールト(チーム・ユンボ・ヴィスマ)
- 一昨年の覇者、そして現世界王者のジュリアン・アラフィリップ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
- 常識を打ち破り続ける「怪物」マチュー・ファンデルプール(アルペシン・フェニックス)
- ワウト、マチューに続くシクロクロスからの天才トム・ピドコック(イネオス・グレナディアーズ)
- ワンデーレース適正も披露している昨ツール覇者タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)
- MTB出身の一昨年ツール覇者エガン・ベルナル(イネオス・グレナディアーズ)
こんな感じの超豪華なメンバーが揃う事に。
他にもグレッグ・ファンアーベルマート(AG2Rシトロエン)、ヤコブ・フルサン(アスタナ・プレミアテック)、バウケ・モレマ(トレック・セガフレード)、ミハウ・クフィアトコフスキ(イネオス・グレナディアーズ)、ロマン・バルデ(チームDSM)、アルベルト・ベッティオール(EFエデュケーション・NIPPO)辺りは実績や調子から要注目といったところ。
そして、今年のジロ・デ・イタリアで今回のルートを通るステージがあるという事で、前述のベルナルの他にもサイモン・イエーツ(チーム・バイクエクスチェンジ)、ジョアン・アルメイダ(ドゥクーニンク・クイックステップ)、エマヌエル・ブッフマン(ボーラ・ハンスグローエ)、ペッリョ・ビルバオ(バーレーン・ヴィクトリアス)などのジロ出場予定の総合系選手が多くエントリーしているので、こちらも要注目。
そんな状況で、取り敢えず自分の予想がこちら。
ストラーデビアンケ予想
— kiwa (@kiwa2408) March 6, 2021
本命:アラフィリップ
対抗:ワウト
穴:マチュー
大穴:ピドコック
大穴は悩んだ
クフィアトとベルナルもいるイネオス
が強いというかその2人でもいい
ジロ出場予定の総合系、サイモン、アルメイダ、ビルバオ、ブッフマンにも注目#StradeBianche #jspocycle #ロードレースjp
アラフィリップとワウトも迷ったけど、アシストの差が大きい気がする
— kiwa (@kiwa2408) March 6, 2021
マチューは登りがきつそう、何なら4枠から外す事も検討したけど、今までも既存の概念を壊してきたから穴枠で入れた
他はGVA、フルサン、バルデ、モレマ、ベッティオール、ポガチャル辺りが浮かんだ
アラフィリップ、ファンアールト、ファンデルプールと「3強」を順当に入れつつ、大穴は迷いに迷って、ベルナルを入れるのは…ファンの贔屓目という正常ではないバイアスが掛かっているかなと判断してピドコックをチョイス。
今年は「J SPORTS」と「GCN」という2つの媒体で中継が行われる中、自分はJ SPORTSを選択。
昨今の色々と難しい状況下で、RCS主催レースの放映権を大量に買い戻した気概を最大限に評価したい。
少し前まで雨の予報もあったけれども、当日は穏やかに晴れた天気となりレースはスタート!
序盤から8人の逃げが形成されるも、セクター7であえなくほぼ吸収。
大方の予想通り、レースが本格的に動くのは残り54kmで登場するセクター8「モンテ・サンテ・マリエ」から。
セクター8突入直前にファンアーベルマートなどが意外な飛び出しを見せるも、ユンボが牽引する集団は特に問題なくこれを吸収し、いよいよモンテ・サンテ・マリエへ。
その未舗装路が選手に与えるダメージはやはり大きく、集団のあちこちでパンクなどのトラブルが発生し、脱落者が続々と出てくる。
そんな中、やはり仕掛けたのはアルカンシェルを身に纏ったこの男、アラフィリップ!
この動きに付いていけた選手はかなり少なく、先頭集団は一気に絞り込まれる…というか、アラフィリップ、ファンアールト、ファンデルプール、ピドコック、ベルナル、ポガチャル、クイン・シモンズ(トレック・セガフレード)、ミヒャエル・ゴグル(クベカ・アソス)という、精鋭揃いの8人の先頭集団になる。
優勝候補がしっかり残る一方、若手(19歳!)のシモンズと実績の少ない(ワールドツアー0勝)ゴグルが残った事に、正直かなり驚く。
後方ではフルサンなどが追走集団を形成するも、どうやら追いつくのは厳しい模様で、勝負権は先頭の8人に絞られる形に。
この後、シモンズはパンクで先頭集団から無念の脱落。
追走集団に加わり機を窺うも今度はスリップして落車と、悔いの残る形になってしまった。
残り24km、セクター9「モンテ・アペルテイ」で仕掛けたのは、またしてもアラフィリップ!
ここでなんとファンアールトが付いていけず、ファンアールトの後方にいたピドコックとともに集団から離されてしまう…!
その後先頭のペースが落ち着いたこともあって、セクター10で2人は何とか合流するも、脚が残っていないのは明らか。
特に単騎のファンアールトは、もうどうしようもない…。
昨年の覇者は、実質この時点で連覇の望みが絶たれてしまった。
残り13km、最後の未舗装路区間であるセクター11「レ・トルフェ」。
仕掛けたのは、ここまでは大人しかったファンデルプール。
激坂で一気に力を込めると、その加速に対応できたのはアラフィリップのみ!
その後、ベルナルもなんとか追いついて3人で先頭集団を形成。
シクロクロス世界王者ファンデルプール、ロードレース世界王者アラフィリップ、2019ツール覇者ベルナルという、目が眩むほど豪華な3人での優勝争い、なんと熱い展開だろうか…!!
追走集団は差を詰められず、先頭は3人のままレースは最終局面を迎える。
残り1km、シエナ旧市街地へ突入し、残すは「サンタカテリーナ通り」。
最大勾配18%というこの石畳の激坂で、仕掛けたのは再びファンデルプール。
「怪物」が放った超強烈なアタックは、現役屈指の激坂の名手であるアラフィリップさえも一気に引きちぎる、常識外れな一撃!!
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そのまま単独でカンポ広場の美しいフィニッシュ地点まで駆け抜け、渾身のガッツポーズ!!
マチュー・ファンデルプールという怪物が、怪物たる所以を遺憾なく発揮した、衝撃的な勝ち方。
激坂で引き離した2人は、世界最高クラスの登坂力を誇るベルナルと、あの「ユイの壁」を2年連続で制した現役随一の激坂ハンターであるアラフィリップである。
長い登坂が得意で、小柄な体格から生み出される出力的に激坂向きではないベルナルはまだ分かる。
問題はもう一人、アラフィリップだ。
ユイの壁を制圧してのフレッシュ・ワロンヌ2連覇を筆頭に、昨年のツールや世界選手権でも激坂での「分かっていても止められないアタック」を武器にして世界の頂点にまで上り詰めた、あのアラフィリップである。
「現役で激坂最強は誰か?」という問いに多くの人がその名を挙げるであろうアラフィリップを激坂で圧倒的に引き離すとは、一体誰が想像できたというのか?
ファンデルプール、やはり怪物としか表現できない異次元の能力の持ち主。
今後も、見る者の想像を軽く超えるような、衝撃的な走りを披露してくれるのだろう。
残念ながら敗れたアラフィリップも、早い段階から積極的にレースを動かし、そして大事な局面ではファンデルプールとほぼ唯一真正面からやり合うなど、その走りはやはり素晴らしかったと思う。
好調状態の怪物という「天災」に見舞われただけと切り替えて、また美しい勝利を披露してほしい。
そして、3位に入ったベルナル。
確かに、理屈で言えばMTB出身で悪路に強く、そして獲得標高3000m越えのこのレースは向いているのかもしれない。
それでも、ベルナルのファンである自分もこの結果は予想できなかったよ!
凄かったぞベルナル!!
他のジロ出場予定の総合系選手が軒並み苦戦する中、このリザルト!
そしてなにより、昨年のケガの影響など微塵も感じさせない軽快な走りと余裕の表情!!
激坂でファンデルプールに離された直後にこの舌出しながらの登坂(ベルナル、この表情好きなのかよくやるよね)、そしてフィニッシュでも同様の表情とは…!
楽しそうで素晴らしすぎないか。
このままティレーノ~アドリアティコ、そしてジロを制覇だ~!!
昨年覇者のファンアールトは、追走集団から少し抜け出しての4位フィニッシュ。
これが今シーズンのロードレース初戦、まだ本調子ではないという事かな。
まぁ、この後また調子上げてくれるはず。
そして5位はなんとピドコック。
ロードレース本格参戦1年目の21歳、末恐ろしすぎる…。
今後の予定はフレッシュ・ワロンヌやリエージュ~バストーニュ~リエージュといったアルデンヌ・クラシック、そして秋にはブエルタ・ア・エスパーニャ参戦との事で、一体どんな走りを披露するのか、これまた楽しみだ。
激戦、そして衝撃のフィニッシュとなったストラーデ・ビアンケ2021、本当に面白かった。
第8セクターで有力選手が抜け出して先頭を形成した辺りのワクワク感、ファンアールトが遅れた際のドキドキ感、これぞワンデーレースといった感じで最高としか言いようがない。
そして最後のファンデルプールのアタック、視聴しながら思わず変な声が出るぐらいの衝撃的な走りは、本当に凄かった。
ここまで衝撃的なものはなかなか見られないだろう。
本当に、素晴らしいレースだった。
ここまでが、1人のロードレースファンとしての感想。
そして、ここからはベルナルのファンとしての感想。
昨年は、特にツールではとにかく彼が苦しむ姿しか見られなかった。
それでもロードレース観戦はとても面白かったし、しっかり楽しめているとも感じていた。
そして今シーズン、ベルナルが怪我から復帰。
2月のツール・ド・ラ・プロヴァンスでは、見る側もその状態に確信を持てないまま、好走する姿に喜びつつも「登坂の終盤で失速しないか」「レース後に痛みが再発しないか」と不安を抱いていたというのが正直なところ。
でもこの日の走り、そして表情は、そんな不安を完璧に忘れさせてくれる、素晴らしいものだった。
推しの選手が生き生きと走っている、優勝争いをしている、そんな姿を見る高揚感。
もう、最高としか言いようがないでしょ!!
ただでさえ楽しいロードレース観戦が、推しの選手が活躍すればもっと楽しくなるという、当たり前の事に改めて気が付いたレースだった。
頑張れベルナル!
この先もずっと応援してるぞ!!
それでは、また!