私たちはきっと、伝説を目の当たりにしている
今大会初の山岳ステージは、終盤に1級山岳が3連続で登場するというなかなか過酷なレイアウト。
前日同様、開始直後から激しいアタック合戦…というか、スタート直後にいきなり登るレイアウトのせいで、スプリンターを中心にいきなり集団から遅れている選手もチラホラと…。
え、ゲラント・トーマス(イネオス・グレナディアーズ)が遅れている…?
え、プリモシュ・ログリッチ(チーム・ユンボ・ヴィスマ)も遅れている…?
第3ステージでの落車の影響が大きかった2人は、結局このままグルペットで大きく遅れてフィニッシュする事に。
前日も遅れたログリッチに続き、トーマスも総合争いから脱落するという、1週目からの大波乱。
仕方がないとはいえ、残念と言うか、寂しい気持ちではあるよね…。
クリス・フルーム(イスラエル・スタートアップネーション)やピエール・ラトゥール(トタル・エナジーズ)も遅れる中(…って、ラトゥール!?総合9位のラトゥールがなんで遅れてるのさ…)、メイン集団は残り106km地点の中間スプリントポイントへ到着。
先頭通過したのは、アシストに導かれたマイケル・マシューズ(チーム・バイクエクスチェンジ)…ではなく、ソンニ・コルブレッリ(バーレーン・ヴィクトリアス)。
マシューズは先頭通過は逃したけれども、ポイント賞ランキングで2位に浮上する。
その後は再びアタック合戦を経て、ワウト・プールス(バーレーン)が先頭で一旦独走、そして17人の選手がプールスを追いかけ、残り58km辺りでプールスと合流して先頭は18人に。
一時独走していたプールスは3級・4級・1級と3つの山岳を先頭通過し、更には2つ目の1級山岳も2位で通過して山岳ポイントを加算した事で、一気に山岳賞首位に躍り出た。
2つ目の1級山岳に向かうダウンヒルで先頭から抜け出したのは、チームDSMのセーアン・クラーウアナスンとティシュ・ベノートの2人。
登りに入ると意外にもベノートが遅れた事で、クラーウアナスンが単独先頭になるけれども、後ろからマイケル・ウッズ(イスラエル)が一気に追い上げてくる。
登坂力で明らかにクラーウアナスンより勝るウッズがそのままクラーウアナスンを躱して先頭で山頂を通過、そして前述のようにプールスも上がってきて2番手で山頂を通過していく。
一方、メイン集団でも大きな動きが発生する。
まずは、ここまでよく粘っていたマチュー・ファンデルプール(アルペシン・フェニックス)が脱落して、ステージ終了後にマイヨジョーヌを手放す事が確定。
更には、ワウト・ファンアールト(ユンボ)、ミゲルアンヘル・ロペス(モビスター・チーム)、ヤコブ・フルサン(アスタナ・プレミアテック)といった、登れる選手も遅れていくほどのハイペースで集団は進んでいる。
集団の先頭でこの速いペースを刻むのは、ダヴィデ・フォルモロ(UAEチームエミレーツ)。
タデイ・ポガチャルのアシストであるはずの彼は、自分以外のアシストが残っていないにも関わらず、必死の形相で集団を引っ張り続ける。
1週目から、そうまでしてここでライバルを振るい落としたいのか…?
…いや、まだもう1つ1級山岳は残っているこの位置でこの捨て身の牽きは、早すぎるというか、まさか「ポガチャルが行く」という事…?
その「まさか」だった。
フォルモロの牽引が終了すると、ポガチャルが飛び出す!!
総合勢で実質首位のポガチャルが、まだ1週目の今大会最初の山岳ステージで、残り30km以上を残してまさかのアタック!!
辛うじてリチャル・カラパス(イネオス)だけは食らいつくも、直後にポガチャルがもう一段階加速すると、カラパスも置き去りにされてしまう!
ポガチャルは早くも勝負を「決めに」いこうというのか!
そのままペースを上げ続け、カラパスとの差もあっという間に1分以上に開いていく!!
レースは最後の1級山岳へ突入。
先頭はウッズの独走、1分ほど遅れてプールス、サイモン・イェーツ(バイクエクスチェンジ)、ギヨーム・マルタン(コフィディス)、ヨン・イサギレ(アスタナ)、ディラン・トゥーンス(バーレーン)の追走集団。
そして、その2分ほど後方に驚異的な独走を続けるポガチャル。
追いかけるカラパスはジョナタン・カストロビエホと合流するものの、じわじわとポガチャルから離されていく。
残り17.8km、先頭のウッズに追走から飛び出したトゥーンスが合流する。
ただ、ポガチャルがとんでもないペースで追い上げてきていて、気が付けばもう先頭まで1分30秒ほどの差しかない…!
まさか、このままのペースではポガチャルが追いつく可能性も…?
ポガチャルはマルタン、プールス、サイモン・イェーツ、ヨン・イサギレと順次追い抜いていき、先頭に迫っていく!
残り15.3km、山頂まで600mの地点でトゥーンスがウッズを振り払って単独で山頂を目指す!
トゥーンスはそのまま先頭で山頂通過に成功して、フィニッシュに向けてのダウンヒルに突入する。
山頂の直前、ポガチャルはウッズも追い抜いて2位で山頂を通過していく!
後方ではカラパスやファンアールトが悪くないペースで走っているはずなのに、ポガチャルとの差は徐々に広がっているという、恐ろしい事態…。
今までも「天才」だとか「規格外」だとか「天井知らず」なんて言われてきたポガチャルの走りだけれども、もうそんな形容すら生ぬるいと感じる程の、あまりにも次元が違いすぎる走り。
タデイ・ポガチャル、22歳。
今、私たちはきっと、伝説を目の当たりにしている。
ポガチャルは雨に濡れたダウンヒルでリスクを冒す事はせず、後方からウッズとヨン・イサギレが合流するようなペースで走行。
そして先頭では、ポガチャルより15秒速く山頂を通過したトゥーンスが順調にダウンヒルをクリアしていく。
ダウンヒルを攻めたトゥーンスは最終的に後続との差を40秒以上にまで広げ、フィニッシュ地点に到着!!
トゥーンスは一昨年のツール以来となる、自身2年振りのステージ勝利!!
天を指さし、ツール直前に亡くなった祖父に勝利を捧げるトゥーンス。
追走から単身で先頭のウッズに追い付き、更には突き放しての逃げ切りはお見事!
そしてバーレーンはこれでステージ2連勝!
更には山岳賞ジャージもマテイ・モホリッチからプールスへとチーム内での引継ぎと、ジロに続いて絶好調!
総合エースのジャック・ヘイグを失ったにもかかわらず、積極性と能力の高さでしっかりと結果を残す、本当に素晴らしいチームだ。
ウッズ、ヨン・イサギレと共に帰ってきたポガチャルは、最後は無理して争わずに4位でフィニッシュ。
そして総合勢のライバル達は、ほとんどがポガチャルから3分20秒遅れてフィニッシュ。
第8ステージを終えて、総合のタイム差は以下の通り。
- ポガチャル(総合首位)
- ファンアールト(+1分48秒)
- アレクセイ・ルツェンコ(アスタナ、+4分38秒)
- リゴベルト・ウラン(EFエデュケーション・NIPPO、+4分46秒)
- ヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ、+5分0秒)
- カラパス(+5分1秒)
- ウィルコ・ケルデルマン(ボーラ・ハンスグローエ、+5分13秒)
- エンリク・マス(モビスター、+5分15秒)
- ダヴィド・ゴデュ(グルパマFDJ、+5分52秒)
まだ8ステージ終了時だというのに、まるで最終成績のようなタイム差。
もう、ツールの大勢は決してしまったのかもしれない。
それでも、レースが続く以上は、何が起こるか分からない。
特大のバッドデイが来る可能性もある。
ライバルチームの作戦がハマる可能性もある。
あまり考えたくはないけれども、トラブルで遅れる可能性もある。
もしかしたら、ライバル達が結託して「ポガチャル包囲網」を敷く可能性だってある。
残り13ステージ、まだまだツールは続く。