リスクと代償
3週目の初日は、全体的に平坦基調が続いた後、最後は若干の勾配を駆け上がる「登れるスプリンター」向きのレイアウト。
穏やかな序盤から激熱のフィニッシュへ、平和でありつつ満足度も高いレースになる、そんな日のはずだったのに…「事件」が起きてしまった。
何から書こうか迷ったけれども、ステージ勝者にリスペクトを示したいと思ったので、まずはステージ勝利の行方から。
予想通り登りスプリントに向かう流れの中、残り3kmを切ってから登場する10%前後の勾配で仕掛けたのは、なんと総合2位のプリモシュ・ログリッチ(チーム・ユンボ・ヴィスマ)!
ログリッチによる「総合首位のレムコ・エヴェネプール(クイックステップ・アルファヴィニル)からなんとかタイム差を奪ってやろう」という奇襲に反応できたのは、アシストに引っ張り上げられたパスカル・アッカーマン(UAEチームエミレーツ)と、少し遅れて反応したマッズ・ピーダスン(トレック・セガフレード)、ダニー・ファンポッペル(ボーラ・ハンスグローエ)、フレッド・ライト(バーレーン・ヴィクトリアス)のみ。
時を同じくして、集団後方では救済措置圏内ギリギリのところでエヴェネプールがパンクによりストップし、エヴェネプールは「メイン集団」と同タイム扱いでのフィニッシュが実質確定。
ログリッチに引き連れられて抜け出したスプリンター4人はステージ勝利のみが目的なので、先頭集団はひたすらログリッチが引っ張る格好になる。
最終コーナーを抜けて残りは200m弱、ログリッチは横に逸れてスプリンター4人に道を譲る。
入れ替わって先頭に立ったピーダスンがそのままスプリントを開始。
一旦横に逸れたログリッチは再度集団の後方に入ろうとしたのか進路を戻すと、ライトと接触してしまい落車…!?
このログリッチの落車は、ひとまずスプリント争いをする4人に影響は与えなかったように見える。
先頭のピーダスンは後続の3人に背中を捉える事すら許さない強さを見せつけ、両腕を突き上げながらのフィニッシュ!!
1人だけ別次元の登りスプリント!!
ピーダスンがポイント賞をほぼ手中に収めるステージ2勝目!!
他の3人は正直言って登りで脚を使い切ってしまっていたのに、1人だけ全く別次元の脚を残していた!
スプリント力と登坂力の両立、本当に素晴らしい脚質だと思う。
これでピーダスンはスプリントポイントを349ptまで積み重ね、2位のライトとの差は実に220pt!
数字の上では逆転の可能性もギリギリ残っているけれども、はっきり言ってリタイアさえしなければピーダスンのポイント賞獲得が確定だ。
そして…落車してしまったログリッチ。
ふらつきながらもなんとかフィニッシュしたけれども、左腕と左足からは多量の出血も見られる…。
果たしてレース続行が可能なのか多くの人が心配する中…、残念ながら第17ステージを前にリタイアが発表された。
まずは率直に、ログリッチのリタイアは残念で仕方がない。
前人未到のブエルタ4連覇の可能性が、こんな形で潰えてしまったのは本当に残念で仕方がない。
その上で敢えて言うならば、この日のような「リスクを背負った選択」を採らざるを得ない状況に追い込まれていた時点で、やはり総合優勝に向けての道はかなり厳しくなっていたと評する事が出来ると思う。
残り3kmから仕掛けた事がタイム差に繋がらず無駄にエネルギーを消費するだけに終わるリスク。
そして今回残念ながら形となってしまった、「不慣れなスプリントに参加する事で落車を起こしてしまうリスク」。
一旦横に逸れてスプリンター4人に道を譲ったログリッチが、なぜまた同じラインに戻ってきたのか。
スプリントしてステージ3位以内に入り、ボーナスタイムを獲得する可能性に賭けた?
それとも、横に逸れたままでは4人から離されてしまうと感じて、スリップストリームを利用して付いていこうとした?
いずれにしてもリスクのある選択であり、この場合のリスクとはタイム喪失のリスクではなく、当然落車のリスクなのだ…。
そういう意味では、厳しく言うならログリッチはリスクの取捨選択を誤った結果、今回の落車によるリタイアという最悪のシナリオを自ら招いてしまったという事なんだと思う。
ただ、そのアグレッシブな姿勢は3連覇中の王者たる素晴らしいものだったとも言いたい。
調整不足の影響で1週目に失ったタイム差を2週目に少し縮め、そしてこの日見せた「タイム差を奪える可能性がある全てのシチュエーションで勝負してやる」といった感のあるその勝負への熱量は、ファンが望むロードレースの「熱さ」に他ならない。
ログリッチの飽くなき勝利への執念は、王者に相応しい素晴らしさだったと称えたい。
最後に、もう一つだけ。
当然だけれども、自分は落車なんて見たくないし、落車によるリタイアというのはロードレースにおける最悪の出来事の一つだと思う。
ただ、ロードレースの特性上、落車をゼロにするのが不可能なのは間違いない。
それならば、せめてもう少し選手の安全面への配慮がなければいけないと、常々思っている。
平坦区間の巡航時で40km/h、フィニッシュスプリントでは70km/h、スピードの乗るダウンヒルでは100km/hに達する事もある選手を守るものがヘルメットだけなのは、はっきり言って正常な状態ではない。
奇しくも、つい先日のインカレ・ロードレースでは最悪の事態が、選手の死亡事故が起きてしまっている。
これ以上、何かが起こる前に。
これ以上、大切なものが失われる前に。
ロードレース界が安全性に向かって舵を切ってくれる事を、心の底から願っている。