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【選手紹介 Vol.2】トーマス・デヘント

逃げに命を懸けた「逃げ職人」

トーマス・デヘント(Thomas De Gendt)

所属チーム:ロット・デスティニー

国籍:ベルギー

生年月日:1986年11月6日

脚質:ルーラー・オールラウンダー

 

主な戦歴

ジロ・デ・イタリア

 総合3位(2012)、ステージ通算2勝(2012、2022)

ツール・ド・フランス

 ステージ通算2勝(2016、2019)

ブエルタ・ア・エスパーニャ

 ステージ1勝(2017)、山岳賞(2018)

ボルタ・シクリスタ・ア・カタルーニャ

 ステージ通算5勝(2013、2016、2018、2019、2021)

・パリ~ニース

 ステージ通算2勝(2011、2012)、山岳賞(2015、2018、2019)

ツール・ド・ロマンディ

 ステージ1勝(2018)、山岳賞

ツール・ド・スイス

 ステージ1勝(2011)

クリテリウム・デュ・ドーフィネ

 ステージ1勝(2017)

 

どんな選手?

グランツール(3大ステージレース)で逃げてのステージ勝利を達成した、現役屈指の逃げの職人。

 

2009年、トップスポート・フラーンデレンでプロデビューし、2年後の2011年にはワールドチームのヴァカンソレイユ・DCMに移籍。

2012年、初出場となったジロ・デ・イタリアでは終盤にじわじわと順位を上げていき、第20ステージでは見事な逃げ切り勝利を飾り、そのまま総合3位に入賞。

グランツールで表彰台に登ったという事で、総合系の選手(ステージレースで総合優勝を狙う選手)として将来を嘱望されていたが、「毎日先頭で数秒差を争うのが性に合わない」との事で、逃げてステージ優勝を狙う「逃げ屋」に転身

その結果、前述のジロでの勝利に続き、ツール・ド・フランスブエルタ・ア・エスパーニャでも逃げ切り勝利を挙げた事で、全グランツールでの逃げ切り勝利を達成。

そしてもちろん他のステージレースでも逃げ切り勝利を量産するなど、現役屈指の逃げ屋となる。

 

デヘントは逃げやすいステージで逃げを許してもらう為に、逃げに不向きのステージでは手を抜いて走り、逃げが許してもらえるように意図的にタイムを失い、総合順位を下げる。

本当は総合優勝争いできるぐらいの力があるに。

そして、ここと決めたステージでは他の逃げたい選手と協力して思いっきり逃げる。

力のある選手が温存していた力を全力で発揮すれば、それはもう強い。

笑っちゃうぐらい強い。

更に言えば強いだけでなく、上手い。

大人数のメイン集団と比べて人数が少ない逃げが勝つために、様々な職人技を見せてくれる。

山岳ポイントを無駄に争って体力を失わないように山岳賞狙いの選手を手助けしたり、少し遅れて逃げに乗ろうとする選手を引っ張り上げたりして、逃げが勝つ可能性を少しでも上げようとする。

もちろん他の選手もそういう協調を行っているが、デヘントは逃げ集団が上手く行くように明らかにリーダーシップを発揮している場面が散見される。

そして勝負所では、共に逃げてきた「仲間」を置き去りにする抜群の勝負勘と強さを見せ、独走勝利を飾るのだ。

 

「逃げは乗るものではなく作るもの」と語るデヘントに対して、日本のファンが付けた愛称は「デヘント先生」。

先生、またお手本のような逃げを見せて下さい!

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※2020年12月22日追記

「逃げ屋」という安定して勝利する事が難しいスタイルにも関わらず、2016以降は毎年ワールドツアーのレースでステージ勝利を挙げていたデヘントだったが、2020年は5年ぶりの年間0勝に終わってしまった。

要因の一つとして、ツールの第1ステージで落車によりチームメイトが2人もリタイアしたため、自由に逃げる事が許される状況ではなくなってしまったという不運もあった。

しかしその代わり、エースのカレブ・ユアンはスプリントで2勝を挙げたので、そのために自分を殺して献身的に働いたデヘントの走りは評価されるべきだろう。

 

それでも、ファンとしてはやはりデヘントの職人技の逃げが見たい。

グランツールの大舞台で、地力の高さとその匠の技を存分に発揮して爽快に逃げ勝つ、そんな瞬間を2021年も期待したい。

 

※2021年11月14日追記

前年は未勝利に終わってしまったデヘントだったが、2021年は3月のボルタ・シクリスタ・ア・カタルーニャの第7ステージで、早くも結果を残す事に。

第7ステージの周回コースでマテイ・モホリッチ(バーレーン・ヴィクトリアス)とのマッチレースになり、どの周回でもダウンヒル巧者のモホリッチに下りで離される厳しい展開になるも、粘り強く食らいつく。

そして、デヘントは最終周回の急勾配区間で渾身のアタックを決め、そのまま見事な独走勝利を飾る。

勝負所を見極めたそのアタックは、これぞ職人芸と言える素晴らしいものだった。

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一方グランツールでは、全グランツールでのスプリント勝利を目指すカレブ・ユアンのアシストとして出場。

まずはジロでユアンのステージ2勝に貢献し、ユアンが第8ステージでリタイアした事もあり、デヘントも第16ステージ開始前にリタイア。

そして、ツールではユアンがまさかの未勝利のまま第3ステージでのリタイアとなり、エースを失ったチームとしてはデヘントが逃げて勝利を狙う事も期待されたが、残念ながら見せ場が無いままツールは終了してしまった。

 

カタルーニャで勝利を挙げたようにその力は相変わらず健在ながら、ツールでは新世代の台頭と激化するレース展開に「もうツールには出ない」というコメントも発していたデヘント。

その発言の真意や本気度はなんとも評価が難しいところだが、いずれにしても、新たな波が押し寄せているロードレース界で「職人」がどのような存在感を発揮してくれるのか、来シーズンも注目していきたい。

 

※2022年11月13日追記

2022年シーズンでの勝利は1つのみ、ただしその1つは「職人ここにあり」と言わしめる、まさにデヘントらしさが凝縮されたものだった。

舞台はジロの第8ステージ、ナポリに発着する逃げ向きの丘陵レイアウト。

逃げに乗ったデヘントは、レース終盤に訪れた「マチュー・ファンデルプール(アルペシン・ドゥクーニンク)のアタックが吸収された直後」という、絶妙のタイミングを見逃さなかった。

チームメイトのファーム・ファンハウケを含んだ5人での抜け出しに成功すると、デヘントはここで積極的に先頭を引く事を選択し、追走集団の息の根を止めに掛かる。

ここでのデヘントの牽引は凄まじく、追走集団の息の根を止めるどころか、同行していたライバルが1人脱落するほどのペースだった。

そのまま目論見通り先頭の小集団で勝負が争われる事になったが、デヘントのペースはチームメイトのファンハウケにとっても厳しすぎたようで、どうやらファンハウケにはスプリントするだけの脚が残っていない様子。

結局、最終盤はファンハウケが牽引を行い、それまで長時間牽引を続けていたデヘントがスプリントで勝負する事に。

どう考えても先頭の4人の中で最も脚を使っていたのはデヘントだったが、デヘントは残り200mからスプリントを仕掛けると、なんとライバルを圧倒!

見事に3年ぶりとなるグランツールのステージ勝利を飾って見せた。

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勝負所を逃さない判断力、後続とのタイム差を稼ぐために前を引き続ける決断力、そして最終局面で勝利を手繰り寄せる決定力。

やはりデヘントの逃げて勝つ能力と言うのは、並みの選手とは明らかに違うのだ。

「逃げ職人」と呼ばれる所以を改めて証明できた、見事な1勝だったと言っていいだろう。

 

来シーズン、残念ながらチームはプロチームへの降格が決まってしまったが、なんとかワールドツアーへの出場権は確保できた。

チーム名がロット・デスティニーへと変わる新体制の中で、「職人」がその存在感を遺憾なく発揮してくれる事を期待したい。

 

※2023年11月14日追記

直近2年は「逃げ職人」らしい逃げ切り勝利を挙げていたデヘントだったが、2023年は残念ながら未勝利に終わってしまう。

それだけでなく、逃げで勝利に迫るようなシーンはなく…と言うか、そもそもあまり積極的に逃げていなかった。

更に言えば、牽引役としてチームメイトの勝利をアシストするような場面も見受けられず(これは巡り合わせやチーム編成の問題もあるのでデヘントの責任ではない部分も大きいが)、あまり目立つシーンが思い浮かばないような1年となってしまった。

それでも一応、第4ステージで逃げたツール・ド・ロマンディでは山岳賞ランキング2位に入るなど、その独走力や登坂力が大きく低下したようには見えない。

積極的に逃げれば、まだまだビッグレースで結果を残すだけの力は残っているだろう。

 

2024年シーズンのロットは、期待の大型スプリンターであるアルノー・デリーがグランツールデビューする可能性が非常に高い。

そのデリーの勝利のために、経験豊富な牽引役であるデヘントの力が必要になるシーンが、きっとあるはずだ。

スプリントステージでは黙々と牽引の仕事をこなしつつ、逃げのチャンスがあれば積極的に仕掛ける、そんなデヘント本来の走りを見たいと思うファンは多いだろう。

ベテランらしい巧みな走りで、是非ともレースを沸かせてほしいところだ。