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【レース感想】ツール・ド・フランス2022 第11ステージ

執念の総攻撃

アルプス3連戦の2日目は、2級モン・ヴェルニエで足慣らしを終えると、1級テレグラフ(登坂距離11.9km・平均勾配7.1%)、今大会最高峰の超級ガリビエ(登坂距離17.7km・平均勾配6.9%)を経て、超級グラノン(登坂距離11.3km・平均勾配9.2%)へとフィニッシュする、超ド級の山岳ステージ。

何かを起こすなら、ここ。

そして、それは…成された。

 

それはまさしく、総攻撃だった。

チーム・ユンボ・ヴィスマという、強力な選手を揃えながらチームとして随一の纏まりを見せる集団による、総力を挙げた決死の作戦だった。

鏑矢は、グリーンジャージのワウト・ファンアールト。

異次元の才能を持った今大会ここまでの主役の1人は、同じく規格外の才能を誇る怪物マチュー・ファンデルプール(アルペシン・ドゥクーニンク)と共に、全力で逃げを打った。

そしてそこに、今シーズンからチームに加入して、その才能を大きく開花させたクリストフ・ラポルトも追随する。

本来ならこれらの動きを抑えるべきは、総合リーダーのタデイ・ポガチャルを擁するUAEチームエミレーツだ。

しかし、新型コロナウィルスという不可抗力によって2人の戦力を喪失したチャンピオンチームに、逃げを完璧にコントロールするだけの余力は残されていない。

ファンアールトとラポルトを含んだ逃げ集団の人数は、20人にまで膨れ上がっていた。

 

ユンボによる攻撃が開始されたのは、なんと1級テレグラフの中腹というかなり早い段階。

UAEがメイン集団を牽引する中、ティシュ・ベノートがプリモシュ・ログリッチを従えながら加速する。

グリッチは第5ステージでの落車によってタイムを落としているとはいえ、未だに2分52秒遅れの総合13位であり、そして開幕前はポガチャルの最大のライバルと目されていた選手だ。

そして、前方には牽引力に長けたファンアールトも待っているとなると、当然ポガチャルはこの動きを見逃す訳にはいかないので、自らの脚を使って追いかけざるを得ない。

アタックを抑えられたベノートは、今度は集団の牽引を開始して、UAEのアシスト陣を削りに掛かる。

過去にはパリ~ニースで総合2位に入った経験もある実力派オールラウンダーは、少しずつ、それでも着実にUAEにダメージを与えていく。

 

テレグラフの山頂を越えると、ダウンヒル巧者のログリッチが飛び出し、またしてもポガチャルに脚を使わせに行くと、そのまま流れで数人が抜け出す格好に。

そしてこのタイミングで、逃げに乗っていたラポルトが降りて来てドッキング、そのままログリッチの前を牽く!

なんと完璧なタイミングでの前待ち…!

しばらくするとラポルトが仕事を終えて離脱して、この新たな集団は4人に。

総合首位のポガチャル、ユンボの新旧エースであるヨナス・ヴィンゲゴーとログリッチ、そしてイネオス・グレナディアーズのゲラント・トーマス。

総合争いの主役しかいない、まるでフィニッシュ手前のような集団が、ガリビエを前に出来上がっていた。

 

ガリビエに入ってほどなく、ユンボは「第2ラウンド」のゴングを鳴らす。

あいさつ代わりのジャブに、まずはヴィンゲゴーが一発キレのいいアタックを見舞う。

当然、ポガチャルは反応するしかない。

一旦動きが落ち着くと、続いてログリッチもアタックを繰り出す。

ポガチャルはまたしても自らこの動きを封じ込め、そしてそこから文字通りのカウンターアタックを返してくる。

ヴィンゲゴーとログリッチはポガチャルのアタックにしっかりと反応、そしてトーマスは落ち着いてペース走で追いついて来る。

ユンボによる数の利を活かしたお手本のような攻撃、それを正面から受け止める王者ポガチャル、そして我関せずとマイペースで付いていくトーマス。

この一連の流れが、幾度も繰り返される…!

なんと、なんと熱い攻防だろうか…!!

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これぞ総合争いの醍醐味と言うべき、もの凄い戦いが繰り広げられている。

 

ただ、当然ながらこんなハイテンションな攻防はずっとは続かず、少しペースが落ち着くと、後方の追走集団が追いついて来る展開に。

この動きで、ユンボはベノート、セップ・クス、ステフェン・クライスヴァイクという強力なアシストを合流させることに成功。

イネオスもアダム・イェーツというもう一人のエース格を合流させられた一方で、UAEはマルク・ソレルとブランドン・マクナルティという、既に脚を消耗させられているアシストを合流させるのが精一杯だ。

ガリビエの頂上まではまだ10km以上、一体ここからどのような動きがあるのか。

 

またしても先手を打ったのはユンボ、アタックを仕掛けたのはログリッチ

当然ポガチャルは反応、そしてそのままカウンターでペースアップして絞り込みに掛かるけれども、ユンボはこの動きにヴィンゲゴーとログリッチだけでなく、クスとクライスヴァイクも食らいついていく。

ユンボが4人、あとはポガチャル、トーマス、ロマン・バルデ(チームDSM)、ナイロ・キンタナ(アルケア・サムシック)という、これまた色々な意味でもの凄い集団が出来上がった。

しかし、ここからペースを上げたのは…王者ポガチャル。

まずはログリッチを引きちぎり、更にキンタナ、クライスヴァイク、クス、バルデ、トーマスと順次脱落させていく。

これが、王者の強さ。

ただただ、己の力でヴィンゲゴーとの一対一に持っていく。

その後、ペースが少し落ち着いた事でバルデとトーマスがここに再合流(からまた離されて、更にそこからまた合流)するけれども、このままでは結局エース同士による個の戦いだ。

 

それでも、ユンボというチームはこれで死ななかった。

まずは、ガリビエを越えてグラノンに向かうダウンヒルで、クライスヴァイクとクスが(他チームの選手と共に)合流。

そして、このタイミングで逃げ集団から降りてきたのは、抜群の牽引力を誇るファンアールト。

しかし、せっかく合流したはずのファンアールトが更に後方に下がっていく…と思ったら、なんとファンアールトは遅れているログリッチのグループに合流して、猛牽引を開始!!

ダウンヒルを猛スピードで駆け下りて、もの凄い勢いでメイン集団へと合流する事に成功!!

つまり…ユンボはこれでまたしても、ポガチャルに対してヴィンゲゴーとログリッチという2枚で勝負できる状況を作り上げた…!!

 

決戦の最終ラウンドは、標高2,413mへと登っていく超級山岳グラノン。

大仕事をやってのけたファンアールトが登り口で仕事を終えて離脱すると、集団の牽引は後方から戻ってきたラファウ・マイカUAE)にチェンジ。

しばらくすると、ログリッチが集団から遅れてしまうけれども、あのタイミングでログリッチが戻っていなかったら、ここでマイカに脚を使わせる事が出来なかった可能性が高いので、戻ってきた事、そして何より中盤での動きは、決して無駄では無かった。

その直後、総合12位(2分13秒遅れ)のキンタナがアタックを仕掛けると、ユンボUAEもこの動きは一旦スルーする事を選択。

更に、間をおいて総合7位(1分39秒遅れ)のバルデもアタック、そしてやはりこの動きもユンボUAEは見送る事を選択する。

 

そして残り4.6km、この日最大の動きが起こる。

ヴィンゲゴーがアタックを仕掛けると、ポガチャルが付いていけない…!!

ヴィンゲゴーはあっという間にバルデを追い抜く一方、ポガチャルはペースが上がらない…!?

ヴィンゲゴーの勢いはもの凄く、逃げを追い抜いて先頭に立っていたキンタナもあっさりと抜き去り、独走を続ける!!

そしてポガチャルは、トーマスにも離されるほどペースを崩している!!

 

ヴィンゲゴーは歯を食いしばりながらも、その踏みは力強さを失わない。

チーム総力を挙げての攻撃で王者ポガチャルを崩した、その意味を、重みを力に変えて、ステージ勝利に向けて、そしてマイヨジョーヌに向けて突き進む!!

走り方を見るに、キンタナとバルデのペースも決して悪くない。

それでも、ヴィンゲゴーはその差を広げながらフィニッシュ地点に向かっていく!!

最後の最後まで、フィニッシュラインを越えるまで踏み切って、ヴィンゲゴーがフィニッシュ!!

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ヴィンゲゴー、まさにチーム一丸となって掴み取った執念の勝利!!

自身初のグランツールステージ勝利、そしてマイヨジョーヌを獲得!!

遂に、遂にポガチャルを突き崩した!!

 

凄かった!!

本当に凄いレースだった!!

ヴィンゲゴー、ログリッチ、ファンアールト、ラポルト、ベノート、クライスヴァイク、クス、そして名前は出さなかったけれどもネイサン・ファンホーイドンク、文字通り全員で、全員がそれぞれの役割を全力で完遂する事で、無敵と思えたポガチャルを王座から引きずり降ろして見せた。

エースナンバーを背負っているログリッチも、マイヨヴェールを着ているファンアールトも、ヴィンゲゴーを勝たせるために全てを出し尽くしていた。

これぞチーム力、これぞロードレースの素晴らしさだ。

 

そして、それを真正面から受けて立ったポガチャルも、この日は敗れはしたけれども素晴らしかった。

と言うか、普通の選手ならまず間違いなく、ガリビエでの攻撃の時点で沈んでいるだろう。

それを受け止めるどころか、カウンターでログリッチを撃墜していたのだから、やはりこの王者は尋常では無い。

堂々たる、王者の走り。

これもまた、ロードレースの美しさが凝縮されていた。

 

改めて、総合順位とタイム差を確認したい。

総合首位:ヴィンゲゴー

総合2位:バルデ(+2分16秒)

総合3位:ポガチャル(+2分22秒)

総合4位:トーマス(+2分26秒)

総合5位:キンタナ(+2分37秒)

総合6位:アダム・イェーツ(+3分6秒)

総合7位:ダヴィド・ゴデュ(グルパマFDJ、+3分13秒)

総合8位:アレクサンドル・ウラソフ(ボーラ・ハンスグローエ、+7分23秒)

総合9位:アレクセイ・ルツェンコ(アスタナ・カザクスタン・チーム、+8分7秒)

総合10位:エンリク・マス(モビスター・チーム、+13分27秒)

 

ヴィンゲゴーと総合2位のバルデは少しタイム差が開いたけれども、バルデから総合5位のキンタナまでは僅か21秒差と、これはまたかなり接戦に…。

取り敢えず、総合7位のゴデュまでが総合表彰台圏内か。

チーム力も合わせてヴィンゲゴーが優位に立つ一方、イネオスは総合上位に2人を残せている唯一のチームとして、今後のステージでトーマスとアダム・イェーツを連携させて攻め立てる事が可能に。

そして、ポガチャルがその力を爆発させられれば、普通にヴィンゲゴーも捉え得るのが恐ろしいところ。

更には、バルデやキンタナという少し「懐かしい」名前にも、十分にチャンスがある。

 

果たして、ここから一体どのような展開となっていくのか。

まずはアルプス3連戦の最終日となる第12ステージ。

超級山岳3連発という「ちょっと頭のおかしい難易度」のステージで、今度は何が起こるのか。

本当に楽しみで仕方がない。