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【選手紹介Vol.29】ワウト・ファンアールト

異次元の万能性を有する究極のオールラウンダー

選手名:ワウト・ファンアールト(Wout van Aert)

所属チーム:ユンボ・ヴィスマ

国籍:ベルギー

生年月日:1994年9月15日

脚質:オールラウンダー

 

主な戦歴

ツール・ド・フランス

 ステージ通算9勝(2019、2020 × 2、2021 × 3、2022 × 3)、ポイント賞(2022)、総合敢闘賞(2022)

ミラノ~サンレモ

 優勝(2020)、3位(2021)

ストラーデ・ビアンケ

 優勝(2020)、3位(2018、2019)

・オムループ・ヘット・ニウスブラッド

 優勝(2022)

E3・サクソバンク・クラシック

 優勝(2022)

アムステル・ゴールドレース

 優勝(2021)

ヘント~ウェヴェルヘム

 優勝(2021)

ブルターニュ・クラシック

 優勝(2020)

・ベルギー国内選手権

 優勝(2021)、3位(2019)

・ベルギー国内選手権 個人タイムトライアル

 優勝(2019、2020)

ロンド・ファン・フラーンデレン

 2位(2020)

・パリ~ルーベ

 2位(2022)

リエージュ~バストーニュ~リエージュ

 3位(2022)

・世界選手権

 2位(2020)、4位(2022)

・世界選手権 個人タイムトライアル

 2位(2020、2021)

シクロクロス世界選手権

 優勝(2016~2018)

 

どんな選手?

スプリント力、登坂力、タイムトライアル能力を極めて高い次元で併せ持ち、どんなコースでも勝機を見出せる究極のオールラウンダー。

 

ジュニア時代からシクロクロスの選手として活躍し、エリートカテゴリーでも2016年に21歳の若さで世界選手権を制覇すると、そこから世界選手権を3連覇するなど、現役屈指の選手として君臨。

また、現在に至るまでライバル関係が続くマチュー・ファンデルプール(アルペシン・ドゥクーニンク)とは、ジュニアカテゴリーの頃からしのぎを削り合っていた。

 

2017年、地元ベルギー籍のプロコンチネンタルチーム(現行制度におけるプロチーム、2部相当)と契約して、ライバルのファンデルプールより一足早くロードレースに本格参戦。

初年度から1クラスのレースで3勝を挙げるなど、ロードレースにおいてもすぐさまその実力を発揮する。

翌2018年はワールドツアーへの出場を増やし、ロンド・ファン・フラーンデレンやストラーデ・ビアンケといった大きなレースでトップ10に入り、その注目度は高まっていった。

 

2019年、ワールドチームのユンボ・ヴィスマと契約した事で、その才能は更に爆発する事に。

前年に続いてのストラーデ・ビアンケ3位の他にも、ミラノ~サンレモ6位、E3・ビンクバンク・クラシック2位と、ワンデーレースで安定した走りを披露する。

待望のワールドツアー初勝利は、ツール・ド・フランスの前哨戦であるクリテリウム・デュ・ドーフィネ。

第4ステージの個人タイムトライアルで勝利を飾ると、なんと翌日の集団スプリントも制して2連勝となり、そのままポイント賞も獲得する。

そして、ベルギー国内選手権個人タイムトライアル優勝を経て、ツール・ド・フランスグランツール(3大ステージレース)デビュー。

勢いそのままに、第10ステージの集団スプリントでステージ勝利を挙げ、その後のステージでの活躍も大いに期待されていた。

しかし、第12ステージの個人タイムトライアルで、コーナーのインを攻めた際にコースの柵に接触し、大腿部から臀部にかけて深い裂傷を負ってしまい即時リタイアに。

この怪我は2度に及ぶ手術を要するほどの重傷で、冬季のシクロクロスシーズン、そして翌年のロードレースシーズンに向けて、大きな不安を残してのシーズン終了となってしまった。

 

しかし、ファンアールトの回復力は大方の予想をいい意味で裏切って、なんと年内の12月27日にシクロクロスでレースに復帰。

ロードレースも2月29日のオムループ・ヘット・ニウスブラッドに出場と、順調すぎる復帰経過を辿っていた上に、このタイミングで新型コロナウィルスの感染拡大のためにロードレースシーズンが一旦中断。

丸々5か月ほどの中断期間で状態を完全に回復させたファンアールトは、8月からのレースで大爆発を見せる。

再開後初戦となったストラーデ・ビアンケで勝利を飾ると、その翌週にはモニュメント(5大ワンデーレース)の一つであるミラノ~サンレモで優勝。

その後も2年連続でのクリテリウム・デュ・ドーフィネでのステージ勝利とポイント賞獲得、そしてこちらも2年連続となるベルギー国内選手権個人タイムトライアル優勝と、万全の状態でツールを迎える事に。

 

ファンアールトにとってある意味で前年のリベンジとも言える2020年のツールだったが、第5ステージと第7ステージの集団スプリントであっさりと勝利を積み重ね、やはりそのシクロクロス仕込みの出力は絶大な威力を発揮すると改めて証明。

そしてそれ以上に驚きだったのが、超級山岳グラン・コロンビエールへとフィニッシュする第15ステージでの走り。

なんとファンアールトはこのグラン・コロンビエールの登坂で、集団を強烈に牽引。

この牽引は本当に凄まじく、数人のエース級のクライマーを含めて、多くの「登れる」選手がこぼれ落ちていくほど。

タイムトライアルや集団スプリントで勝利を飾るような高出力を誇る大柄な選手が、山岳で牽引を見せてクライマーを脱落させると言う、ロードレースの常識を覆す異様な光景だった。

このファンアールトの活躍もあり総合優勝に向けて万全に見えたユンボだったが、エースのプリモシュ・ログリッチが第20ステージの個人タイムトライアルでタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)にまさかの逆転負けを喫してしまい、残念ながら悲願の総合優勝は叶わず。

ファンアールトはログリッチが逆転される瞬間を、他のチームメイトとともに呆然とした表情で見届けるしかなかった。

 

ツールで更に評価を高めたファンアールトだったが、その後の世界選手権では個人タイムトライアルとロードレースの両方で2位、そしてモニュメントの一つロンド・ファン・フラーンデレンでも最大のライバルであるファンデルプールとのマッチアップに敗れて2位と、非常に惜しい結果が続いてしまった。

特に、厳しい山岳設定がされた世界選手権での2位は、登りで脱落せずに最終局面まで生き残れる選手としては破格のスプリント力が警戒されすぎて優勝を逃した格好となり、その能力故の難しさが顕在化したレースだった。

 

2021年シーズン、前年のツールで登坂の適性を示したファンアールトは、ティレーノ~アドレアティコに「総合エース」として出場する。

相変わらず集団スプリントと個人タイムトライアルで勝利を挙げただけでなく、総合争いの舞台となる山岳ステージでも、ステージ9位に生き残る事に成功。

山岳設定の厳しいステージレースで、ポイント賞を獲得しながら総合2位に入ると言う離れ業をやってのけた。

しかしこの驚きの結果は「序章」に過ぎず、ヘント~ウェヴェルヘム、アムステル・ゴールドレース、そしてベルギー国内選手権での優勝を経て迎えた、ツールこそがファンアールトの「本領発揮」だった。

 

まずはツール第11ステージ、「魔の山」モン・ヴァントゥを2度登る難関山岳ステージで、逃げに乗ったファンアールト。

2度目のモン・ヴァントゥの登りで、ファンアールトはジュリアン・アラフィリップ、バウケ・モレマ、ケニー・エリッソンドなどの名だたる登坂強者を突き放し、なんとそのまま独走勝利を飾ってしまったのだ。

第20ステージでは得意の個人タイムトライアルで圧巻の走りを見せ、下馬評通りにステージ勝利。

そして迎えた最終第21ステージは、恒例のシャンゼリゼでの集団スプリント。

マイク・トゥーニッセンの好アシストを受けて、全開で飛び出したファンアールトを止められる選手など存在しなかった。

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「同一ツールでの山岳ステージ・個人タイムトライアルステージ・スプリントステージ制覇」は、実に42年振りの偉業。

改めて、その異次元の万能性が世界に衝撃を与えた瞬間だった。

 

ツールの衝撃も冷めやらぬままに東京オリンピックに出場したファンアールトだったが、個人タイムトライアルは残念ながら6位と言う結果に。

それでもロードレースでは、前年の世界選手権と同様に厳しいマークに遭って優勝こそ逃したものの、追走集団の先頭は守り切って銀メダルを獲得。

獲得標高4,865mというかなり厳しい登坂設定を難なく生き残るその登坂力は、やはり異次元と称するに相応しいものだった。

 

9月、地元ベルギーでの開催となった世界選手権では、ファンアールトはロードレースと個人タイムトライアルの両方で優勝候補として名前が挙がっていた。

しかし、個人タイムトライアルではフィリッポ・ガンナの連覇を許してしまい、2年連続の2位に。

そしてロードレースでは、最終局面での抜け出しを許してしまい11位に終わり、更にベルギーは表彰台に選手を送り込めないというまさかの事態に。

またしても、圧倒的な個の力を有するが故に強烈な警戒を受けての、難しいレースとなってしまった。

 

2022年、ファンアールトはティシュ・ベノートとクリストフ・ラポルトと言う準エース級の選手がチームに加入した恩恵を受け、オムループ・ヘット・ニウスブラッドとE3・サクソバンク・クラシックで優勝、そしてパリ~ニースではステージ1勝を挙げてポイント賞を獲得と、順調な滑り出しを見せていた。

しかし、最大の目標の一つとしていたロンド・ファン・フラーンデレンは、直前で新型コロナウィルスに感染してしまい、出場を見送らざるを得なかった。

その後、もう一つのターゲットであったパリ~ルーベにぶっつけ本番で出場すると、優勝こそ逃したものの2位入賞という結果に。

更にはリエージュ~バストーニュ~リエージュでも3位入賞と、勝利こそ挙げられなかったものの、どんなレースでも上位に入り得るその万能性は相変わらず威力を発揮していた。

前年は出場しなかった「ツール前哨戦」のクリテリウム・デュ・ドーフィネでは、またしてもステージ2勝を挙げてのポイント賞獲得、そしてログリッチとヨナス・ヴィンゲゴーによる総合ワンツーフィニッシュを強力にアシストと、個人としてもチームとしても最高の状態でツールに臨む事に。

 

ツールでは、開幕ステージの個人タイムトライアルで惜しくも2位に終わると、なんと第3ステージまで3連続で2位と言うある意味もの凄いリザルトを残して話題になりつつ、続く第4ステージでは終盤での抜け出しに成功して見事独走勝利。

第8ステージの登りスプリントも制し、1週目にして既に2勝と相変わらず暴れ回っていた。

そして迎えた第11ステージは、総合争いの文字通り「山場」となる難関山岳ステージ。

ユンボはダブルエースの一角であるログリッチが落車で既に大きくタイムを失った上で、総合2位に付けているヴィンゲゴーも2連覇中の絶対王者ポガチャルにリードを許すという苦境の中、チームの総力を挙げての猛攻撃に出る。

ファンアールトの役割は、逃げに乗っての「前待ち」要員。

ここでファンアールトは、超級山岳ガリビエ峠で遅れたログリッチダウンヒル区間で牽引し、メイン集団に連れ戻すと言う大仕事をやってのけた。

その甲斐もあって、フィニッシュのグラノン峠でヴィンゲゴーがアタックを仕掛けてポガチャルを突き放し、そのままヴィンゲゴーは総合首位の奪取に成功する。

 

更に第18ステージ、超級山岳オタカムにフィニッシュする総合争い最後の戦いの場でまたしても逃げに乗ったファンアールトは、オタカム中腹でのヴィンゲゴーとのドッキングに成功。

そして見せたのは、鬼気迫る表情での猛牽引。

なんとこの牽引であのポガチャルを振り払う事に成功し、ヴィンゲゴーはそのままステージ優勝を飾り、この時点で総合優勝をほぼ手中に収める事に。

ポイント賞で首位に立つファンアールトが王者ポガチャルに引導を渡す、劇的な瞬間だった。

 

ファンアールト劇場はこれで終わらず、第20ステージの個人タイムトライアルでも勝利を挙げ、前年に続きステージ3勝を達成。

そして、総合優勝を実質確定させた最終走者のヴィンゲゴーをフィニッシュ地点で出迎えるファンアールトの目には、涙がこぼれていた。

間違いなく、脳裏によぎっているのは2020年ツールの第20ステージ。

あの悲劇の逆転劇を乗り越えて、3年越しにエースを総合優勝に導いた、歓喜の男泣きだった。

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エースの総合優勝に直結する最高のアシストを見せつつ、ステージ3勝を飾り、そして現行制度での史上最高得点によるポイント賞獲得と、大会を通じて最高のパフォーマンスを見せ続けたファンアールト。

他の誰にも真似できない、その唯一無二の万能性にしか成し得ない、まさに異次元の活躍だった。

 

9月、オーストラリアで開催された世界選手権では、個人タイムトライアルは回避して、前年にショッキングな敗戦を味わったロードレースに集中。

直前にブエルタ・ア・エスパーニャを制したレムコ・エヴェネプールとダブルエース体制で臨み、チームとしての目論見通り「エヴェネプールが独走を仕掛けてファンアールトが集団で『重し役』になる」という格好になり、そのままエヴェネプールが優勝する事に。

前年までワンデーレースでは、万能で強力すぎるが故に厳しいマークに遭ってきたファンアールトだが、春先のレースに続き、ダブルエース体制を敷ける相方がいれば事態が好転する可能性を示すレースだった。

 

真正面から集団スプリントを制するスプリント力、世界選手権で2年連続2位に食い込むタイムトライアル能力、そして4,000m級の獲得標高すらこなし、総合争いに大きな影響を与え得る登坂力。

他の選手ではあり得ない、異次元の万能性を有するファンアールトは、現状でグランツールの総合優勝以外は全てを狙える可能性があると言っていいだろう。

ただ、その強力すぎる能力故にかなりのマークを受けるため、2021年まではワンデーレースでイマイチ勝ちきれない印象もあり、一部では「シルバーコレクター」と揶揄する声もあった。

しかし、2022年春先のワンデーレース、そして世界選手権は、そんな状況を打破するきっかけとなったかもしれない。

強力なチームメイトを得た事で、時にはその相方を活かし、そして当然自身の破格の能力も最大限に活かし切って勝利を狙う。

そんな走りを今後も安定して見せられたら、未だにミラノ~サンレモでの1勝しか挙げていないモニュメントの勝利数だって、もっと増えていくだろう。

ファンアールトにしか成し得ない走り、その異次元の万能性にしか拓き得ない未来。

ロードレースの常識を覆す存在として、これからも我々を驚かせ続けて欲しい。

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