人智を超えた走りを目の当たりにした
ロードレース観戦を開始して4年半。
「衝撃的」と評するほど、強く記憶に刻まれている個人タイムトライアルは、3つある。
まずは2019年ツール第13ステージ、ジュリアン・アラフィリップ(スーダル・クイックステップ)による「マイヨジョーヌ・マジック」。
決してその日の本命ではなかったアラフィリップが、黄色い魔力で観客を熱狂の渦に巻き込みながら突き抜けていく様子は、「これがツールか…」と思わせる、本当に特別なものだった。
続いては、翌2020年のツール第20ステージ、タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)が成し遂げた伝説の逆転劇。
あのわずか1時間で、ポガチャルは自らが新時代の王だと、世界中に向けて強烈に知らしめた。
最後は、記憶に新しい2023年ジロ第20ステージ、不屈の化身プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)、その存在証明。
チェーントラブルを乗り越え、総合逆転に余りあるタイムを叩き出したその走りは、まさに彼のロードレース人生の縮図のような、特別なストーリーを有していた。
そして、2023年7月18日、ツール・ド・フランス第16ステージ。
前述の3つを軽々と飛び越えるような、信じられない衝撃。
ヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ)、その人智を超えた走り。
筆舌に尽くしがたい、衝撃としか表現できない走り。
自分は画面の前で、ただただ呆然と、必死に目の前の事象を受け止める他なかった。
順を追って振り返ろう。
まず、長くホットシートを温めていたのは、フランスが誇る超特急レミ・カヴァニャ(スーダル)。
ただ、山岳要素がかなり強いこの日のレイアウトは決してカヴァニャ向けではなく、もっと登れる選手が最終的に勝つだろうと、スタート前から予想されてはいた。
その大方の予想通り、カヴァニャを15秒上回りトップに立ったのは、唯一無二のスーパーオールラウンダー、ワウト・ファンアールト(ユンボ)。
そして、ファンアールトのフィニッシュ直後に総合2位のポガチャルが、更にその2分後にこの日の最終走者、マイヨジョーヌを身に纏うヴィンゲゴーがスタートしていく。
怪我明けでコンディションに不安があろうとも、当然ポガチャルの王座奪還に向けたモチベーションは高く、とても順調にコースを駆け抜けていく。
6.5km地点に設けられた第1中間計測を、ポガチャルは当然のようにトップ通過。
序盤に飛ばしすぎて失速したタイムトライアル強者のシュテファン・キュング(グルパマFDJ)がマークしたタイムを、なんと26秒も上回っている。
しかしこの辺りで、皆が「異常事態」に気が付く。
オーバーペースだったキュンクより速かったポガチャル…よりも、ヴィンゲゴーの方が速い…?
ヴィンゲゴー、第1計測でポガチャルを16秒上回る…!?
テクニカルな下り、そしてコース中盤に広がる平坦区間でもヴィンゲゴーのペースは落ちない。
終盤の登坂に入る前に設定された第2計測で、ヴィンゲゴーとポガチャルのタイム差は31秒に拡大している。
決してポガチャルは遅くない…と言うか、第2計測暫定首位だったカヴァニャのタイムより、20秒も早い。
そのポガチャルを、31秒上回るヴィンゲゴー。
これは…オーバーペースなのか?
それとも…?
ポガチャルは、登坂区間をスムーズにこなすために、タイムトライアルバイクから通常のロードバイクに交換。
一方のヴィンゲゴーは、そのままタイムトライアルバイクで突き進むことを選択。
バイク交換で10秒前後消費したけれども、流石にこれで少しポガチャルが巻き返すはず…。
しかし、だ。
それでもなお、広がるタイム差…。
登坂の中腹にある第3計測で、2人の差はなんと1分を超える…!!
はっきり言って、理解が追い付かない。
ありえない、異常事態としか言いようがない。
それでもそれは、目の前で起こっている。
ヴィンゲゴーが信じられないぐらい強いという現実が、今ここにある!!
鬼神の如き衝撃の走りで、ポガチャルに1分38秒ものタイム差を叩きつける…!!
ディフェンディングチャンピオンのヴィンゲゴー、総合優勝へ大きく前進する、人智を超えた衝撃のタイムトライアル!!
…信じられない。
本当に信じられないぐらい凄すぎる。
ステージ3位のファンアールトより、ポガチャルは1分13秒早かった。
そのポガチャルより、ヴィンゲゴーは1分38秒も早かった…。
凄すぎる。
凄すぎるものを頭に叩きつけられた…。
これで、総合首位ヴィンゲゴーと、総合2位ポガチャルの差は、1分48秒。
決して、小さくないタイム差。
ただ、まだ「終わった」訳では無いタイム差。
残す総合争いの場は、2つ。
まずは第17ステージ、超級ロス峠を舞台とした今大会の最難関ステージが待っている。
何かが起きるのか、何かを起こせるのか。
それとも、王者が改めてねじ伏せるのか。
最高の実力を有する2人による頂上決戦、素晴らしいものになることを祈ろう。