初心者ロードレース観戦日和

初心者でもいいじゃない!ロードレース観戦を楽しもう!

【選手紹介Vol.31】ヨナス・ヴィンゲゴー

北欧から現れたツールの申し子

選手名:ヨナス・ヴィンゲゴー(Jonas Vingegaard)

所属チーム:ヴィスマ・リースアバイク

国籍:デンマーク

生年月日:1996年12月10日

脚質:オールラウンダー

 

主な戦歴

ツール・ド・フランス

 総合優勝(2022、2023)、ステージ通算3勝(2022 × 2、2023)、山岳賞(2022)

ブエルタ・ア・エスパーニャ

 総合2位(2023)、ステージ通算2勝(2023 × 2)

クリテリウム・デュ・ドーフィネ

 総合優勝(2023)、総合2位(2022)、ステージ通算3勝(2022、2023 × 2)

・イツリア・バスクカントリー

 総合優勝(2023)、総合2位(2021)、ステージ通算3勝(2023 × 3)

セッティマーナ・インテルナツィオナーレ・ディ・コッピ・エ・バルタリ

 総合優勝(2021)、ステージ通算2勝(2021)

ローム・クラシック

 優勝(2022)

 

どんな選手?

登坂力とタイムトライアル能力を極めて高い次元で兼ね備え、ツール・ド・フランスを2連覇中の現役最強のオールラウンダー。

 

2018年までは地元デンマークのコンチネンタルチームであるチーム・コロクイックに所属し、水産加工場でのパートタイムジョブをしながら選手活動を行っていたが、転機が訪れたのは2019年。

アンダーカテゴリーのレースで上位フィニッシュを連発し、そしてその出力データの高さからデンマーク国内では注目されていたヴィンゲゴーに白羽の矢を立てたのは、ワールドチームのチーム・ユンボ・ヴィスマ(現ヴィスマ・リースアバイク)。

22歳でのワールドチーム加入となったヴィンゲゴーは、ツール・ド・ポローニュでのワールドツアー初勝利や、ツアー・オブ・デンマークでの総合2位など、プロ初年度から期待に応える好走を披露。

翌2020年は、新型コロナウィルスの影響もあり出場レース数が減ってしまったものの、ブエルタ・ア・エスパーニャグランツール(3大ステージレース)デビュー。

名峰アングリルへとフィニッシュする第12ステージでは、アングリル登坂の序盤で強烈な牽引を見せ、すでに水準以上の登坂力が備わっている事を知らしめた。

 

大きな期待を抱かせて迎えた2021年、まずはシーズン開幕直後にUAEツアーの山岳ステージで勝利と、幸先のいいスタートを切る事に成功。

4月のイツリア・バスクカントリーでは、前年のツール・ド・フランス覇者であるタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)を抑え、エースのプリモシュ・ログリッチと共に総合ワンツーフィニッシュと、驚きの結果を残す事に。

 

そして7月、初出場となったツールは、ヴィンゲゴーの人生を変える大きなターニングポイントに。

ユンボとしては、このツールは絶対的なエースであるログリッチでの総合優勝が目標だったはずだが、なんとログリッチは落車の影響で1週目途中にリタイアを選択。

安定した走りで総合上位に位置していたヴィンゲゴーは、急遽総合エースとして走るチャンスを得た。

第11ステージ、ツールを象徴する山の一つであるモン・ヴァン・トゥを2度登る厳しい山岳ステージでは、2度目のモン・ヴァン・トゥでポガチャルを突き放す走りを見せて、総合3位に浮上。

第17ステージ・第18ステージの山岳連戦ではポガチャルに力負けしたものの、2連続でステージ2位に入り、2019年のジロ・デ・イタリア覇者リチャル・カラパス(当時イネオス・グレナディアーズ)から総合2位の座を奪い取る事に成功。

そして第20ステージの個人タイムトライアルでもステージ3位とかなりの好走を見せて、がっちりと順位をキープ。

ツール初挑戦、グランツールでの総合エース未経験、そして代役エースという立場での総合2位獲得は、ヴィンゲゴーが総合エースとしてログリッチと並び得ると考えるには十分すぎるリザルトだった。

 

2022年、ヴィンゲゴーはティレーノ~アドレアティコ総合2位、そしてツールへ向けた重要な前哨戦クリテリウム・デュ・ドーフィネではログリッチとの総合ワンツーフィニッシュと、順調な仕上がりを披露。

特にドーフィネでの走りは、純粋な登坂力ではログリッチを上回っているようにも見える素晴らしいもので、ログリッチとのダブルエース体制で臨むツールに向けて、チームとして万全な態勢を整えていた。

 

そして迎えたツールでは、前年に続いてチームに受難が襲い掛かる。

過酷な石畳区間が設定された第5ステージで、なんとまたしてもログリッチが落車、更にはヴィンゲゴーもバイクトラブルに見舞われてしまう。

第5ステージ終了時点でポガチャルとの総合タイム差は、ヴィンゲゴーが21秒、ログリッチは2分27秒と、早くもビハインドを背負っての戦いを強いられる展開になってしまった。

後のないユンボは、第11ステージの難関山岳ステージでチームの総力を挙げての攻撃を仕掛ける。

ワウト・ファンアールトとクリストフ・ラポルトによる前待ち、セップ・クス、ステフェン・クライスヴァイク、ティシュ・ベノートという豪華山岳アシスト陣による出し惜しみのない牽引、そしてレース中盤に登場する超級山岳ガリビエでのヴィンゲゴーとログリッチによる波状攻撃。

それでもポガチャルは崩れないどころか、落車のダメージが残るログリッチが「返り討ち」に遭い遅れてしまうほどに、ポガチャルは強かった。

しかし、それでもユンボは諦めない。

ガリビエ山頂を超えてからの長いダウンヒル区間で、前待ち待機させていたファンアールトを使って、ログリッチをメイン集団に戻す事に成功。

フィニッシュ地点となる超級山岳グラノン、その登り口でログリッチは遅れてしまったものの、ログリッチが一時的にでも集団に戻った事でポガチャルのアシストが牽引を担う格好になり、この動きは間違いなく「攻撃」の一部だった。

そして残り4.7km、ヴィンゲゴーが決死のアタックを仕掛けると、ポガチャルはここまでの攻撃が効いたのか、全く反応できない。

ヴィンゲゴーは死に物狂いの表情で力強く踏み続け、ステージ勝利を挙げただけでなく、総合首位を奪取。

Embed from Getty Images

ユンボがまさにチーム一丸となって、最強にも思えたポガチャルの牙城を見事に崩した、屈指の名レースだった。

 

ヴィンゲゴーがポガチャルに2分18秒の総合タイム差を有して迎えた第18ステージは、超級山岳オタカムへとフィニッシュする、2021年ツール最後の山岳ステージ。

ここでもユンボは素晴らしいチーム力を見せ、オタカムの登坂では「最強の山岳アシスト」クスが素晴らしい牽引を披露。

そしてこの日の仕上げは、前待ちから合流したファンアールト。

ファンアールトがポイント賞首位の証であるマイヨ・ヴェールを着ながら、鬼気迫る表情で猛牽引を見せると、なんとポガチャルが千切られる。

最高のお膳立てを受け、ヴィンゲゴーは勝利に向けて…総合優勝をほぼ確実にするタイム差を手にするため、フィニッシュまで独走。

噛みしめるように、それでいて力強くガッツポーズを見せるヴィンゲゴー。

これで、ポガチャルとのタイム差は3分26秒差までに広がり、残す総合争いの舞台は第20ステージの個人タイムトライアルのみ。

この時点で、ヴィンゲゴーの総合優勝は「実質確定」に近かった。

 

更に、ヴィンゲゴーは第20ステージの個人タイムトライアルでもその脚を緩めない。

前半からかなりのハイペースを刻み、コーナーを攻め…とにかく全力で踏み続ける。

コース終盤の下りコーナーであわやコースアウトというシーンがあってからは、流石に少しリスクを回避しながら走り、それでもステージ2位となるタイムを叩き出したヴィンゲゴー。

総合優勝を確実にしたヴィンゲゴーを出迎えるのは、この日のステージ勝者ファンアールト。

Embed from Getty Images

ヴィンゲゴーの総合優勝に多大な貢献をしたファンアールトの目には、涙が浮かんでいた。

恐らく思い返しているのは、ログリッチがポガチャルに世紀の大逆転負けを喫した、2020年ツールの第20ステージ。

その時とはエースが代わりながらも、ユンボがチーム総力を挙げて獲得した、まさに悲願の総合優勝だった。

 

2023年、ヴィンゲゴーは3月のパリ~ニースで早くもポガチャルとの直接対決となったが、まだ調整段階だったのか調子は上がらず、総合3位でのフィニッシュに。

しかしその後はしっかりと調子を上げ、イツリア・バスクカントリーではステージ3勝を挙げての総合優勝、ドーフィネでもステージ2勝を挙げての総合優勝と、相変わらずの強さを見せ続ける。

 

7月、ディフェンディングチャンピオンとして臨むツールでも、ヴィンゲゴーの強さは揺るがない。

最大のライバルであるポガチャルも、骨折明けでコンディションに不安を見せつつも食らい付いてきて、まさに一進一退の攻防を繰り返す展開に。

2週目終了時点で、総合首位ヴィンゲゴーと総合2位ポガチャルのタイム差は、僅か10秒。

2人の王者による大接戦が繰り広げられる状況で迎えた第16ステージは、開幕前から注目を集めていた山岳個人タイムトライアル。

ポガチャルもステージ2位となる力走を見せたが、ヴィンゲゴーは異次元の走りを見せ、なんとポガチャルに1分38秒ものタイム差を叩きつけてのステージ勝利を飾る。

そして翌日の第17ステージでは、超級山岳ロズ峠の中盤で、コンディションに不安を抱えながら走り続けたポガチャルが限界を迎えたのか、突如失速。

力なく遅れていくポガチャルを尻目に、ヴィンゲゴーは…ユンボは攻撃の手を全く緩めない。

クスの強力な牽引で集団に生き残っていた選手を蹴散らすと、そこから前待ちをしていたベノートとウィルコ・ケルデルマンへと牽引のバトンを繋ぎ、タイム差を更に広げていく。

周到で、容赦なく、そして徹底した攻撃は、まさに王者のチーム、王者の走り。

ユンボのチーム力、そしてヴィンゲゴーのずば抜けた能力で、危なげなくツール総合2連覇を成し遂げて見せた。

 

8月、ヴィンゲゴーは3年ぶりにブエルタに出場。

チームとしては、ツールを制したヴィンゲゴーとジロを制したログリッチのダブルエース体制で、年間グランツール完全制覇に挑む事に。

ヴィンゲゴーとログリッチといういずれにしても実績十分なエースと、他のチームが羨むような豪華アシスト陣を揃えるユンボがレースを支配する、そんな予想が大半を占める中、レースはまさにその通りであると同時に、意外な展開で進んでいく事に。

第6ステージ、山岳ステージで逃げ切り勝利を挙げて総合首位に立ったのは、ユンボが誇る「最強の山岳アシスト」であるクス。

クスに「逃げ」という指示がチームから出た事、そしてライバルチームがそれを容認した事から、この時点でクスが総合エースではなかったのは間違いない。

それでも、クスはそこから崩れず、苦手だった個人タイムトライアルも無難にこなして、総合首位をキープ。

そしてユンボはクス、ログリッチ、ヴィンゲゴーで総合トップ3を独占したままレースを進めていく。

第17ステージ、4年ぶりの登場となったアングリル山頂フィニッシュでクスが少し遅れると、ヴィンゲゴーとログリッチは総合首位のクスを助けずに、そのまま2人でフィニッシュへと突き進む事を選択する。

ここでクスが大きく遅れればエース交代という状況だったが、クスはなんとか遅れを19秒に留めて、総合首位の座を死守。

この結果を受けて、ユンボはクスで総合優勝を狙うと明言し、残りのステージでヴィンゲゴーとログリッチはクスをしっかりとエスコート。

これにより、ユンボは同一シーズンのグランツールをそれぞれ別の選手で総合優勝、そしてブエルタの総合表彰台独占という、前代未聞の快挙を達成。

Embed from Getty Images

ヴィンゲゴーとしてもステージ2勝を挙げての総合2位、しかもチームメイトの総合優勝を支えながらこの結果は、大成功と言っていいだろう。

 

世界一とも評される登坂力、総合勢で1・2を争う個人タイムトライアル能力、3週間を通した安定感、強大なチーム力を存分に生かした冷静な判断力、勝負所にピークを持ってくる調整能力と、ヴィンゲゴーはグランツール総合優勝に必要な能力を、極めて高い次元で兼ね備えている。

最大のライバルであるポガチャルがワンデーレースにも適性を持つ一方で、まさに「グランツール総合争い特化」とでも言うべきヴィンゲゴーの能力は、現役最高のグランツールライダーと評してもいいだろう。

ヴィンゲゴー自身の能力がずば抜けていると同時に、2024年からヴィスマ・リースアバイクへと名前を変えたチームの力が恐ろしく強大であることも、その強さに拍車をかけている。

その上で一つ注目なのは、ヴィンゲゴーの台頭以前からチームを支えてきたもう一人の絶対的エース、ログリッチがボーラ・ハンスグローエへ移籍した事による変化だろう。

チームとしてよりヴィンゲゴーにフォーカスできるという意味ではプラスにも捉えられると同時に、ログリッチがいなくなるのは間違いなく戦力低下であるだけでなく、マークがヴィンゲゴーに集中するという意味でも、マイナス要素になる可能性がある。

改めて「チームの顔」となったヴィンゲゴーは、果たしてどんな走りを見せてくれるのか。

北欧からやってきた小さな巨人が紡ぎ出す神話を、楽しみにしていよう。

Embed from Getty Images