移籍を機に開花した現役最強のスプリンター
選手名:ヤスペル・フィリプセン(Jasper Philipsen)
所属チーム:アルペシン・ドゥクーニンク
国籍:ベルギー
生年月日:1998年5月2日
脚質:スプリンター
主な戦歴
ステージ通算6勝(2022 × 2、2023 × 4)、ポイント賞(2023)
ステージ通算3勝(2020、2021 ×2)
・クラシック・ブルッヘ~デ・パンネ
優勝(2023)
・エシュボルン=フランクフルト
優勝(2021)
・シュヘルデプライス
優勝(2021、2023)
・パリ~ルーベ
2位(2023)
どんな選手?
爆発力と安定感を両立させ、直近2年でツール・ド・フランス6勝など勝利を量産する現役最強のスプリンター。
自転車大国ベルギーで生まれ育ったフィリプセンは、2016年にはU20国内選手権個人タイムトライアル優勝、U20・E3・ハレルベーケ(現E3・サクソバンク・クラシック)優勝、U20・パリ~ルーベ5位など、アンダーカテゴリーで早くからその才能を発揮する。
2017年も、ベイビー・ジロ(U23版ジロ・デ・イタリア)でのステージ1勝とポイント賞獲得、U23・パリ~ツール優勝、U23・ロンド・ファン・フラーンデレン2位など、好成績を連発。
2018年には、アメリカ籍の名門プロコンチネンタルチーム(現行制度におけるプロチーム、2部相当)であるハーマンス・バーマン・アクセオンへと移籍。
チームのカテゴリーは1つ上がったが、2年連続となるベイビー・ジロでのステージ1勝、U23・パリ~ルーベ4位、そしてツア・オブ・カリフォルニアでワーツドツアーデビューと、変わらず結果を残し続ける。
ここまでの活躍が評価され、2019年にはワールドチームであるUAEチームエミレーツと契約。
移籍後初レースとなったツアー・ダウンアンダーでは、第5ステージでいきなりワーツドツアー初勝利を飾り、幸先の良いスタートを切る事に成功。
その後は勝利こそなかったものの、カリフォルニアで5位以内のフィニッシュが3回、そしてグランツール(3大ステージレース)初出場となったツール・ド・フランスでは、第11ステージでリタイアとなったもののトップ10フィニッシュが3回と、着実に実績と経験を重ねていく。
2020年、開幕レースのツアー・ダウンアンダーでは、勝利を挙げられなかったもののスプリントステージで上位を連発し、ポイント賞を獲得する。
そして、新型コロナウィルス流行による中断期間を挟んで、10月にはブエルタ・ア・エスパーニャに初出場。
第15ステージでは、前年にジロ・デ・イタリアでポイント賞を獲得したパスカル・アッカーマン(当時ボーラ・ハンスグローエ)を下して、グランツール初勝利を飾る。
アンダーカテゴリーに続いて、ワールドチーム所属の2年間でもしっかりと成績を残したフィリプセンは、2020年の時点で22歳という年齢もあり、ここから更なる飛躍が期待される注目のスプリンターだった。
そんなフィリプセンが2021年の所属先として選んだのは、トップカテゴリーのワールドチームではなく、プロチームのアルペシン・フェニックス。
一見すると「ワールドチームからプロチームへの格落ち」にも思えたが、アルペシンは「怪物」マチュー・ファンデルプールを中心として急速にチーム力を整えてきたチーム。
エースとして走りたいフィリプセンと、エース級の力を持ちつつ伸びしろの大きいスプリンターが欲しいアルペシン側の思惑が一致した上での、振り返ってみると「賢い」移籍だったと言えるだろう。
注目の2021年、3月まではなかなか結果が出なかったフィリプセンだが、4月に入るとシュヘルデプライスでの勝利、ツアー・オブ・ターキーではステージ2勝に加えてステージ2位が4回と絶好調で、ポイント賞を獲得。
そして、6月末開幕となったツールには、シーズン序盤で5勝を挙げたティム・メルリールとの「スプリントエース2枚体制」で出場する事に。
まず第3ステージでは、ファンデルプールと共にメルリールの勝利をアシストしつつ、自身もステージ2位でのフィニッシュ。
そしてその後のステージでは、エーススプリンター役をメルリールと交代して(更に、メルリールは第9ステージ途中でリタイアを選択したため)、フィリプセンが勝利を狙う流れに。
しかし、フィリプセンは安定して上位には入りつつ、なかなか勝利には届かない。
結局、第3ステージも含めて3回のステージ2位、そしてステージ3位も3回と、計6回フィニッシュスプリントに絡む安定感を見せながら、未勝利のままツールを終える事に。
最終第21ステージ、シャンゼリゼでのスプリントでも2位に終わった直後には、座り込みながら悔し涙を流していたフィリプセン。
惜しくもあと一歩が足りなかったのは事実だが、このツールでその名前を更に売ったのもまた間違いなかった。
悔しさの残ったツールを終え、フィリプセンは翌月のブエルタに出場すると、1週目だけでステージ2勝を挙げる事に成功。
残念ながら第11ステージで未出走を選択したため、激戦を繰り広げていたポイント賞争いはファビオ・ヤコブセン(当時ドゥクーニンク・クイックステップ)に譲る格好になったものの、改めてその強さを示すブエルタとなった。
そしてブエルタ後も、ワーツドツアーのエシュボルン=フランクフルトを含むワンデーレース4連勝と、好調をキープ。
最終的に2021年の勝利数は9となり、「期待の若手」から「トップスプリンター」へと評価が上書きされた1年になった。
2022年、フィリプセンはシーズン最初のレースとなったUAEツアーでステージ2勝と、スタートダッシュに成功。
その後も着実にリザルトを残し、7月のツールには前年と違い、単独エースでの参加が決定する。
そして待望の瞬間がやってきたのは2週目、第15ステージ。
細かなアップダウンでヤコブセンなど数人のライバルが脱落する中、しっかり集団に生き残り、見事にスプリントで勝利。
更に、前年は悔し涙を流したシャンゼリゼの最終第21ステージでは、他の選手を完全に突き放す圧巻のスプリントを披露。
2021年の悔しさを乗り越えて手に入れたツールでのステージ2勝は、その内容も含めて改めてフィリプセンの強さを証明するものだった。
2023年のフィリプセンは、前年のツール2勝で完全に自信を得たのか、そしてアルペシンがワールドチームへと昇格してチーム力が向上した影響か、開幕から勝利を量産。
ティレーノ~アドレアティコではファンデルプールによる強力なリードアウトもありステージ2勝、ワンデーレースでもクラシック・ブルッヘ~デ・パンネやシュヘルデプライスで勝利と、順調に勝利を積み重ねる。
更に特筆するべきは、モニュメント(5大ワンデーレース)の1つ、パリ~ルーベでの走り。
ファンデルプールの勝利を牽引と「重石」役で見事にサポートしつつ、自身も2位入賞と、チームとして完全にレースを制圧して見せた。
そんな明らかに好調な状態で迎えた7月のツールは、フィリプセンのためのスプリントトレインとして、ラモン・シンケルダム、ヨナス・リッカールト、そしてファンデルプールと、考え得る最高の布陣での参戦に。
まずは最初の集団スプリントとなった第3ステージ、アルペシンはその最強の隊列の威力を存分に発揮し、フィリプセンは危なげなく1勝目を挙げる。
続く第4ステージも、落車による混乱が続く中、ファンデルプールによるとんでもなく強烈な牽引が炸裂してステージ2連勝を飾り、ポイント賞争いのトップに浮上する。
第7ステージでは、スプリント前の牽引にセーアン・クラーウアナスンまで加わる層の厚さを見せつけ、そしてフィリプセン自身のスプリントも明らかにライバルとは段違いのスピードで、1週目にしてハットトリックを達成。
そして第11ステージでは、これまでとは違いトレインが上手く機能しない中、フィリプセンはライバルチームの動きを巧みに利用した上で、最後はまたしても圧倒的なスピードを見せつけて勝利をもぎ取った。
その後のステージでは勝利こそなかったものの、ポイント賞首位の座を危なげなく守り抜くことに成功。
ステージ4勝を挙げてのポイント賞獲得、そしてその圧巻の内容は、間違いなくこのツールで最強のスプリンターはフィリプセンだったと言える、素晴らしいものだった。
フィリプセンはツール後も勝利を積み重ね、2023年の勝利数はなんと19にまで到達。
2021年以降の勝利数、常に上位に入り続ける安定感、そしてスプリントで見せる圧倒的なトップスピードは、フィリプセンを現役最強のスプリンターと評価するのに十分なものだろう。
また、加入当初はプロチームだったアルペシンがワールドチームに昇格し、明らかに戦力が増している…どころか、そのスプリントトレインの破壊力がもはや最強クラスな事も、フィリプセンの強さに拍車を掛けている。
特に、「怪物」ファンデルプールとのコンビネーションは、パリ~ルーベで見せたフィリプセンがアシストに回るパターンも含めて、他のチームからすれば手の付けようがないレベルに近い。
現状の強さは、ここ数年の「スプリンター戦国時代」とも言われた拮抗した状態に、終止符を打ち得る存在と言えるだろう。
ハイパフォーマンスを継続して、ここから「フィリプセンの時代」を築けるのか、楽しみにしていよう。