マリーブランク峠の攻防
第5ステージは、コース中盤に今大会初の超級山岳となるスデ峠が登場し、そこから更に3級山岳イシェール峠、1級山岳マリーブランク峠を越えていく、ピレネー山脈らしい険しい山岳ステージ。
流石に山頂フィニッシュではないけれども、ちょっと第5ステージに用意する難易度ではない気が…。
逃げ切りが充分あり得ると同時に、本格的な総合争いが勃発する可能性もあるということで、アクチュアルスタート後のアタック合戦はかなり激しいものに。
そうして出来上がった逃げは…なんと36人。
しかも、メンバーが凄すぎる。
特に、ボーラ・ハンスグローエのエースであるジャイ・ヒンドレーは、エマヌエル・ブッフマンとパトリック・コンラッドを伴っている、何故許されたのか全く理解できない強すぎる体制での逃げに。
他にも、ユンボ・ヴィスマがワウト・ファンアールトを筆頭に前待ち要員のような選手を3人、リドル・トレックは総合43秒遅れのジュリオ・チッコーネを含んだ3人、スーダル・クイックステップもジュリアン・アラフィリップなど3人、更に言えばUAEチームエミレーツとイネオス・グレナディアーズも山岳アシストを2人ずつ、など…。
過去に同レベルの逃げがちょっと思い浮かばないぐらい、本当にとんでもないメンバーだ。
コース序盤に設定された中間スプリントポイントは、ブライアン・コカール(コフィディス)が先頭で通過して、ポイント賞争いで2位に浮上。
そして超級山岳スデ峠では、山頂付近でフェリックス・ガル(AG2Rシトロエン)がアタックを仕掛けて先頭通過に成功、山岳賞争いで一気に首位に躍り出た。
一方のメイン集団を牽引するUAEチームエミレーツは…3分~4分と、なんとも言えないタイム差でレースをコントロール。
逃げ切りを許したら、ヒンドレーが総合争いで一気に有利になるけれども…?
3級山岳イシェール峠で、先頭集団からファンアールト、アラフィリップ、クリスツ・ニーランズ(イスラエル・プレミアテック)の3人が飛び出したけれども、1級山岳マリーブランク峠に入ると、ガルの山岳賞首位を守りたいAG2Rがペースを上げて、この動きをキャッチ。
AG2Rはそのまま牽引を続けて先頭集団を小さく絞り込み、山頂まで残り4km辺りでガルを発射!
この満を持してのガルの加速に反応できたのは、ヒンドレーのみ。
山岳ポイントとついでに可能ならステージが欲しいガル、一方のヒンドレーはとにかく後続とのタイム差が欲しい。
「牽制をしない」という意味では思惑も一致、しかしよく考えると結構ベクトルが異なる目的を抱えた2人。
その均衡が破れたのは山頂まで残り1.7km地点、ヒンドレーがダンシングで加速を見せると、ガルが付いていけない!
快調にマリーブランク峠を駆け上がるヒンドレー、メイン集団とのタイム差はまだ2分以上!
これは総合争いにとって大きな動きになるぞ…!
時をほぼ同じくして、ユンボが高速牽引を続けていたメイン集団は、逃げから降りてきたファンアールトが牽引を終えて下がり、最強の山岳アシストであるセップ・クスが牽引を開始。
たちまち集団は更に小さくなり、マイヨ・ジョーヌを着たアダム・イェーツ(UAE)も遅れていく。
つまり…これでタデイ・ポガチャル(UAE)を守るアシストは誰もいない。
そして、クス、ヨナス・ヴィンゲゴー、ポガチャルの3人のみとなったグループは、あまり長くこの形を保てなかった。
クスのお膳立てを受けたヴィンゲゴー、アタック。
そして、ポガチャルが付いていけない…!!
ポガチャルは「反応して付いていけない」のではなく、「反応すらしない」…?
もう「踏めない」ぐらい、調子が悪いのか?
そんなポガチャルの様子を振り向きざまに確認すると、そのままハイペースを維持するヴィンゲゴー。
これは…結構な差が付くぞ!!
ついでに言えば、まだ山頂までおよそ1.5km、先頭を走るヒンドレーとのタイム差は1分30秒ほど。
ひょっとすると、ステージ勝利も…?
マリーブランク峠を先頭で通過したヒンドレー、ガルとのタイム差は20秒強、そしてヴィンゲゴーとのタイム差は…1分を少し超えるぐらい?
残すは18.5km、普通に考えれば逃げ切れる可能性は充分、しかし追いかけてくるのはあのヴィンゲゴーだ。
そしてポガチャルは、ヴィンゲゴーから40秒ほど遅れて山頂を通過。
単独で逃げ続けるヒンドレーに対して、ヴィンゲゴーとポガチャルはそれぞれ逃げ遅れた選手などを吸収したことで、小集団を形成して追いかける格好に。
総合争い、なかなか混沌とした状況になってきた…。
リスクは負いすぎず、それでもしっかり攻めるべきところは攻めて、単独ながら順調にフィニッシュまでの距離を減らすヒンドレー。
第2集団はヴィンゲゴー、ガル、チッコーネ、ブッフマンの4人。
ヴィンゲゴーが先頭交代を促すシーンもありつつ、他の3人はそれなりに「回らない」理由があるので(特にブッフマンはヒンドレーのために絶対に回ってはいけないどころか、ローテーションを阻害するべき場面)、あまり協力は得られない。
ただ、ヴィンゲゴーはその状況をしっかり理解していて、協力を得られなくてもフラストレーションを露わにはせず、淡々と牽き続けるのは…理知的かつ現実的で素晴らしい。
そしてポガチャルのいる第3集団は、アダム・イェーツ、マティアス・スケルモース(リドル)、カルロス・ロドリゲス(イネオス・グレナディアーズ)、サイモン・イェーツ(チーム・ジェイコ・アルウラー)と、回るべき理由がある選手が結構いて、ある程度の協調体制に。
しかし、それでもタイム差は思うように縮まらない。
前が強いのか、それともこの第3集団を形成している時点で、この日はもう力が無いということか…。
残り1km、ヒンドレーと第2集団のタイム差は未だに30秒以上、これは逃げ切りが確定だ…!
ヒンドレーは少しでも総合のタイム差を稼ぐために最後まで全力で踏みつつ、その表情には若干の笑みも混ざっている。
そして最後は、その歓喜を爆発させてのフィニッシュ!!
ヒンドレー、その強さと勇気で掴み取った見事なステージ勝利!!
そしてステージ勝利だけでなく、総合首位に立ちマイヨ・ジョーヌを獲得!!
マリーブランク峠でのアタック、最終盤の独走、そして何より逃げに乗った機転と勇気!
流石は2022年のジロ・デ・イタリア覇者、改めて言うまでもなく「本物」の強さだった!
第2集団のヴィンゲゴーは、ヒンドレーから34秒遅れてのフィニッシュに。
よくここまでタイム差を詰めたとも言えるけれども、逆に言えばヒンドレーに追いつけなかったのは、ブッフマンがローテーションを阻害する「重し」として働いたから。
マリーブランク峠までの直接的なアシストだけでなく、ヒンドレーの勝利は間違いなくこのブッフマンの働きによる部分が大きかったと思う。
そしてポガチャルは…ヒンドレーから1分38秒、ヴィンゲゴーから1分4秒のタイム差でフィニッシュ。
意外過ぎる、アタック一発で突き放される姿。
やはり、骨折の影響でコンディションが整っていないのか。
しかし、当然ながらツールは序盤も序盤。
ヴィンゲゴーには突き放されたけれども、逆に言えば他の選手と比べれば、コンディションが万全でなくても差があるのが、改めて証明されたのも事実。
総合のタイム差は、ヒンドレーから1分40秒遅れ、ヴィンゲゴーから53秒遅れと、まだ決して「終わった」訳ではない。
ポガチャルによる逆襲はあるのか、それともヴィンゲゴーが返り討ちにするのか、はたまたヒンドレーがこの日のリードを活かして優勢に立つのか。
既に激しすぎるようにも見えるツールの総合争い、本番はここからだ。