2019年以来となる「独走以外」の可能性
世界王者を決める、緊迫の一発勝負となる世界選手権。
今年はロードレースだけでなく、トラック競技やオフロード競技の世界選手権も同時に開催されるため、例年より1ヶ月ほど早い変則日程での開催になりました。
イギリスはグラスゴーの地で、栄光の虹色ジャージ「マイヨ・アルカンシェル」を獲得するのはいったい誰になるでしょうか。
優勝候補や注目選手を紹介していきたいと思います。
コースプロフィール
まずはコースを確認してみましょう。
距離は271.1km、獲得標高は3,570m。
スタートから90kmを過ぎた位置にあるクロウ・ロード(登坂距離5.6km・平均勾配4%)を超えると、エディンバラ市街地を10周する周回コースになります。
細く曲がりくねった1周14.3kmの周回コースは、長い登坂は無いのですが、細かい登坂とテクニカルなコーナーが絶え間なく登場して、3,750mという獲得標高以上の厳しさがありそうです。
特に大きな勝負所になりそうなのは、フィニッシュラインの1.5kmほど手前に登場する「モントローズ通り」の登りで、(媒体によって表記にブレがありますが)登坂距離200m弱・平均勾配10%強と、短いながらもパンチの効いたプロフィールになっています。
パッと見た感じの印象はいわゆるパンチャー向け、展開次第ではありますがスプリンターには結構厳しめ…と言ったところでしょうか。
クライマーやオールラウンダー向けのコースでは無さそうですが、パンチ力を兼備したタイプならクライマー系も可能性はゼロではない気がします。
登れるスプリンターが生き残れるのか、アタックによる抜け出しが成功するのか、仕掛けるとしたら何周回目なのか…、焦点はこの辺りでしょうか。
「本命級」5人
通常のレースと違い国別の争いとなる世界選手権では、チーム力の関係も当然ながらいつもとかなり変わってきます。
その辺りも踏まえて、個人的に「本命級」だと感じる選手を5人紹介していきます。
ワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ)
前年の王者であるレムコ・エヴェネプールを擁するベルギーですが、今回のレイアウトならファンアールトで勝負に行く可能性が高いと自分は考えています。
ツール・ド・フランスの山岳ステージで活躍できるファンアールトにとっては、今回の登坂は全く問題にならないのと同時に、やはりそのピュアスプリンターと同水準のスプリント力は、他のチームからしたら大きな脅威です。
ベルギーとしては、エヴェネプールの使い方がポイントになるでしょうか。
もしエヴェネプールに先行させることができたら、捕まる前提だとしてもファンアールトは集団内で力を温存できます(もちろんベルギーとしては、エヴェネプールが行けるならそのまま行かせてもOKです)。
もしエヴェネプールが先行できないなら、それはそれでファンアールトを温存するために、そしてファンアールトに有利な展開を作るためのアシスト役に徹するはずです。
そうやって最後まで脚を残したファンアールトが、最終盤で飛び出しを仕掛けるのか、それともスプリントで勝利を狙いに行くのか…。
いずれにしても、前年優勝による人数のアドバンテージ、そして一流選手をずらりと並べた充実の陣容で、ベルギーがレースを作るために動くだろうと、個人的には予想しています。
マチュー・ファンデルプール(オランダ、アルペシン・ドゥクーニンク)
ファンアールトの最大のライバル、ファンデルプールも当然優勝候補の一人でしょう。
今シーズン、ミラノ~サンレモにパリ~ルーベと2つのモニュメント(5大ワンデーレース)を制するなど、ノリにノッっています。
直近のツールでは若干コンディションに苦しんでいたようで自身の勝利はありませんでしたが、チームメイトのヤスペル・フィリプセンのステージ4勝とポイント賞獲得を強烈にアシストしていました(そのフィリプセンは、世界選手権ではベルギー代表のライバルとなりますが…)。
これまでの世界選手権では、2019年は最終盤に失速、2020年は未出場、2021年は8位、2022年はスタート前のトラブルの影響でリタイアと、結果を残せていない…と言うか、思うように力を発揮できていません。
その規格外かつ破壊的な走りで、是非とも今回こそは暴れまわって欲しいところです。
マッズ・ピーダスン(デンマーク、リドル・トレック)
2019年の世界選手権を23歳の若さで制したピーダスンは、そこからの4年間で世界最強の「登れるスプリンター」にまで成長しました。
今シーズン、ツールとジロ・デ・イタリアでステージ1勝ずつ、そして春のワンデーレースでもトップ10フィニッシュが5回と、その安定感はもはや貫禄すら感じる域に達しています。
そして、今回特に注目に値する理由としては、コースが前回優勝した2019年のものにかなり似ていることが挙げられます。
もちろん、2019年とはピーダスンに対する警戒度が格段に違い、同じように逃げに乗ることは難しいでしょう。
それでも今のピーダスンなら、メイン集団からの真っ向勝負でも十分に勝利を狙えるだけの力がありますし、それを支えるチーム力も相当に強力です。
4年前と同じくイギリスの地で、2度目の戴冠となっても何ら不思議ではないでしょう。
クリストフ・ラポルト(フランス、ユンボ・ヴィスマ)
大変失礼ながら、世界選手権の注目選手としてラポルトの名前を挙げる日が来るとは、はっきり言って全く思っていませんでした。
2021年までワールドツアーで未勝利だったラポルトですが、2022年にユンボに移籍して以降は、別人のような活躍を見せています。
2022年は、加入直後にいきなりパリ~ニースでワールドツアー初勝利を挙げると、E3・サクソバンク・クラシックでファンアールトとのワンツーフィニッシュ、更にツールでアシストとして奮闘しながらステージ1勝、そして世界選手権では2位入賞と、飛躍にもほどがある活躍を見せました。
今シーズンも、ワンデーレースではヘント~ウェヴェルヘムとドワーズ・ドール・フラーンデレンでの勝利、クリテリウム・デュ・ドーフィネではステージ2勝にポイント賞、そしてツールでは前年に続き献身的なアシストで総合優勝に大きく貢献と、完全に一流選手のリザルトを続けています。
今回の世界選手権、フランスのエースがラポルトかどうかは、2020年・2021年の世界王者ジュリアン・アラフィリップもいるので、正直言って分かりません。
「パンチャー向け」という意味では、ラポルトよりアラフィリップを挙げるのが無難かもしれません。
それでも、ここ2年の成長度合い(特に登坂力)、そして今シーズンの調子を考えると、個人的にはラポルトにかなり期待しています。
レムコ・エヴェネプール(ベルギー、スーダル・クイックステップ)
え~、ファンアールトのところで色々と書きましたが…、やはりエヴェネプールにも注目しない訳にはいきません。
正直なところ一つ一つの登坂が短すぎて、得意の独走を仕掛けるのに適しているのかは割と疑問だったりもしますが、ファンアールトへの間接的なアシストと言う意味も込めて仕掛ける可能性はあると思っています。
もし上手いこと抜け出して、30秒とかのタイムギャップを作り出せたら、そのまま決まりかねません。
何しろ、独走力に特化したその特異なスタイルで、グランツール(3大ステージレース)のブエルタ・ア・エスパーニャ、モニュメント(5大ワンデーレース)のリエージュ~バストーニュ~リエージュ、そして世界選手権を勝ってしまっている訳ですから…。
チームの動きと併せて、ある意味では最注目でしょう。
有力候補が多数
結構いろいろなタイプの選手に可能性が考えられるので、サクッと紹介していきます。
ジュリアン・アラフィリップ(フランス、スーダル・クイックステップ)
言わずと知れた2020年・2021年の世界王者アラフィリップですが、昨年の落車で一旦コンディションを大きく落としてしまい、直近のツールではあまり力を発揮できませんでした。
調子さえよければ、コースへの適正もチーム力も、ド本命に挙げたいぐらい完璧なんですが…。
鮮やかなアタック一発で決める姿を、久しぶりに見てみたいです。
タデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)
基本的にはクライマー向けではない今回のコースレイアウトですが、ポガチャルほどのパンチ力があれば話は変わってきます。
ツールでの敗北は記憶に新しいところですが、ものすごくポジティブに考えれば、4月の骨折明けから世界選手権に向けてのいい調整になったかもしれません。
そもそもの話として、今シーズンはロンド・ファン・フラーンデレンでの優勝など、ワンデーレースで圧倒的な成績を残していて、正直なところ「本命級」に入れるか迷ったぐらいです。
新たな伝説の1ページが書き加えられる…そんな瞬間を見てみたい気持ちは結構ありますね。
カスパー・アスグリーン(デンマーク、スーダル・クイックステップ)
2021年のロンド・ファン・フラーンデレン覇者、アスグリーンも当然有力候補に数えていいでしょう。
基本的には独走力とタフさが魅力、その上でロンドを勝つレベルの登坂力があり、そして直近のツールでステージ1勝と調子もよさそうです。
デンマークは前述のピーダスンの他に、マグナス・コルト、セーアン・クラーウアナスン、マティアス・スケルモースなど、メンバーがかなり強力なのも追い風でしょう。
ヤスペル・フィリプセン(ベルギー、アルペシン・ドゥクーニンク)
ベルギーから3人目の紹介となりますが、ピュアスプリンター系で挙げるならこのフィリプセンでしょう。
直近のツールではステージ4勝を挙げてポイント賞を獲得しただけでなく、ピーダスンが勝った「登りスプリント」のステージでも2位に入っているように、意外と登坂耐性もあります。
何らかの理由でベルギーがスローペースを狙い、ガチガチにレースをコントロールした状態でフィニッシュスプリントまで生き残れば…と言った感じですかね。
マイケル・マシューズ(オーストラリア、チーム・ジェイコ・アルウラー)
「登れるスプリンター」の代名詞的存在とも言えるマシューズは、昨年の世界選手権でも3位に入っていて、今回ももちろん有力候補の1人でしょう。
5月のジロでもステージ勝利を挙げていて、コンディションも悪くなさそうです。
厳しい展開をなんとか生き残ることが出来れば、スプリントで勝機が見えてくると思います。
ディラン・ファンバーレ(オランダ、ユンボ・ヴィスマ)
オランダはファンデルプールがエースなのは間違いないと思いますが、登りも問題なくこなせる現役屈指の万能型ルーラーにして、2022年のパリ~ルーベ覇者であるファンバーレも有力候補と呼んで差し支えないでしょう。
実際、2021年の世界選手権ではファンデルプールが沈んだ一方で2位に入り、その勝負強さはすでに証明済みです。
2人でうまく連携して攻撃を繰り出した結果、ファンバーレが抜け出すような格好になれば、「もう一つ上の順位」だって十分に考えられるでしょう。
マルク・ヒルシ(スイス、UAEチームエミレーツ)
2020年の世界選手権で3位という実績を残したヒルシは、コース適正としてはかなり良いものを持っていると思います。
2021年以降はケガなどの影響で若干低調でしたが、今シーズンはスイス国内選手権個人で優勝するなど、久々に好調と言っていいでしょう。
モントローズの登坂でアタックするチャンスを作れるなら、面白い存在になりそうです。
完全に個人的な期待・願望・注目の枠
最後に、優勝候補とは呼べないですが、個人的に注目している選手も紹介します。
ペテル・サガン(スロバキア、トタルエネルジー)
迷いましたが…この人の名前を挙げない訳にはいかないでしょう。
2015年~2017年と世界選手権3連覇の「Mr.アルカンシェル」、今シーズン限りでのロードレース引退を表明しているサガンに、世界中のファンが期待しているはずです。
コースレイアウト的には全盛期ならまさに「サガン向き」、歴史に名を刻む大スターの雄姿を目に焼き付けましょう。
ニルス・ポリッツ(ドイツ、ボーラ・ハンスグローエ)
完全に個人的な願望枠その1、ドイツのポリッツです。
今シーズンはドイツのタイムトライアル王者になったことからも分かるように、やはりその独走力は一級品です。
あとは、いかに抜け出すか、そして登坂をどれぐらい耐えられるか…。
正直言って優勝争いに絡むとはほぼ思っていませんが、是非とも積極的な動きを見せてほしいです。
セーアン・クラーウアナスン(デンマーク、アルペシン・ドゥクーニンク)
完全に個人的な願望枠その2、デンマークのクラーウアナスンです。
タイプ的には割とポリッツに似た選手で、2020年にはツールでステージ2勝の実績があり、そのどちらも終盤での隙を見た抜け出しで決めている「抜け出し巧者」です。
前述のようにデンマークはかなり強力なメンバーを揃えてきたので、展開次第では可能性がゼロではない気がします。
新城幸也(日本、バーレーン・ヴィクトリアス)
最後はもちろんこの人、我らが日本の誇り新城です!
今シーズンも、ジロでチームメイトのポイント賞獲得に大きく貢献しながら完走と、一線級の選手として活躍しています。
ここ2年の世界選手権では結構終盤までメイン集団内で生き残り、2021年は49位、2022年は39位と、単独での参加としてはかなり良い成績でした。
もちろん、今回も優勝争いに絡んだりするのはかなり難しいとは思いますが…是非とも頑張ってほしいところです。
ワクワクがとまらねえぞ
いや~、一気に書き連ねましたが、今回はチャンスがありそうな選手が多いですね!
もちろん、中心になるのは「本命級」に挙げた選手だとは思いますが、世界選手権は本当に何があるか分かりません。
1回きりなので誰もが未体験のコースレイアウト、そして普段と違う「国別」の争いは、ツールともモニュメントともこれまた違った緊張感を生み出します。
そんなヒリヒリした空気と熱気の中、どんなレースになるのか楽しんでいきましょう!!