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【選手紹介Vol.11】ティボー・ピノ

ファンに愛されたフランスの名クライマー

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選手名:ティボー・ピノ(Thibaut Pinot)

最終所属チーム:グルパマ・FDJ

国籍:フランス

生年月日:1990年5月29日

脚質:クライマー

 

主な戦歴

 ・ツール・ド・フランス

 総合3位(2014)、ステージ通算3勝(2012、2015、2019)

ジロ・デ・イタリア

 総合4位(2017)、山岳賞(2023)、ステージ通算1勝(2017)

ブエルタ・ア・エスパーニャ

 総合6位(2018)、ステージ通算2勝(2018 × 2)

クリテリウム・デュ・ドーフィネ

 総合2位(2020)、ステージ1勝(2016)

・ツアー・オブ・ジ・アルプス

 総合優勝(2018)

イル・ロンバルディア

 優勝(2018)

・ミラノ~トリノ

 優勝(2018)

・フランス国内選手権 個人タイムトライアル

 優勝(2016)

 

どんな選手?

ツール・ド・フランス2019での活躍と悲劇が記憶に新しい、フランスが誇るクライマー。

 

2010年に現所属チームであるグルパマ・FDJの前身、フランセーズ・デ・ジューと契約してデビュー。

2012年のツール・ド・フランスで頭角を現し、弱冠22歳にして第8ステージで勝利を挙げ、総合成績でも10位につける活躍を見せる。

2013年にはブエルタ・ア・エスパーニャで総合7位に入り実力の高さを見せつけると、2014年のツール・ド・フランスでは総合3位に入賞して早くも表彰台を経験し、約30年達成されていない「フランス人によるツール・ド・フランス総合優勝」の有力候補として大いに期待される。

 

しかし、直後のブエルタ・ア・エスパーニャ2014を高熱のために途中リタイアすると、その後のグランツールでも途中リタイアが多発する悪循環に陥ってしまう。

2015年と2016年はツール、2017年はジロ・デ・イタリアとツール、2018年はジロとブエルタと、4年間で6回グランツールに出場するも完走できたのは2015年ツール・2017年ジロ・2018年ブエルタの3回のみ。

2017ジロは総合4位、2018ブエルタは総合6位とある程度の結果を残し、リタイアしたレースも直前まではいい順位につけている事から、実力があるのは間違い無いながらも非常にもどかしい日々が続いてしまった。

 

それでもチームからの信頼は厚く、チームは2019年のツール・ド・フランスに向けてピノの総合優勝のみに絞った体制で挑む事を決定。

迎えたツール・ド・フランス2019では、ピノもその期待に応えるかのように序盤から積極的な走りを見せ、同じくフランス人のジュリアン・アラフィリップ(ドゥクーニンク・クイックステップ)と共にレースを大きく盛り上げる。

第8ステージでは2人でメイン集団からの飛び出しに成功してライバルとの差を広げ、第14ステージでは見事にワンツー・フィニッシュを決めるなど、フランス人の活躍、そして34年ぶりのフランス人による総合優勝が現実味を帯びてきてフランス国内は大いに沸き立った。

第18ステージ終了時点でピノは1分50秒遅れの総合5位、総合1位のアラフィリップは直後の山岳ステージで遅れる事も予想されていたため、実質のライバルである総合2位のエガンベル・ベルナル(チーム・イネオス)までの差は僅か20秒のみ。

そしてその間には総合3位ゲラント・トーマス(チーム・イネオス)と総合4位のステフェン・クライスヴァイク(チーム・ユンボ・ヴィスマ)もいる大混戦模様となっていた。

ここで迎えるは、最終決戦に相応しいアルプス山脈の厳しい山岳コースである第19・第20ステージ。

誰もが山岳での激闘を期待する中、ここでまさかの悲劇が起きてしまう。

数日前に痛めていた脚の状態が悪化したために、第19ステージの序盤でピノがリタイアをしてしまったのだ。

一瞬にしてそれまでの全てを失ってしまった悔しさに人目をはばからずに号泣し、チームメイトに慰められながら自転車を降りるピノの姿は、悲劇としか形容できないものだった。

この悲劇のリタイアがピノに与えた精神的なダメージは大きく、しばらくの間はロードバイクを見る事さえ嫌がったほどだったが、2020年シーズンには無事に復帰。

パリ~ニースで総合5位に入るなど、元気な姿を見せてくれた。

 

ピノが「悲劇」を繰り返しているのは、ただ運が悪いだけなのか、それとも何か他に要因があるのか。

それは確かめようがないが、一つ間違いないのはピノの登坂力が一級品だという事。

グランツールでのステージ通算6勝のうち5勝を山頂フィニッシュステージで挙げている事や、ツール・ド・フランス2019中盤のピレネー山脈で最も強かった事(総合優勝したベルナルを突き放すほど!)、2018年にはモニュメント(5大ワンデーレース)の1つであり「クライマーズ・クラシック」と呼ばれるイル・ロンバルディアを制している事からもそれは明らかだ。

フランス国民の期待に見事に応え、その登坂力を存分に発揮して「悲劇」の涙ではなく「歓喜」の涙を流す、そんな日が来ても何ら不思議ではない。

それだけの力と情熱を彼は備えている筈だ。

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※2021年1月10日追記

前年のツールでのショッキングな敗戦からの長い休養を経て、ピノは2020年のシーズン初頭からレースに復帰。

パリ~ニースで総合総合5位に入るなど、心身共にしっかりと回復した事を伺わせてくれた。

新型コロナウィルスの影響による中断期間後も、クリテリウム・デュ・ドーフィネで総合2位となるなど、しっかりと好調をキープしてツールへの期待を抱かせてくれた。

 

そして迎えたツール開幕。

雨でスリッピーな路面状況となり大荒れの展開だった第1ステージ。

ピノは残り3km地点で発生した大規模な落車に巻き込まれてしまう。

救済措置の圏内だったためタイムは失わなかったが、落車によるダメージが心配される中、ピノは翌日以降もレースに出場。

第2ステージや第4ステージの1級山岳も遅れることなくクリアしていき、大きなケガはなかったのかと安心した矢先の第8ステージで、ついに恐れていた事態が起こってしまった。

登坂の途中で突如苦悶の表情を浮かべ、集団から遅れていくピノ

ここにきて、第1ステージの落車で痛めた背中の状態が限界を超えてしまっていたのだ。

チームメートに付き添われながら何とか完走するも、先頭から25分遅れのフィニッシュとなり、ピノのツールはここで実質終戦となってしまった。

 

ツールを総合29位で完走したピノは、前年のような長期休養には入らずに、翌月開幕のブエルタ・ア・エスパーニャに出場。

しかし、やはり背中の痛みがぶり返したために第3ステージを前にリタイアとなってしまい、ピノの2020年シーズンはこれで幕を閉じる事となった。

 

2020年シーズンも、ピノの調子は決して悪くなかった。

それでもやはりグランツールとは、特にツール・ド・フランスとは、とことん噛み合わない。

2021年シーズン、それでもツールに拘るのか、それとも敢えてまた他のグランツールを目指すのか、はたまた他の目標を見出すのか。

その才能が輝ける舞台が見つかる事を期待したい。

 

※2021年12月11日追記

2019年、2020年と、2年連続でケガによりツールで輝けなかったピノは、2021年はジロを目標に据えると発表。

しかし、前年のツールで負った背中のケガの回復具合は、その後の強行出場の影響もあり芳しくなく、ピノはジロ直前のツアー・オブ・ジ・アルプスを総合60位で終えると、再び療養のための休養期間を設ける事に。

8月にレースに復帰したピノは、流石に本調子とはいかなかったものの、ツール・ド・ルクセンブルグでは総合7位に入り、しっかり走れると証明できたのはひとまず朗報と言っていいだろう。

 

フランス期待の星としての重圧、度重なるツールでのケガ、そしてダヴィド・ゴデュなど若手の突き上げと、とても複雑な状況がピノを取り巻いているのは間違いない。

ただ、たとえどんな状況下であろうと、ピノがその実力をしっかりと発揮できれば結果は自ずと付いて来るはずだ。

困難を乗り越え、鮮やかな復活を見せてくれると信じたい。

 

※2022年12月1日追記

2019年ツール第14ステージ以降、勝利から遠ざかっていたピノだが、遂に復活の勝利を挙げる瞬間がやってきた。

舞台はProシリーズのステージレース、ツアー・オブ・ジ・アルプス第5ステージ。

前日の山頂フィニッシュでは残り900mで追いつかれて勝利を逃していたが、この日は逃げに乗り、フィニッシュ手前の山岳でアタックを仕掛け、抜け出しに成功。

その後のダウンヒルダヴィ・デラクルス(アスタナ・カザクスタン・チーム)に追いつかれてしまったが、フィニッシュの緩い登り勾配でデラクルスを一蹴。

実に3年振りとなる勝利を飾る事に成功した。

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ここ数年苦しんでいたピノにとってこの勝利がどれほど大きいものか、この表情を見れば多くを語る必要はないだろう。

 

コンディションが戻ってきている事を伺わせたピノは、6月のツール・ド・スイスでもステージ勝利を挙げ、更に期待感を高めた状態でツールに参戦。

残念ながらツール、そして続くブエルタで勝利を挙げる事は叶わなかったが、積極的に逃げに乗り、果敢にステージ勝利を狙う姿を見せてくれた。

 

もちろん、まだ以前のように総合成績を残した訳ではない。

それでも、度重なるケガ、そして重圧に苦しんできたピノが復活の勝利を挙げた事は、重ね重ねになるが大きな意味を持つだろう。

心身の状態を取り戻してきたピノが、焦らずに、それでも着実に結果を残してくれると、きっとグランツールの総合争いはまた面白くなるはずだ。

 

※2023年11月20日追記

2023年のシーズンイン直前、ピノは2023年限りで現役引退する事を表明。

ここ数年はケガや重圧に苦しめられていた事もあり、その発表自体はそこまで大きな驚きではなかったが、「ひとまずジロへ出場予定であり、ツールに関しては未定」という情報は、驚きと共に受け止められていた。

そして、ジロへの調整として出場した2つのステージレース、ティレーノ~アドリアティコとツール・ド・ロマンディでは、それぞれ総合10位と総合5位と好成績を残して、ジロを迎える。

 

「ステージ勝利が目標」と語るピノは、ジロでかなり積極的な走りを披露。

ステージ2位が2回と、惜しくもステージ勝利には届かなかったが、その積極的な走りが功を奏して、山岳賞を受賞する事に。

意外にも、グランツールでの山岳賞はこれが初めて。

現役最終年に、とてもピノらしい「勲章」がそのリザルトに刻まれた。

 

そしてピノは、やはりジロだけではなく、ツールにも出場する事に。

ジロと同様にステージ勝利を目標にして、現役最後のグランツールで積極的な走りを見せる。

何度も逃げに乗って果敢にステージ勝利を目指すが、もう少しのところで勝利には届かない…、そんなステージが続いてから迎えた第20ステージ、ここでもピノは積極的に逃げた。

ライバルを振り払って単独逃げに持ち込んだピノを、1級山岳プチ・バロンの山頂手前で待ち受けたのは、ファンクラブの有志により形成された「ピノ・コーナー」。

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その登坂力で2010年代のツールを熱く盛り上げた、地元フランスのヒーローに、割れんばかりの声援を送る大観衆。

ステージ勝利は逃したが、そんなのは些細な事だろう。

ツールを愛し、フランス中から愛されたピノに相応しい、まさに花道となった。

 

ピノが現役最後のレースに選んだのは、2018年に優勝したモニュメント、イル・ロンバルディア

確かなリザルトを残したイタリアの地で、またしてもファンクラブの有志が集結し、ピノに大声援を送る。

この「愛され方」こそ、ピノの現役生活を象徴的に物語っているだろう。

グランツールの総合表彰台に登ったのは、1回だけだったかもしれない。

リタイアも多く、安定して成績を残したとは言い難いかもしれない。

それでも、自転車の国フランスの期待を背負い、苦悩しながらも果敢に戦い続けたその等身大の姿に、多くのファンが惹かれたのだろう。

ファンに愛されたピノ、現役最終年はそんな彼に相応しい、本当に美しいものとなった。

その素晴らしい登坂力を、その苦悩と栄光のはざまで戦い続けた姿を、ファンは忘れないだろう。

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