積極的なアタックで魅せる、最強の双子の兄
選手名:サイモン・イェーツ(Simon Philip Yates)
所属チーム:チーム・ジェイコ・アルウラー
国籍:イギリス
生年月日:1992年8月7日
脚質:オールラウンダー・クライマー
主な戦歴
総合優勝(2018)、ステージ通算2勝(2016、2018)
ステージ通算2勝(2019 × 2)、ヤングライダー賞(2017)
総合3位(2021)、ステージ通算6勝(2018 × 3、2021、2022 × 2)
・ティレーノ~アドレアティコ
総合優勝(2020)、ステージ1勝(2020)
・パリ~ニース
総合2位(2018、2022)、ステージ通算4勝(2017、2018、2019、2022)
総合2位(2017)、ステージ1勝(2017)
・ツール・ド・ポローニュ
総合2位(2018)、総合3位(2020)、ステージ1勝(2018)
・トラックレース世界選手権 ポイントレース
優勝(2013)
どんな選手?
トラックレース出身らしいアタック力と小柄な体格を活かした登坂力で、双子の弟であるアダム・イェーツと共に活躍するオールラウンダー。
アンダー世代の頃からイギリスのオリンピック強化指定選手に選ばれる有望株で、2013年には世界選手権トラックレースのポイントレースで弱冠20歳ながら優勝して脚光を浴びた。
ロードレースでも、若手の登竜門として名高いツール・ド・ラブニールでステージ2勝を飾り、2014年から弟のアダムと共にオリカ・グリーンエッジ(現ミッチェルトン・スコット)でプロデビューし、ロードレースへ本格参戦。
2015年には仲良くツール・ド・フランスに初出場したイェーツ兄弟だったが、先に大きな結果を残したのは前評判の低かったはずの弟アダムだった(強化指定選手だったのはサイモンのみ)。
アダムは2015年にクラシカ・サンセバスティアンで優勝、翌2016年にはツール・ド・フランスでヤングライダー賞を獲得という見事な結果を残したのだ。
弟に先を越される形となったサイモンだが、やはりその才能では負けてはおらず、2016年のブエルタ・ア・エスパーニャでステージ勝利を飾り、2017年には前年のアダムに続いてツール・ド・フランスのヤングライダー賞に輝き、その高い実力を証明して見せた。
お互いを最も理解しているチームメートでもあり、お互いを強く意識するライバルでもある、そんな実力伯仲の双子の出現に周囲の期待も高まる中で迎えた2018年。
ジロ・デ・イタリアでサイモンは序盤から軽快な走りを披露し、第6ステージで総合首位に立つと、勢いそのままに第9・11・15と3つのステージで勝利するなど好調をキープ。
そのままグランツール(3大ステージレース)初総合優勝まで駆け抜けるかとも思われたが、今大会最難関の第19ステージでまさかの大失速。
ステージ勝利したクリス・フルーム(チーム・スカイ)から38分51秒遅れという、取り返しのつかないタイムを失い一気に総合優勝争いから脱落してしまう。
チーム・スカイの攻撃とフルームの独走はとてつもなく強力だったが、それを差し引いてもサイモンの不調は勝負にならないレベルで、その生気の無い走りはレース序盤の姿とはまるで別人のようであった。
解説者などが「サイモンは序盤に飛ばしすぎた」「必要のないステージ勝利を得るためにエネルギーを使いすぎた」と語ったように、3週間の長丁場を戦うためのペース配分を誤ったのは明らかだった。
ジロでの大失速で「グランツールを制するにはまだ早いのか」とも思わせたサイモンだったが、同年のブエルタ・ア・エスパーニャでまるで別人のような走りを披露する。
山岳ステージで安定して上位に位置して、更には第14ステージで勝利して総合首位に立つと、比較的苦手としてきた個人タイムトライアルも問題なくクリア。
そして迎えた最終盤の難関山岳ステージである第20ステージでは、逆転を狙うライバルチームの強烈な猛攻撃に遭うも、この難局を救ったのが弟のアダムだった。
アダムは約20kmもの長距離の単独牽引というスーパーアシストを見せてライバルの攻撃を封じ込め、サイモンの総合首位を死守するために全力を尽くしてくれた。
アダムが力を使い果たした後は、表彰台に上がるためにタイムを稼ぎたいエンリク・マス(クイックステップ・フロアーズ)とミゲル・アンヘル・ロペス(アスタナ・プロチーム)の動きも上手く利用し、そのまま危なげなくフィニッシュ。
ジロでの失敗を糧として安定感とクレーバーさを身につけたサイモンの走りと、そんな兄を支えたアダムの献身的なアシストが重なっての見事な総合優勝だった。
2019年シーズンは、「忘れ物を取りにいくため」と語りジロに再挑戦したが、全体的に低調なパフォーマンスとなってしまい、初日の個人タイムトライアルで2位になった事以外は見せ場のないまま総合8位と不完全燃焼な結果となってしまった。
しかしアダムのアシストとして出場したツールでは、アダムが総合争いから遅れたためにステージ狙いにシフトすると、持ち前のアタック力と軽量ゆえの登坂力を遺憾なく発揮し、見事にステージ2勝を飾る強さを見せてくれた。
トラック競技で鍛えられたアタック力と、小柄で身軽だからこその登坂力を併せ持つサイモンは、山岳のアタック合戦になると抜群に強いのは間違いない。
2019年のパリ~ニースの個人タイムトライアルステージで勝利したように、比較的苦手だったタイムトライアル能力も改善されてきた。
確かに2019年はステージレースの総合争いでは振るわなかったかもしれないが、そのオールラウンダーとしての能力に疑いの余地は無く、ブエルタを1度制したぐらいで留まっているような器では無いだろう。
2020年、まずは再度ジロへのリベンジを。
そして、弟アダムとお互いの結果で刺激しあい、時には支えあいながら、共にさらなる高みを目指してほしい。
積極的なアタックで観客を沸かせながら勝利するような、ただ強いだけでない「魅せる王者」になれる資質が彼にはあるはずだ。
※2021年1月16日追記
新型コロナウィルスの影響による中断からのレース再開後、サイモンの調子は間違いなく良かった。
丘陵系のステージレースであるツール・ド・ポローニュで総合3位、そしてティレーノ~アドレアティコでは山岳ステージで勝利しての総合優勝と、ジロ・デ・イタリアに向けての調整は万端だった。
2年前の忘れ物を取りに、3度目の正直で挑んだジロ。
第1ステージの個人タイムトライアルでは、他の多くの有力候補が風の影響で苦しむ状況下で、総合優勝候補の中ではゲラント・トーマスに次ぐ好タイムをマークし、やはり好調な事をアピール。
しかし、1級山岳フィニッシュの第3ステージ、サイモンはエトナ山の登坂で集団から遅れ、なんと3分以上のタイムを失ってしまう。
そして第8ステージのスタート前、サイモン・イエーツがコロナウィルスに感染という、まさかのニュースが飛び込んでくる。
もちろん、その時点でサイモンはリタイア。
チームも、1週目が終了した時点でジロからの撤退を決定。
サイモンとミッチェルトンにとって、災難としか言いようのない出来事だった。
不本意な形でのジロ撤退、そしてそのままシーズン終了という、不完全燃焼に終わってしまった2020年のサイモン。
2021年シーズンに向けて、周りを取り巻く環境に色々と変化があった。
まずは、資金繰りに苦しんだチームのスポンサー問題。
とりあえず、色々と紆余曲折がありチーム名は変更となったものの、なんとかチームは存続する事が出来た。
そしてもう1点は、双子の弟にしてもう1人の総合系エースだった、アダムの移籍。
そんな状況下で、サイモンにはこれまで以上にエースとして結果が求められるだろう。
サイモンは東京オリンピックにも意欲を見せているようなので、オリンピックと日程の被るツールではなく、やはりジロを(そしてオリンピックを)狙うと考えるのが自然だろうか。
いずれにしても、サイモンがその力を遺憾なく発揮して、完全燃焼できる事を期待したい。
※2022年1月10日追記
2021年も、サイモンは「2018年の忘れ物」であるジロ制覇を目標にシーズンイン。
前哨戦のツアー・オブ・ジ・アルプスで総合優勝と、万全の調整でジロ開幕を迎えたはずだった。
しかし、ジロ1週目のサイモンは、大きくは遅れないもののどこか調子が上がらない様子で、少しづつタイムを失ってしまう。
後に本人が語るには、どうやら軽度の風邪、そして太腿にトラブルを抱えていた(テーピングしながら走る様子が映し出されていた)ようで、1週目終了時点で56秒遅れの総合9位と、致命的では無いものの不安が見える立ち上がりとなった。
それでも第2週には調子を上げ、第14ステージの名峰ゾンコランにフィニッシュする難関ステージでは、急勾配区間で持ち前のキレのあるアタックを繰り出し、総合首位のエガン・ベルナル(イネオス・グレナディアーズ)以外のライバルからタイムを奪い、総合2位に急浮上する。
期待値も上がる中で迎えた今大会最高峰のジャウ峠を通過する第16ステージ、上り調子に見えたサイモンを襲ったのは、苦手とする冷たい雨。
厳しいジャウ峠の登坂でサイモンは調子が上がらず、まだアタックが掛かる前の段階でメイン集団から遅れていき、致命的な大ブレーキとなってしまう。
結局、ステージ勝利を挙げたベルナルから2分37秒遅れの11位でフィニッシュし、総合順位も4分20秒遅れの5位まで後退してしまい、この時点でサイモンのジロは「終わった」と多くの人が思っただろう。
しかし、サイモンの本領発揮はここからだった。
休息日明けの第17ステージ、急勾配区間を含む1級山岳でサイモンがアタックを繰り出すと、なんと総合首位のベルナルが付いていけない。
サイモンはボーナスタイムも含めてベルナルから57秒ものタイムを奪い、3分23秒遅れの総合3位へと再浮上する事に成功。
続いて、またしても1級山岳フィニッシュとなる第19ステージでもサイモンは積極的なアタックを繰り出し、残り5.5km地点から独走を開始。
ベルナルとイネオスのアシスト陣が慌てず静観の構えを見せた事もあり、逆転での総合優勝の為に必要だった大きなタイム差を稼ぐ事は出来なかったが、サイモンは3年振りとなるジロでのステージ勝利を挙げる事が出来た。
そして、残念ながら残りの2ステージではこれ以上順位を上げる事が出来なかったが、総合3位の座はガッチリと守り抜き、2018年のブエルタ以来自身2度目となるグランツール総合表彰台への登壇となった。
その後出場したツールでは、初日の大落車に巻き込まれてタイムを早々に失い、更には第13ステージでの落車でリタイアと、残念ながら全く嚙み合わず。
そして直後の東京オリンピックでも17位と、こちらも残念ながら期待に応える事は出来なかった。
2021年を通じて、サイモンが残した結果は「100%期待に応えられた」とは言いにくいのは間違いない。
特に、ジロでの内容と結果は、色々な評価の仕方ができるだろう。
大きな浮き沈みがあった上でのジロ総合3位という結果は、「望む結果を獲得できなかった」という意味では不完全燃焼ではある。
それでも、コンディションが整わなかった1週目を最小限の被害に留めながら乗り越え、持ち味を存分に発揮してステージ1勝と総合3位という結果を残した事は、成功と評価するに値する筈だ。
2022年に向けて、チーム・バイクエクスチェンジ・ジャイコと名称を変更したチームは、ツール出場を希望しているスプリンターのディラン・フルーネウェーヘンを獲得した。
という事は、チームはツールでは総合争いを狙わない可能性が高いので、サイモンの最優先する目標はまたしてもジロとなるだろう。
実力の証明は、充分すぎる程済んでいる。
あとはそれを結果に結びつけるだけだ。
今度こそサイモンがジロの主役となれるか、注目していきたい。
※2022年12月11日追記
2022年もジロをターゲットに定めたサイモンは、まずは3月のパリ~ニースでステージ1勝を挙げての総合2位と、好成績を残すことに成功。
ジロ開幕直前のブエルタ・アストゥリアスでもステージ2勝と、かなり仕上がった状態でジロに臨む事となった。
迎えたジロの第2ステージは、9.2kmと短めの個人タイムトライアル。
ここ数年は明らかにタイムトライアル能力の改善が見られていたサイモンは、なんとここでステージ勝利を飾り、総合勢のトップへ躍り出る事に。
改めてオールラウンダーとしての完成度の高さを披露し、一気に総合優勝の期待が高まったが、サイモンは第4ステージで落車した際に足を痛めるアクシデントに見舞われてしまう。
その後しばらくは問題なく走り続けていたが、今大会初の本格的山頂フィニッシュとなった第9ステージで、フィニッシュに向けての1級山岳の中腹からサイモンは大きく遅れ始める。
結局、この日だけで11分以上のタイムを失い、残念ながら総合争いからは脱落となってしまった。
しかし、これでサイモンのジロが終わった訳では無かった。
総合勢による厳しいサバイバルレースが繰り広げられた第14ステージで、サイモンは間隙を縫ってアタックを敢行すると、そのままフィニッシュまで独走して今大会2勝目を挙げる事に成功。
サイモンらしい鋭いアタックが光った見事な勝利だった。
その後、大事を取ってジロを第17ステージでリタイアすると、ツールはスキップして4年振りにブエルタに出場する事に。
しかし、第10ステージ終了時点で総合5位とまずまずの走りを見せていたサイモンだったが、新型コロナウィルスに感染してしまい、残念ながら途中リタイアとなってしまった。
2022年のサイモンは、持ち味であるアタックの鋭さに加え、以前は弱点とされていた個人タイムトライアル能力の明確な向上を見せてくれた。
それだけに、落車や新型コロナウィルスの影響で大きな結果を残せなかったのは、本人もファンも歯痒いだろう。
その実力が一級品なのはやはり間違いないので、しっかりと準備を整えて、是非大きな結果を掴み取って欲しいところだ。