初心者ロードレース観戦日和

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【初心者向け用語解説 Vol.7】逃げ~その目的と奥深さ~

逃げるんだよォ!

ロードレース中継を見ていると、必ず「逃げ」というものが発生している事に気が付くと思います。

そして、ある程度レース観戦の回数を重ねると、その「逃げ」が勝利につながらない事がとても多い事にも気が付くかと思います。

それでも毎レース必ず「逃げ」は発生しますし、実況・解説も「ここでメイン集団に吸収されましたが、いい逃げでした」「しっかりと役割を果たしました」などと、逃げ切れなかった場合も概ね肯定的に伝えます。

 

なぜ、勝てる見込みが薄くても「逃げ」が発生するのか?

なぜ、勝てなかったとしても「逃げ」に意義があるのか?

勝てる場合と勝てない場合の違いは何なのか?

 

そんな不可解にも思える「逃げ」について、特にステージレースの場合について解説していきたいと思います。

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詳細の解説の前に…、そもそも「逃げ」とは?

ロードレースは150人前後が同時に走る競技ですが、多くの選手は空気抵抗の影響を軽くするために大きな集団を形成して走り、これを「メイン集団(プロトン)」と呼びます。

そして、そんなメイン集団から飛び出してレースの先頭を走る小さな集団が「逃げ集団(逃げ)」と呼ばれる存在です。

彼らは勝利を目指す以外にも様々な思惑から、空気抵抗を多く受けて疲労しやすい「逃げ」を果敢にも選択しています。

少人数でローテーションするので負担が大きく、一定の条件が揃わないと勝つ事が難しい「逃げ」ですが、裏を返せばその「条件」が整うようなステージでは高確率で逃げ集団から勝者が生まれます。

なかには逃げて勝つ事が得意で「逃げ職人」と呼ばれるトーマス・デヘント(ロット・スーダル)のような選手もいます。

【選手紹介 Vol.2】トーマス・デヘント - 初心者ロードレース観戦日和

 

逃げの目的とは?

空気抵抗を多く受けて負担が大きいのに、なぜ逃げるのか?

理由を大雑把に大別すると以下のようになります。

 

・そのステージで勝つため

・スプリント賞や山岳賞のポイントを稼ぐため

・チームスポンサーの宣伝のため

・勝負所でエースをアシストするため

 

実際のレースではこれらの要素が絡み合ったり、例外や他の要因もあったりしますが、とりあえずこの4点について細かく触れていきます。

 

そのステージで勝つため

当たり前ですが、レースを走る最大の目的は勝つ事であり、逃げる場合もそれは同様です。

ただし、逃げて勝つためにはいくつか条件があります。

 

まず絶対に必要なのが、総合タイムで大きく遅れている事です。

総合タイムがあまり離れていないと、総合トップの選手からすると逆転される恐れがあるため、間違いなく逃がしてもらえません。

例えばあまり遅れていない(例えば10分遅れとかの)選手が逃げようとしたら、まず間違いなく総合上位チームがそのアタックに反応して逃がしてもらえません。

逆に総合で1時間遅れている選手がメイン集団から10分ぐらい先行して逃げても、総合優勝争いには何ら影響ありませんので、問題なく「逃げ」は許されます。

 

もう一つ必要な条件として、「平坦ステージ」では無いことが挙げられます。

平坦ステージでは、有力なスプリンターを擁するチームがスプリントによる勝利を狙っています。

たとえどんな選手が逃げたとしても、レース終盤には複数のスプリントチームのアシスト選手たちが物凄い勢いで集団を牽引して、逃げ集団を飲み込んでしまいます。

平坦ステージでの「逃げ」は、スプリントチームによる厳密なタイム管理によって、途中まで逃げるのは許されてもまず勝つ事の出来ない「泳がされている」存在と言っていいでしょう。

 

つまり、逃げての勝利を狙うなら、スプリンターには厳しい登りがある「丘陵ステージ」か「山岳ステージ」という事になります。

ただし山岳ステージの場合、総合優勝争いが激化した事によってメイン集団のペースがもの凄く上がってしまい、結局逃げ集団を吸収してしまうパターンが起こり得ます。

そのため、逃げて勝ちやすいのは「スプリンターには厳しい登りを含みつつ、その登りが総合争いが激化するほど厳しくはない丘陵ステージ」という事になります。

 

スプリント賞や山岳賞のポイントを稼ぐため

ステージレースでは総合優勝やステージ勝利のほかに、「ポイント賞」や「山岳賞」が存在します。

「ポイント賞」はコース上に設定された中間ポイント通過時に、「山岳賞」は山頂通過時に、それぞれ通過順が上位の数名にポイントが与えられます。

そのため、これらの賞を僅差で争っているような選手は、結構な割合で「逃げ」に乗ってポイントを稼ぎにきます。

そんな「ポイント狙い」の選手はステージ勝利に色気を出さない(その後のステージでもポイントを稼ぐために体力を温存したい)場合も多く、狙い定めていた分のポイントを稼いだらメイン集団に戻っていったりします。

 

チームスポンサーの宣伝のため

ロードレースはスポンサー料で成り立っている(入場料を取ることが出来ない)スポーツなので、チーム名にはメインスポンサーの名前が必ず入りますし、ジャージにも多くのスポンサー広告が入っています。

スポンサーは中継映像にその広告が映る事や、チーム名が読み上げられる事に期待してスポンサー料を支払ってくれています。

メイン集団は人数が多い(途中まではまず間違いなく100人以上いる)ため、その中にいて中継で言及される選手と言うのは、限られた有力選手のみになる場合が殆どです。

それに対して、逃げ集団は人数が少ないので(数人~十数人程度)、逃げ集団全員の名前とチーム名が読み上げられ、中継映像にも長時間アップで映る事が出来ます。

有力選手や注目選手でなくても、「逃げ」に乗ればスポンサーの宣伝という役割を果たせるという訳です。

 

勝負所でエースをアシストするため

総合争いをするような選手の登坂スピードは途轍もない速さで、山岳に入る直前までは大人数だったメイン集団も、山頂付近では各チームのエース級以外ほとんど残っていないような状態になる事が多々あります。

エース同士が鎬を削りあって加速していくと、並の選手では途中で引きちぎられてしまい、一緒に走っていてはアシストする事もままならないのです。

そんな勝負所の山岳でアシストする為に、エースと一緒にメイン集団内を走らずに逃げて先行しておいて、山岳の途中で追いつかれるようにペースを落としてエースと合流してアシストをする場合があります。

山岳でアシストする以外にもパターンはありますが、まずは「逃げ」に乗って、追いつかれてからアシストする動きを「前待ち」と呼びます。

条件やタイミングが揃わないと効果的では無いですが、上手くいけばかなりの効果が見込める作戦です。

 

2019年のレースで印象的だった「逃げ」

ここまでは文章で説明してきましたが、百聞は一見に如かずという事で、2019年のレースで個人的に印象に残った「逃げ」をいくつか紹介したいと思います。

 

ツール・ド・フランス第8ステージ

トーマス・デヘント、逃げ職人の本領発揮!

「逃げ職人」トーマス・デヘントが、貫禄の「200km逃げ勝ち」を見せてくれたのがこのレース。

スプリンターには厳しいが総合争いが活発化するほどの厳しさは無い丘陵ステージ、そしてデヘントはトップから30分遅れと、まさに逃げて勝つための条件が整っていたこのステージで、デヘントは「逃げ職人」たる所以を見せてくれました。

スタート直後からデヘントを含む3人(途中で1人加わって最終的には4人)の逃げ集団が形成され、メイン集団からは3分~5分程度の差でレースは進みます。

残り14km地点でデヘントは逃げ集団から独走を開始しますが、何とこのタイミングでメイン集団から総合勢2人が飛び出して猛追を開始。

しかしデヘントも意地を見せて踏ん張り、6秒差まで迫られながらも見事に大逃げでの勝利を完遂しました!

感極まって頭を抱える仕草も相まって、個人的には2019年ベスト逃げの1つです。

 

ジロ・デ・イタリア第3ステージ

初山翔、ジロ・デ・イタリアでまさかの1人逃げ!

ジロ・デ・イタリアという大舞台で逃げている選手が1人だけという、かなり意外な展開となったこのレース。

なんと、逃げているのは日本企業のNIPPOがスポンサーしているチームであるNIPPO・ヴィーニファンティーニ・ファイザネの初山翔選手!

日本人としてはテンションが爆上げとなる展開でした!

この日は平坦ステージなので、「逃げ」がそのまま勝つ可能性はまず無く、やはり最終的には集団スプリントでのフィニッシュになっています。

それでも、ハイライト映像でも分かるように初山選手が大きく映し出される時間はかなり長く、このレースで最も露出のあった選手は間違いなく彼であり、スポンサーの宣伝としてはこれ以上ないと言っていいぐらいの見事な走りでした。

 

ジロ・デ・イタリア第18ステージ

奇跡の平坦ステージ逃げ切り!

直前の初山選手の走りを「スポンサーの宣伝としてはこれ以上ないと言っていいぐらいの見事な走り」と書きましたが、それを超えるような走りが同じくジロ・デ・イタリアで、しかも再びNIPPOの選手によって成し遂げられました。

なんと、NIPPOのダミアーノ・チーマが平坦ステージでは奇跡的ともいえる逃げ切り勝利を飾ったのです!

ラスト1kmはまさに手に汗を握るようなギリギリの展開、フィニッシュではタイム差無しになるぐらいまで迫られますが、見事に逃げ切って勝利!

メイン集団のコントロールミスという一面もあったかもしれませんが、勝利を手中に収める事ができたのは果敢に逃げたからこそ。

最後の牽制からのギリギリでのアタックも含め、見事な走りでした。

 

思惑や駆け引きがあるから面白い

ここまで大まかに逃げについて説明してきましたが、一括りに「逃げ」と言ってもそこには様々な意味があり、実際のレースではなかなか複雑な駆け引きが行われることも多いです。

同じ逃げ集団内に違う目的の選手がいることは普通ですし、状況や展開は走行中にも様々に変化していき、逃げている選手も臨機応変に対応していきます。

様々な思惑を秘めつつ協力しながら走っている逃げ集団の動きはとても面白く、そしてとても重要なものです。

皆さんも是非、「逃げ」という果敢なチャレンジを仕掛けている選手に注目してみて下さい。

 

最後に

この記事の構成を頭の中で考え始めた頃、愛三工業レーシング所属の伊藤雅和選手のブログにこんな記事が順次アップされていきました。

「逃げ」とは 1 ~「逃げ」の目的~ | プロサイクリスト 伊藤雅和

「逃げ」とは 2 ~「逃げ」とはどのように形成されるか~ | プロサイクリスト 伊藤雅和

「逃げ」とは 3 ~僕が経験した「逃げ」のエピソード~ | プロサイクリスト 伊藤雅和

「逃げ」とは 4 ~先頭集団になる逃げ集団~ | プロサイクリスト 伊藤雅和

正直、この伊藤選手の記事を読んで「あ、やばいな、被ってる…」とも思い、今回の記事を作成するかどうかも結構悩みました。

伊藤選手の記事は、当然ながら選手目線の生の声で語られているので、自分の書いているものとはまったく存在感の違うクオリティを備えています。

それでも、自分なりに書いてみる事に意義はあるはずだと考え、「観戦者目線」という事を意識して記事を書き上げてみました。

もしよかったら、伊藤選手の記事との方向性の違いを読み比べつつ、楽しんでいただけたら幸いです。

※万が一、伊藤選手ご本人や関係者がこの記事に目を通されて問題があると判断されましたら、ご一報いただけると助かります。