瞬く間に頂点まで上り詰めたスロベニアの超新星
選手名:タデイ・ポガチャル(Tadej Pogačar)
国籍:スロベニア
生年月日:1998年9月21日
脚質:オールラウンダー・クライマー
主な戦歴
総合優勝(2020、2021)、総合2位(2022)、ステージ通算9勝(2020 × 3、2021 × 3、2022 × 3)
総合3位(2019)、ステージ3勝(2019 × 3)
・UAEツアー
総合優勝(2021、2022)、ステージ通算3勝(2021、2022 × 2)
・ティレーノ~アドレアティコ
総合優勝(2021、2022)、ステージ通算3勝(2021、2022 × 2)
総合優勝(2019)、ステージ1勝(2019)
・ツール・ド・ラヴニール
総合優勝(2018)
優勝(2021、2022)
優勝(2021)、3位(2020)
・ストラーデ・ビアンケ
優勝(2022)
・グランプリ・シクリスト・ド・モンレアル
優勝(2022)
・スロベニア国内選手権 個人タイムトライアル
優勝(2019、2020)、3位(2021)
・スロベニア国内選手権
2位(2020)
3位
どんな選手?
プロデビューから僅か3年でツール・ド・フランス総合優勝2回と、圧倒的な力で頂点まで上り詰めた現役最強のオールラウンダー。
2018年は地元スロベニアのコンチネンタル・チームに所属していたが、若手の登竜門として名高いツール・ド・ラヴニールで総合優勝などの結果を残す。
一気に期待の若手として注目される存在となり、2019年からはカテゴリーを1つ飛ばしてワールド・チームであるUAEチームエミレーツとの契約を結ぶ事になる。
いくらラヴニールの覇者とは言え、2019年シーズン開幕時でまだ20歳のネオプロ(プロ1年目)の選手がどれだけ活躍できるかは未知数であり、経験を積むための1年になると考えていた人が多かっただろう。
しかし、彼の才能はそんな大方の予想のはるか上を行くものだった。
まずはシーズン初頭2月のヴォルタ・アン・アルガルヴェ。
ワウト・プールス(当時チーム・スカイ)やエンリク・マス(当時ドゥクーニンク・クイックステップ)などの実力者も出場する中、なんと総合優勝したのはまさかのポガチャル。
「シーズン開始直後なので調整目的の選手もいた」「ワールドツアーではなく、2.HCクラスのヨーロッパツアー」というエクスキューズは付くかもしれないが、驚きの結果だった。
続いて4月のイツリア・バスク・カントリーでも総合6位に入り、先ほどと違い正真正銘ワールドツアーでのトップ10入りで実力を示したポガチャルだったが、まだまだ勢いは止まらない。
なんと、5月に行われたツアー・オブ・カリフォルニアでは、リッチー・ポート(トレック・セガフレード)やジョージ・ベネット(チーム・ユンボ・ヴィスマ)といった一流選手を抑えて総合優勝を飾ってしまったのだ。
この20歳でのワールドツアー総合優勝はもちろん最年少記録であり、山岳アシストがいない状況でも自らの登坂力で力強く走る姿は本当に驚異的なものだった。
極めつけは、グランツール(3大ステージレース)初挑戦となったブエルタ・ア・エスパーニャ。
チームのエースナンバーを背負うファビオ・アルが途中リタイアし、更にはアシスト陣も不調で山岳では単騎になりながらも、ポガチャルは強かった。
積極的な走りでステージ3勝を挙げ、更には総合3位に入賞しポディウム(表彰台)に登るという素晴らしい結果を残したのだ。
特に、疲労も極限に達している中で果敢にアタックして逃げ切った第20ステージでの勝利は、逆転で総合3位を掴み取る見事な走りだった。
2020年シーズンもヴォルタ・ア・ラ・コムニタ・ヴァレンシアナでステージ2勝に総合優勝と、上々のスタートを切ったポガチャル。
最早その才能と実力を疑う者などいないだろう。
興味があるのは、その才能の天井がどこにあるのか、そしてどんな結果を積み上げていくかだ。
2019年シーズンはポガチャルの他にも、エガン・ベルナル(チーム・イネオス)やレムコ・エヴェネプール(ドゥクーニンク・クイックステップ)など、若手の驚異的な活躍が目立った1年だった。
もちろんベテラン勢の活躍も嬉しくなるが、若き才能達が切磋琢磨して未来を切り開いていく姿は、ロードレース界を照らす希望の光だと言えるだろう。
ポガチャルもその中心人物の1人としてどんな輝きを見せてくれるのか、楽しみは尽きない。
※2021年1月10日追記
2019年、ブエルタのステージ3勝と総合3位という衝撃的なプロデビューを飾ったポガチャル。
2020年は、そんな前年の衝撃を軽く超える更にとんでもないリザルト、ツール・ド・フランス総合優勝という快挙をやってのけてしまった。
新型コロナウィルスの影響によりほとんどの国と地域でまだレースが再開されていない6月、スロベニアでは国内選手権が開催されていた。
個人ロードレースの優勝はプリモシュ・ログリッチ、そして2位にポガチャル。
しかし個人タイムトライアルではポガチャルが優勝、タイムトライアルが得意なはずのログリッチが2位となった。
今になって振り返ると、このリザルトはツールへの大きな布石とも言える、とても興味深いものに思える。
好調のポガチャルはツール前哨戦のクリテリウム・デュ・ドーフィネも総合4位と、上々の仕上がりでツールに初参戦。
当初はまだ若いポガチャルに過度のプレッシャーを与えず走らせるプランもあったようだが、最終的にファビオ・アルとのダブルエース体制で臨む事がアナウンスされていた。
しかし、ここ数年不調のアルは今回のツールも調子が上がらず、早々にタイムを失ってしまうどころか、第9ステージ途中でリタイアしてしまう。
更には重要な山岳アシストであるデヴィデ・フォルモロも第10ステージ終了後にリタイアと、UAEチームエミレーツのチーム体制はなかなか厳しい状況に追い込まれた。
そんな苦境でも、ポガチャルは持ち前の登坂力と若さ溢れる積極的な走りを披露して、しっかりと上位をキープ。
第7ステージでは横風分断の影響で少しタイムを失うも、続く第8ステージですぐさま単独での飛び出しを敢行して、タイムを取り戻す事に成功する。
第9ステージと第15ステージではログリッチとのフィニッシュ争いに競り勝ち、ボーナスタイムを勝ち取って差を縮めてみせた。
ログリッチ率いるユンボ・ヴィスマの攻撃的なペーシングについていけないライバルも多い中、盤石のログリッチを射程圏に捉える唯一のライバルとして、57秒差の総合2位で最終決戦となる第20ステージのタイムトライアルを迎える。
第20ステージ、ラ・プランシュ・デ・ベルフィーユの丘で行われたこの山岳タイムトライアルで、ポガチャルは驚異的な走りを見せつけた。
序盤の平坦区間を区間3位となるタイムで飛ばし、中間部の緩いアップダウンも勢いそのままにペースを維持。
そして、バイク交換を驚くほどスムーズに行って突入した登坂区間、ここで見せたのはまさに異次元の走り。
GPS情報から導かれるログリッチとのバーチャルのタイム差がみるみる縮まっていき、そして遂に逆転。
ポガチャルの勢いは最後まで衰えず、ステージ2位のトム・デュムランと1分21秒差、そして何より、ステージ5位で走り切ったログリッチと1分56秒もの差を付ける、驚異的なタイムでフィニッシュ。
タイムトライアルが得意なログリッチから、タイムトライアルで2分近い差を付けての総合首位奪取。
歴史に残る大逆転劇が起こった瞬間だった。
ポガチャルのタイムトライアル能力が向上していたのは6月の国内選手権の結果でも明らかだが、この世紀の逆転劇の裏側にはチームとしての入念な準備があった。
チーム監督のアラン・バイパーはこの第20ステージが総合争いの山場だと睨んでいて、6月に2日間にわたってコースを視察。
チームメイトのミッケル・ビョーグ(U23の個人タイムトライアル3連覇)と共に試走を行い、ビョーグから走りのアドバイスを受け、そしてバイク交換地点も決定。
更にはバイク交換の練習も繰り返し行うほどの、徹底した準備を行っていたのだ。
(参照:Cyclist「57秒差をひっくり返したポガチャル ツール・ド・フランス第20ステージの勝因を分析」著:あきさねゆう氏、元記事はCyclist廃刊のため残念ながら現在は閲覧不可)
ポガチャル自身の天井知らずなポテンシャルと、チームの見事な準備。
この2点が上手く重なり、ポガチャルは見事ツール・ド・フランス総合優勝という栄冠を手に入れたのだろう。
前年のエガン・ベルナルが記録した「戦後最年少のツール総合優勝」を早くも更新する、若き王者がここに誕生した。
ツール後に出場したリエージュ~バストーニュ~リエージュでも3位に入り、アルデンヌクラシックへの適正も発揮したポガチャル。
やはりその溢れんばかりの才能は留まる事を知らない。
もちろん、2020年のツール制覇は若手のポガチャルに対してのマークが(特に序盤は)薄かった事も一因ではあるだろう。
それでも、ブエルタ総合3位に続いてのツール総合優勝は、当然まぐれで引き起こせるような結果ではない。
王者としてこれまで以上にマークが厳しくなる2021年は、改めて真価を問われる事になるだろうが、ポガチャルはきっと変わらずその才能を示し続けるのだろう。
エガン・ベルナル、レムコ・エヴェネプール、マルク・ヒルシといった同世代の才能達とともに、ロードレース界をより一層盛り上げてくれることを楽しみにしている。
※2021年12月11日追記
ツール制覇と早くも頂点に立ったポガチャルだったが、2021年もその座を守り抜くどころか、ライバル達を圧倒するような別次元の走りを見せ続ける。
UAEツアーとティレーノ~アドレアティコではそれぞれステージ1勝を挙げながら総合優勝を飾り、更にはリエージュ~バストーニュ~リエージュであのジュリアン・アラフィリップ(ドゥクーニンク・クイックステップ)をスプリントで下してモニュメント初勝利と、春先からもはや手が付けられないような状態。
唯一「敗れた」と表現していいのはユンボのログリッチとヨナス・ヴィンゲゴーにワンツーフィニッシュを許したイツリア・バスクカントリーぐらいだが、ステージ勝利を挙げつつ総合3位の座はキープしていたのだから、やはりしっかり強さは見せていた。
改めてその実力を見せつけてから迎えたツールで、ポガチャルは更に格の違いを見せつける。
ライバルと目されていたのはログリッチとゲラント・トーマス(イネオス・グレナディアーズ)だったが、その2人が相次いで落車して総合争いから脱落すると、ポガチャルを止められる選手は残っていなかった。
まずは第5ステージ、タイムトライアルスペシャリストに有利と思われていた平坦基調のタイムトライアルステージで、なんとポガチャルはステージ優勝。
更に、1級山岳を3つ登る第8ステージでは、フィニッシュまで30km以上残している位置からアタックを仕掛け、メイン集団を一気に引き離す圧巻の走りを披露。
ライバル達に一気に4分以上の差を叩きつけ、1週目から総合優勝をほぼ確定させ「虐殺」とも表現されたその走りは、ポガチャルがいかに規格外の存在かを如実に表していた。
その後もほぼ隙を見せないどころか、総合争い最大の山場と予想されていた第17・第18ステージで連勝を飾り、その差を更に拡大するという手の付けようがないような状態。
更にダメ押しで、第20ステージの個人タイムトライアルも当然のように総合勢トップのタイムを叩き出し、そしてそのまま第21ステージもしっかり完走。
総合2位のヴィンゲゴーとのタイム差は5分20秒と、ライバル達に完膚なきまでに実力差を見せつけてのツール連覇となった。
恐ろしい事に、ポガチャルの快進撃はツール後も続く。
ツール閉幕から僅か1週間後、東京オリンピックに参加したポガチャルは、厳しい山岳が設定されたコースで3位に入り、銅メダルを獲得。
最後のスプリントでは、ツールでスプリント通算4勝を挙げているワウト・ファンアールト(ユンボ、ベルギー代表)にあわやスプリントで勝ちそうになるという、総合系の選手とは思えないとんでもないスプリント力を披露していた。
10月、ポガチャルは「クライマーズ・クラッシク」ことイル・ロンバルディアに初参戦。
最大の勝負所である「パッソ・ディ・ガンダ」の登坂でアタックを仕掛けると、そのまま抜け出しに成功。
地元出身でコースを熟知しているファウスト・マスナダがダウンヒルで追いついて来るものの、ポガチャルにはファンアールトと競り合い、アラフィリップに勝つようなスプリント力がある。
フィニッシュのスプリントでその力を存分に発揮して、問題なくマスナダにスプリントで勝ち、リエージュに続くモニュメント2勝目を手に入れた。
ツール2連覇、モニュメント2勝、シーズン13勝と、あまりにも圧倒的だった2021年のポガチャル。
ツールで2年連続山岳ステージとタイムトライアルステージを制するという、オールラウンダーとして究極の姿に加え、オールラウンダーとしては有り得ないレベルのスプリント力も有し、まさに非の打ち所がない。
更には、落車などによる離脱も極端に少なく、目標のレースに照準を合わせる調整能力も高く、そして驚異的な回復力も備えている。
その能力、そして残した結果は、もはや伝説級の選手と評しても過言では無いだろう。
まず間違いなく、今後10年の総合争いはポガチャルを中心に回っていくはずだ。
まずは2022年、ベルナルとログリッチと言うポガチャルに届き得るエースを擁するイネオスとユンボが、その強大な戦力をどのように活かして戦いを挑むのか。
絶対王者として迎え撃つポガチャルの伝説として語り継がれるであろう走り、そして血沸き肉躍るような激闘を、決して見逃してはならない。
※2022年12月5日追記
2022年シーズンも、ポガチャルは順調なスタートを切る。
まずは2月末、チームにとっての地元レースであるUAEツアーでライバルを全く寄せ付けずに、2年連続の総合優勝に輝く。
その翌週、イタリア・トスカーナ地方の未舗装路を舞台にしたストラーデ・ビアンケに出場すると、残り50kmというとんでもない位置からアタックを繰り出し、なんとそのまま独走勝利を飾ってしまう。
その才能があまりにも規格外で異質なものだと、改めて知らしめる勝利だった。
ストラーデ・ビアンケの2日後から始まるティレーノ~アドレアティコでも当然のように2連覇を飾ると、ポガチャルは春のクラシックに参戦。
しかも、明確に適性のあるアルデンヌ・クラシックだけでなく、スプリント力が重要とされるミラノ~サンレモや、石畳適性が問われるフランドル・クラシックにも挑戦するという、驚きのプランだった。
結局、ミラノ~サンレモではライバルを出し抜けずに5位、ロンド・ファン・フラーンデレンではフィニッシュでのスプリントの局面で判断を誤り4位と、残念ながら表彰台は逃してしまったが、それはあくまで結果でしかない。
ロンド・ファン・フラーンデレンでひたすらアタックを繰り返し、マチュー・ファンデルプール(アルペシン・ドゥクーニンク)以外のライバルを脱落させて最終局面に持ち込んだその走りは、改めてポガチャルの恐ろしさを感じさせる凄まじいものだった。
前年同様ツアー・オブ・スロベニアでの調整を経て、3連覇を目指す絶対王者として迎えたツールでも、序盤からフルスロットルな走りを披露。
1週目にステージ2勝を挙げて早くもマイヨ・ジョーヌを着用と、相変わらずとんでもない強さでライバルを絶望の淵に突き落としたかのように見えた。
しかし、2つの超級山岳が設定された第11ステージで、ユンボがチーム総力を挙げての攻撃を敢行。
1つ目の超級山岳ガリビエ峠では、ログリッチとヴィンゲゴーという強力なダブルエースの攻撃を余裕をもって凌いでいたように見えたポガチャルだったが、フィニッシュ地点となるグラノン峠で異変が起こる。
残り4.6km、ヴィンゲゴーが決死のアタックを繰り出すと、なんとポガチャルが反応できない。
グラノン峠の入り口ではおどけるような余裕を見せていたポガチャルだったが、やはりユンボの継続的な攻撃は着実にダメージを与えていたのだ。
この日、最終的にヴィンゲゴーに2分51秒ものタイム差を付けられたポガチャルは、総合3位に転落。
その後、第12ステージですぐさま総合2位に浮上、そして3週目には果敢な攻撃で逆転を目指したが、ヴィンゲゴーの力とユンボのチーム力は一分の隙も見せない。
逆に第18ステージでは、またしてもヴィンゲゴーのアタックに突き放されてしまい、ここで実質のゲームセット。
3連覇を目指したポガチャルは、総合2位でツールを終える事になった。
ツールでは敗れてしまったポガチャルだったが、9月のグランプリ・シクリスト・ド・モンレアルでは、厳しいアップダウンの繰り返しを経てからの小集団スプリントで、なんとファンアールトを破って優勝。
10月のイル・ロンバルディアでも、粘り強く食らいついてきたエンリク・マス(モビスター・チーム)をマッチスプリントで制して2連覇と、相変わらず総合系選手としては破格のスプリント力を見せつけてくれた。
結局、2022年のポガチャルを振り返ってみれば、相変わらず1年を通して強さを示し続けていた。
ツール3連覇は達成できなかったが、そのオールラウンダーとしての完成度と、オールラウンダーらしからぬスプリント力の両立は、明らかに他の選手とは次元が違うと評していいだろう。
改めて「挑戦者」としてツールに臨む事になる2023年、果たしてポガチャルはどんな走りを見せてくれるのか、楽しみにしていたい。