突如として現れたスロベニアの超新星
選手名:タデイ・ポガチャル(Tadej Pogačar)
国籍:スロベニア
生年月日:1998年9月21日
脚質:オールラウンダー・クライマー
主な戦歴
総合優勝、山岳賞、ヤングライダー賞(2020)、ステージ3勝(2020 × 3)
総合3位(2019)、ステージ3勝(2019 × 3)
総合優勝(2019)、ステージ1勝(2019)
・ヴォルタ・アン・アルガルヴェ
総合優勝(2019)、ステージ1勝(2019)
・ヴォルタ・ア・ラ・コムニタ・ヴァレンシアナ
総合優勝(2020)、ステージ2勝(2020 × 2)
・ツール・ド・ラヴニール
総合優勝(2018)
・スロベニア国内選手権 個人タイムトライアル
優勝(2019、2020)
・スロベニア国内選手権 個人ロードレース
2位(2020)
3位(2020)
どんな選手?
ワールドチームデビューとなった2019年、弱冠20歳でブエルタ・ア・エスパーニャ総合3位という驚愕の結果を残した、スロベニアの新たなスター候補。
2018年は地元スロベニアのコンチネンタル・チームに所属していたが、若手の登竜門として名高いツール・ド・ラヴニールで総合優勝を果たすなどの結果を残す。
一気に期待の若手として注目される存在となり、2019年からはカテゴリーを1つ飛ばしてワールド・チームであるUAE・チーム・エミレーツとの契約を結ぶ事になる。
いくらラヴニールの覇者とは言え、2019年シーズン開幕時でまだ20歳のネオプロ(プロ1年目)の選手がどれだけ活躍できるかは未知数であり、経験を積むための1年になると考えていた人が多かっただろう。
しかし、彼の才能はそんな大方の予想のはるか上を行くものだった。
まずはシーズン初頭2月のヴォルタ・アン・アルガルヴェ。
ワウト・プールス(当時チーム・スカイ)やエンリク・マス(当時ドゥクーニンク・クイックステップ)などの実力者も出場する中、なんと総合優勝したのはまさかのポガチャル。
「シーズン開始直後なので調整目的の選手もいた」「ワールドツアーではなく、2.HCクラスのヨーロッパツアー」というエクスキューズは付くかもしれないが、驚きの結果だった。
続いて4月のイツリア・バスク・カントリーでも総合6位に入り、先ほどと違い正真正銘ワールドツアーでのトップ10入りで実力を示したポガチャルだったが、まだまだ勢いは止まらない。
なんと、5月に行われたツアー・オブ・カリフォルニアでは、リッチー・ポート(トレック・セガフレード)やジョージ・ベネット(チーム・ユンボ・ヴィスマ)といった一流選手を抑えて総合優勝を飾ってしまったのだ。
この20歳でのワールドツアー総合優勝はもちろん最年少記録であり、山岳アシストがいない状況でも自らの登坂力で力強く走る姿は本当に驚異的なものだった。
極めつけは、グランツール(3大ステージレース)初挑戦となったブエルタ・ア・エスパーニャ。
チームのエースナンバーを背負うファビオ・アルが途中リタイアし、更にはアシスト陣も不調で山岳では単騎になりながらも、ポガチャルは強かった。
積極的な走りでステージ3勝を上げ、更には総合3位に入賞しポディウム(表彰台)に登るという素晴らしい結果を残したのだ。
特に、疲労も極限に達している中で果敢にアタックして逃げ切った第20ステージでの勝利は、逆転で総合3位を掴み取る見事な走りだった。
2020年シーズンもヴォルタ・ア・ラ・コムニタ・ヴァレンシアナでステージ2勝に総合優勝と、上々のスタートを切ったポガチャル。
最早その才能と実力を疑う者などいないだろう。
興味があるのは、その才能の天井がどこにあるのか、そしてどんな結果を積み上げていくかだ。
2019年シーズンはポガチャルの他にも、エガン・ベルナル(チーム・イネオス)やレムコ・エヴェネプール(ドゥクーニンク・クイックステップ)など、若手の驚異的な活躍が目立った1年だった。
もちろんベテラン勢の活躍も嬉しくなるが、若き才能達が切磋琢磨して未来を切り開いていく姿は、ロードレース界を照らす希望の光だと言えるだろう。
ポガチャルもその中心人物の1人としてどんな輝きを見せてくれるのか、楽しみは尽きない。
※2021年1月10日追記
2019年、ブエルタのステージ3勝と総合3位という衝撃的なプロデビューを飾ったポガチャル。
2020年は、そんな前年の衝撃を軽く超える更にとんでもないリザルト、ツール・ド・フランス総合優勝という快挙をやってのけてしまった。
新型コロナウィルスの影響によりほとんどの国と地域でまだレースが再開されていない6月、スロベニアでは国内選手権が開催されていた。
個人ロードレースの優勝はプリモシュ・ログリッチ、そして2位にポガチャル。
しかし個人タイムトライアルではポガチャルが優勝、タイムトライアルが得意なはずのログリッチが2位となった。
今になって振り返ると、このリザルトはツールへの大きな布石とも言える、とても興味深いものに思える。
好調のポガチャルはツール前哨戦のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネも総合4位と、上々の仕上がりでツールに初参戦。
当初はまだ若いポガチャルに過度のプレッシャーを与えず走らせるプランもあったようだが、最終的にファビオ・アルとのダブルエース体制で臨む事がアナウンスされていた。
しかし、ここ数年不調のアルは今回のツールも調子が上がらず、早々にタイムを失ってしまうどころか、第9ステージ途中でリタイアしてしまう。
更には重要な山岳アシストであるデヴィデ・フォルモロも第10ステージ終了後にリタイアと、UAEチームエミレーツのチーム体制はなかなか厳しい状況に追い込まれた。
そんな苦境でも、ポガチャルは持ち前の登坂力と若さ溢れる積極的な走りを披露して、しっかりと上位をキープ。
第7ステージでは横風分断の影響で少しタイムを失うも、続く第8ステージですぐさま単独での飛び出しを敢行、タイムを取り戻す事に成功する。
第9ステージ、第15ステージではログリッチとのフィニッシュ争いに競り勝ち、ボーナスタイムを勝ち取って差を縮めてみせた。
ログリッチ率いるユンボ・ヴィスマの攻撃的なペーシングについていけないライバルも多い中、盤石のログリッチを射程圏に捉える唯一のライバルとして、57秒差の総合2位で最終決戦となる第20ステージのタイムトライアルを迎える。
第20ステージ、ラ・プランシュ・デ・ベルフィーユの丘で行われたこの山岳タイムトライアルで、ポガチャルは驚異的な走りを見せつけた。
序盤の平坦区間を区間3位となるタイムで飛ばし、中間部の緩いアップダウンも勢いそのままにペースを維持。
そして、バイク交換を驚くほどスムーズに行って突入した登坂区間、ここで見せたのはまさに異次元の走り。
GPS情報から導かれるログリッチとのバーチャルのタイム差がみるみる縮まっていき、そして遂に逆転。
ポガチャルの勢いは最後まで衰えず、ステージ2位のトム・デュムランと1分21秒差、そして何より、ステージ5位で走り切ったログリッチと1分56秒もの差を付ける、驚異的なタイムでフィニッシュ。
タイムトライアルが得意なログリッチから、タイムトライアルで2分近い差を付けての総合首位奪取。
歴史に残る大逆転劇が起こった瞬間だった。
ポガチャルのタイムトライアル能力が向上していたのは6月の国内選手権の結果でも明らかだが、この世紀の逆転劇の裏側にはチームとしての入念な準備があった。
チーム監督のアラン・バイパーはこの第20ステージが総合争いの山場だと睨んでいて、6月に2日間にわたってコースを視察。
チームメイトのミッケル・ビョーグ(U23の個人タイムトライアル3連覇)と共に試走を行い、ビョーグから走りのアドバイスを受け、そしてバイク交換地点も決定。
更にはバイク交換の練習も繰り返し行うほどの、徹底した準備を行っていたのだ。
cyclist.sanspo.com(参照:Cyclist「57秒差をひっくり返したポガチャル ツール・ド・フランス第20ステージの勝因を分析」著:あきさねゆう氏)
ポガチャル自身の天井知らずなポテンシャルと、チームの見事な準備。
この2点が上手く重なり、ポガチャルは見事ツール・ド・フランス総合優勝という栄冠を手に入れたのだろう。
前年のエガン・ベルナルが記録した「戦後最年少のツール総合優勝」を早くも更新する、若き王者がここに誕生した。
ツール後に出場したリエージュ~バストーニュ~リエージュでも3位に入り、アルデンヌクラシックへの適正も発揮したポガチャル。
やはりその溢れんばかりの才能は留まる事を知らない。
もちろん、2020年のツール制覇は若手のポガチャルに対してのマークが(特に序盤は)薄かった事も一因ではあるだろう。
それでも、ブエルタ総合3位に続いてのツール総合優勝は、当然まぐれで引き起こせるような結果ではない。
王者としてこれまで以上にマークが厳しくなる2021年は、改めて真価を問われる事になるだろうが、ポガチャルはきっと変わらずその才能を示し続けるのだろう。
エガン・ベルナル、レムコ・エヴェネプール、マルク・ヒルシといった同世代の才能達とともに、ロードレース界をより一層盛り上げてくれることを楽しみにしている。