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【初心者向け用語解説 Vol.12】同タイムフィニッシュ ~ロードレースにおけるタイム差の考え方~

10秒離れていても同じタイム?

暗黙の了解やライバル同士の協調など、あまり他のスポーツにはない独特の要素が多いロードレースですが、タイム差についての考え方はその最たる例と言っていいかもしれません。

タイム(もしくは着順)を競う競技(特にステージレースは各ステージのタイムの合計を競う競技)でありながら、「同タイムフィニッシュ」と言う、ある意味実際の事象とは乖離した措置と言うか…ルールが存在します。

厳密にタイムを計測するならば同着というのはほぼあり得ない訳ですし、ましてや2人だけでなく数人~十数人が同着という事は絶対にあり得ないでしょう。

それでも、ロードレースでは「同タイムフィニッシュ」と言うルールが存在し、レース(ステージ)によっては100人以上が「同タイム扱い」となる事も普通に起こります。

例えば、ツール・ド・フランス2021の第5ステージでは、123位までの選手が先頭でフィニッシュしたマーク・カヴェンディッシュと同タイム扱いを受けています。

フィニッシュ前後の映像を見てもらえば分かると思いますが、どう考えても実際には123人が同タイムでフィニッシュはしていないですよね。

コンマ以下を無視したとしても、同じ秒数でフィニッシュしているのは十数人程度でしょうか。

同タイム扱いになっている123位の選手までだと、どう考えても10秒以上は離れているでしょう。

それでも、123位の選手までは同タイム扱いとなっているのです。

 

何故このようなルールが存在し、一体どのような基準でそのタイム差が判断されているのか。

基本的なルールと、その存在意義を解説していきたいと思います。

 

「1秒未満の差」は同タイム

単刀直入に結論だけを記すと、「ロードレースでは1秒未満のタイム差は同タイムとみなす」、これだけです。

ただ、これだけでは流石に説明不足な部分も多いので、実際のレース映像を用いて解説してみます。

 

まずはこちらの動画、ツール・ド・フランス2021の第2ステージのハイライトをご覧ください。

単独で抜け出して勝利したのはマチュー・ファンデルプール。

その6秒後にタデイ・ポガチャル、プリモシュ・ログリッチ、ウィルコ・ケルデルマンの3選手が同タイムでのフィニッシュそしてそこから更に2秒後(ファンデルプールの8秒後)にジュリアン・アラフィリップなどの選手(27位のソンニ・コルブレッリまで)が同タイムでのフィニッシュとなっています。

文字だけだとイメージが掴みにくいと思うので、PCSのリザルト画面を同タイムのグループごとに色分けしたものがこちらです。

f:id:kiwa2408:20211016174944p:plain

要は、ファンデルプールが単独先頭(画像内黄色枠)、6秒差で2位集団が3人(画像内枠)、そしてその2秒後ろに5位以下の集団が23人(画像内枠、正確には画面外の27位まで)、という事ですね。

それでは、おおまかな流れを把握した上で、詳細を確認していきましょう。

 

まず見てほしいのは動画3:48辺り、ポガチャル、ログリッチ、ケルデルマンの3人がフィニッシュしたシーン。

この3人は、間違いなくそれぞれのタイム差が1秒以内でフィニッシュしていますね。

前述の「1秒未満のタイム差は同タイムとみなす」というルールが当て嵌るため、3人の中で一番先頭のポガチャルのフィニッシュタイムが後ろのログリッチとケルデルマンにも適用される、つまり同タイムフィニッシュという事になります。

 

続いてその約2秒後、動画3:50秒辺り、アラフィリップを先頭とした5位以下の集団がフィニッシュ。

この集団の先頭はアラフィリップですが、前方の選手(前方集団最後尾のケルデルマン)とのタイム差、これは映像を見ても明らかに1秒以上開いていますね。

そのため、ポガチャル達とは同タイム扱いにならず、公式リザルトで2秒の差が付いています。

ここで気を付けなければいけないのは、「アラフィリップのタイムを誰と比べるか」という部分で、この点について2つの判断基準が存在します。

まず、同タイムフィニッシュとなるかどうかの判断ですが、これはアラフィリップの直近の選手、つまり前方集団の最後尾であるケルデルマンとのタイム差を参照します。

そして、今回のアラフィリップのように同タイム扱いにならなかった際のタイム差の付け方ですが、これは前方集団の最前の(タイムの基準となった)選手、つまりファンデルプールから6秒遅れてフィニッシュしたポガチャルとのタイム差を参照します。

 

…ちょっと長くなって分かりにくいので、少しまとめてみましょう。

話を簡単にするために、今回の事例についてタイム差が以下の通りだったとして話を進めてみます。

 

ポガチャル(ファンデルプールから6秒遅れ)

↓(0.5秒)

グリッチ

↓(0.5秒)

ケルデルマン

↓(1秒)

アラフィリップ

 

ポガチャル、ログリッチ、ケルデルマンは、それぞれ0.5秒ずつしか離れていないので同タイム扱いとなり、ポガチャルから1秒遅れているケルデルマンも含めて全員が同タイム(ファンデルプールから6秒遅れ)です。

そしてアラフィリップはケルデルマンと1秒離れているので別グループ扱いとなり、タイム差はケルデルマンとの1秒差を参照にするのではなく、前方集団の先頭(基準)となったポガチャルから2秒遅れ(ファンデルプールから8秒遅れ)となります。

要は、同タイム扱いではなくなった(直前の選手と1秒未満の差でフィニッシュできなかった)場合は、直前の選手とのタイム差は全く関係なくなり、先頭の選手とのタイム差がそのまま反映される、という事ですね。

 

平坦ステージは何故「例外」なのか

「1秒未満のタイム差は同タイムとみなす」という前提で話を進めてきましたが、実は例外があり、平坦ステージの場合は秒数を「1秒未満」ではなく「3秒未満」として、同様のルールが適用されます。

また、平坦ステージではそれと同時に「フィニッシュ地点から3km以内での落車やトラブルに起因するタイム差は、元々いた集団との同タイムフィニッシュ扱いになる」という救済措置もあります。

中継などでもよく「3秒ルール」「3kmルール」と言及されていますね。

 

さて、何故平坦ステージでは通常と違うルールが適用されるのかと言うと、平坦ステージのフィニッシュはスピードが出すぎて危険だからです。

そもそもロードレースは、ヘルメット以外はほぼ無防備な状態の選手が密集しながら高速で先着争いをするという、とても危険な競技です。

落車して骨折が日常茶飯事という、かなり特殊なシチュエーションで行われているスポーツと言っても過言ではないでしょう。

平坦区間の巡航速度が大体40km/h前後、そして平坦ステージのフィニッシュで行われるスプリントでは、70km/h以上のスピードになる事もあります。

40km/hでの落車でも大怪我を負うのに、70km/hという高速域で落車をしてしまったら…とてつもない大事故となってしまいます。

もし、先頭でスプリンター達が70km/h以上のスピードで勝利を目指す後ろで、他の選手も「前方の選手と1秒以上の差が開かないように」と、スピードを出してフィニッシュを目指したら…。

5~10m程の道幅に、100人以上の選手が70km/hというスピードで我先にと殺到したら…。

落車のリスクが恐ろしく高い、危険極まりない状況ですよね

そういう状況を回避して選手の安全を少しでも確保する為に、平坦ステージでは通常と違った「3秒ルール」「3kmルール」が存在しています。

 

そもそもの話として、元々の「1秒ルール」も同様に危険を回避する為に設けている意味合いが強いです。

繰り返しになりますが、ロードレースはほぼ生身の人間が自転車と言う不安定極まりない乗り物に跨り、密集した状態で位置取り争いなどをしながらフィニッシュへと向かう、とても危険なスポーツと言う一面を持っています。

そういったスリリングな部分も人を惹きつけて止まない魅力の一つであるのかもしれませんが、安全性の担保というのがロードレースの大きな課題なのは間違いないでしょう。

レースの高速化や頻出する複雑で危険なフィニッシュレイアウトという事象に対して、現行の制度やルールが完璧ではない、選手の安全を確保するためにまだまだ改善できる部分があるというのが実情だと思います。

例えば平坦ステージの「3km救済措置」について、「救済区間を5kmまで伸ばすべき」と言った意見が出たりもしています。

そのため、今回解説した内容が数年後には変更になっている可能性もありますが、恐らくその方向性は「選手を守るため」という向きに舵を切ると思われます。

より安全に、そしてその結果としてより魅力的に。

ロードレース界全体でそんな方向性を目指してくれたら嬉しいですね。

 

レースの安全性、そしてそのためのルール。

是非、そういったものが前提にあるという事を認識しながらレースを観戦してみましょう!