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【選手紹介Vol.24】レムコ・エヴェネプール

破格の独走力で衝撃的な勝利を重ねる「神童」

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選手名:レムコ・エヴェネプール(Remco Evenepoel)

所属チーム:スーダル・クイックステップ

国籍:ベルギー

生年月日:2000年1月25日

脚質:オールラウンダー・タイムトライアルスペシャリスト

 

主な戦歴

ブエルタ・ア・エスパーニャ

 総合優勝(2022)、ステージ2勝(2022 × 2)

・世界選手権

 優勝(2022)

・世界選手権個人タイムトライアル

 2位(2019)、3位(2021、2022)

リエージュ~バストーニュ~リエージュ

 優勝(2022)

・ドノストア・サンセバスティアンクラシコ

 優勝(2019、2022)

・ツール・ド・ポローニュ

 総合優勝(2020)、ステージ1勝(2020)

ヨーロッパ選手権個人タイムトライアル

 優勝(2019)

・ベルギー国内選手権個人タイムトライアル

 優勝(2022)

 

どんな選手?

171cm・60kgという小柄な体格からは想像がつかない破格の独走力を武器に、驚異的なペースで勝ち星を重ねて「100年に一人の逸材」や「神童」と称されるロードレース界の新たな天才。

 

幼少期はサッカーに励み、U-15ベルギー代表のキャプテンに選ばれるなど、サッカー大国ベルギーでも期待される存在だったエヴェネプール。

しかし、ケガの影響、そしてプロロードレース選手だった父の存在もあり、2017年からロードレース選手としてのキャリアをスタートさせる。

ロードレース転向初年度からいくつかの勝利を挙げるなどその才能の片鱗を見せたエヴェネプールだったが、これはまだ序章にしか過ぎなかった。

2018年、ジュニアカテゴリーで年間22勝と文字通り他を圧倒するずば抜けたリザルトを残し、そしてその内容が凄まじかった。

出場したステージレース全てでステージ勝利を挙げつつの総合優勝、そしてジュニアカテゴリー世界選手権の個人タイムトライアルとロードレース両種目での優勝と、まさに敵なし。

特に世界選手権ロードレースでは、残り72km地点で発生した落車に巻き込まれた事で一度遅れるも、最大で2分あったビハインドを跳ね返し先頭に合流。

そして登りでアタックを仕掛けて独走勝利を飾るという、格の違いを見せつけるもの凄い勝ち方をして見せた。

 

ここまでの活躍を見せれば、まだジュニアカテゴリーの年齢と言えども、やはりワールドチームが黙っていない。

2019年からは地元ベルギーの強豪チームであり、ワンデーレースに関しては間違いなく世界最強のワールドチームであるドゥクーニンク・クイックステップへの加入が決定する。

ロードレースのキャリアが僅か2年の19歳が、ジュニアとU23という2つのカテゴリーを飛び級してトップカテゴリーの最強チームで走るという、とんでもない事例である。

 

こうして19歳でプロ選手(ワールドチーム又はプロチーム所属の選手)となったエヴェネプールだったが、その勢いはまだまだ止まらない。

デビュー戦となったブエルタ・ア・サンファンの個人タイムトライアルで3位に入り、ワールドツアーのツアー・オブ・ターキーでも総合トップ10入りを果たし、ハンマーシリーズでも好走を披露。

6月のバロワーズ・ベルギーツアーでは、待望のプロ初勝利を挙げるだけでなく総合優勝も飾り、初年度から完全にワールドチームの戦力として通用していた。

 

そして、待望のワールドツアー初勝利の瞬間はあっさりと訪れた。

8月、スペインはバスク地方で開催されるワンデーレース、ドノストア・サンセバスティアンクラシコア。

残り20kmでトムス・スクインシュ(トレック・セガフレード)と共に集団から抜け出すと、直後に登場する勝負所「ムルギル・トントラ」の登坂でスクインシュを突き放し、そのままフィニッシュまで独走。

エヴェネプールはその自慢の独走力で、史上最年少ワールドツアー勝利という大記録を打ち立てたのだ。

 

ジュニア時代から抜きん出ていたエヴェネプールの独走力は、もちろんそのままタイムトライアルの強さにも繋がる。

クラシカ・サンセバスティアンの5日後に行われたヨーロッパ選手権個人タイムトライアルで、エヴェネプールは並み居る強豪を蹴散らしてなんと優勝。

更には世界選手権個人タイムトライアルで準優勝と、プロ1年目ながらそのタイムトライアル能力が既に世界のトップクラスにある事を証明して見せた。

 

2020年に入っても、エヴェネプールの快進撃は止まらない。

新型コロナウィルスの影響による中断期間を挟みつつ、出場した4つのステージレース全てでステージ勝利を挙げての総合優勝と、2018年のジュニアカテゴリー時代に匹敵するような無双っぷりをトップカテゴリーでも披露。

山岳ステージではトップクライマーを引きちぎり、そして相変わらず得意の独走も決めるその走りは、もはや止められる選手がいないのではないかと思わせる程だった。

そんな状態で迎えた初めてのモニュメント(5大ワンデーレース)、「クライマーズ・クラシック」ことイル・ロンバルディア

エヴェネプールは厳しい獲得標高、そして激坂「ソルマーノの壁」もしっかりクリアして、先頭集団でコモ湖へと向かうダウンヒルに突入。

現役屈指のダウンヒル巧者であるヴィンチェンツォ・ニバリ(当時トレック・セガフレード)がペースを上げる中、経験で劣るエヴェネプールは若干離され気味な様子が映し出されていた。

そして、悲劇の瞬間は訪れてしまう。

なんと、エヴェネプールはコーナーをオーバーランしてしまい、そのまま橋から崖下に転落。

最悪の事態も想定される中、約6mの高さから落下したにも関わらず骨盤の骨折と肺の挫傷程度で済んだのは、もちろん重症ではあるものの…僥倖と言っていいだろう。

ただ、当然ながら長期離脱を余儀なくされ、予定していたジロ・デ・イタリアへの出場もキャンセルとなり、そのまま2020年シーズンを終える事となってしまった。

 

2021年、エヴェネプールが前年8月15日以来の復帰レースに選んだのは、なんと5月8日から開幕するグランツール(3大ステージレース)、ジロ・デ・イタリア

果たしてどれほど状態が戻っているのか、そして初めてのグランツールをどう走り抜くのか注目が集まる中、エヴェネプールは第1ステージの個人タイムトライアルでステージ7位となるタイムを叩き出す。

もちろん、本来のポテンシャルからすれば満足のいく結果ではなかったかもしれないが、まずは順調に回復している事を証明してくれた。

そのまま1週目は山岳ステージでも目立った遅れはなく快調にこなし、第10ステージ終了時点で総合2位と、不安を一掃するような走りを披露するエヴェネプール。

しかし2週目に入ると、一転して苦戦を強いられる事に。

まずは休息日明けの第11ステージでは未舗装路区間に大いに苦しみ、総合7位までスリップダウン

更にはその後の重要な山岳ステージである第14ステージと第16ステージでもタイムを失い、2週目終了時点では総合19位に。

そして、総合争いからは脱落しながらも完走を目指した3週目は、第17ステージ途中の落車の影響でリタイアと、最後は不完全燃焼での終了となってしまった。

とは言え、大怪我による長期離脱からの復帰初戦、そして初のグランツール挑戦という事を考えれば、その順調な回復具合と垣間見せたポテンシャルの高さは、ポジティブに捉えるべき内容と言っていいはずだ

 

ジロ終了後もエヴェネプールは精力的にレースに出走を続け、ワンデーレースでもステージレースでもその独走力を遺憾なく発揮して、相変わらず勝利を量産する。

また、ヨーロッパ選手権ではロードレースで2位、個人タイムトライアルで3位と結果を残し、更には世界選手権個人タイムトライアルでも3位と、しっかりと表彰台に登る強さを見せてくれた。

そして世界選手権個人ロードレースでも、勝利には繋がらなかったもののアシストとして獅子奮迅の働きを見せたその姿は、そのコンディションがケガする以前の状態にしっかり戻っていると感じさせてくれる、本当に素晴らしいものだった。

 

2020年の大事故の影響が心配されたエヴェネプールが、2021年にはしっかりと力を取り戻して復帰してくれたのは、ロードレースファンとしては本当に嬉しい限りだ。

そして、その破格の独走力を基本としたポテンシャルの高さ、その証明は既に十分すぎるほど済んでいると言っていいだろう。

まだ21歳の若者が、今後その才能に経験を加えていったら果たして我々にどんな姿を見せてくれるのだろうかと、想像するだけでワクワクしてくる。

きっと、その小さな体には無限の可能性が詰まっているはずだ。

この先も続くであろう神童の快進撃を、楽しみにしていきたい。

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※2023年1月6日追記

2023年のエヴェネプールは、シーズン序盤は4月のワンデーレース、シーズン終盤はブエルタ・ア・エスパーニャを目標に定める。

2月~4月頭のステージレースでは、ワンデーレース用に筋肉量を増やした影響もあり、長い登坂で苦戦。

登坂の比重が小さかったヴォルタ・アン・アルガルヴェでは総合優勝を飾るが、一時は総合首位に立っていたボルタ・ア・ラ・コムニタ・バレンシアナとイツリア・バスクカントリーでは山岳ステージで総合首位を奪われ、ティレーノ~アドレアティコでは総合2位から総合11位にまで順位を落としてしまう。

 

こうしてステージレースでの結果をある意味「捨てて」臨んだリエージュ~バストーニュ~リエージュで、エヴェネプールは衝撃のレースを展開する。

チームはレース中盤に第一エースだったジュリアン・アラフィリップが落車リタイアという苦境に立たされるが、残り31㎞から始まる「コート・ド・ラ・ルドゥット」の登坂で、アシストのリードアウトを受けたエヴェネプールがアタック。

これまで「アタック力に欠ける」と評される事も多かったエヴェネプールだったが、まるでアラフィリップが乗り移ったかのような切れ味鋭いアタックで、メイン集団からの抜け出しに成功。

先行して逃げていた選手を次々に追い抜き、残り15kmを切ると単独先頭に躍り出て、そのままフィニッシュまで独走。

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フィニッシュ時には感極まって顔を覆うエヴェネプール。

鮮烈で美しく、そして春のクラシックで苦戦していたクイックステップを救う、価値ある勝利だった。

 

その後、ベルギー国内選手権個人タイムトライアル優勝や、またしても独走でのドノストア・サンセバスティアンクラシコア優勝などを挟み、いよいよ2022年シーズン最大の目標としていたブエルタがスタート。

そしてこのブエルタでも、エヴェネプールの快進撃は止まらない。

まずは今大会最初の本格的山頂フィニッシュである第6ステージ、残り9kmを切った辺りからエヴェネプールが静かにペースアップを開始。

アタックではなく、あくまでマイペースで。

ただし、世界有数の独走力を持ったエヴェネプールのペースは、恐ろしく速い。

総合争いのライバルたちがたまらず遅れていく、とんでもないペース走。

エヴェネプールは、このステージでエンリク・マス(モビスター・チーム)以外のライバルから大幅にタイムを稼ぐ事に成功。

そしてこの「ペース走アタック」とでも呼ぶべきエヴェネプールの攻撃は、似たようなレイアウトだった第8ステージだけでなく、エヴェネプールが苦手としてきた厳しい勾配が登場する第9ステージでも絶大な威力を発揮。

こうして1週目終了時点で総合2位のマスに1分12秒もの差を付けたエヴェネプールは、第10ステージの個人タイムトライアルで更にリードを拡大。

2週目終盤は落車の影響もあり山岳ステージで少し苦しむも、ここも得意のペース走で傷口を最小限に抑える事に成功。

そうして迎えた1級山頂フィニッシュの第18ステージ、2分1秒遅れで総合2位のマスが逆転の望みを賭けて攻撃を繰り出すも、エヴェネプールは逆にカウンターで突き放し、総合優勝を決定的にするステージ勝利を飾る。

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そのまま残りのステージも危なげなく走り抜いたエヴェネプールは、自身2度目のグランツール挑戦でブエルタ総合優勝を達成。

ライバルを絶望の淵に突き落とす「ペース走アタック」の威力、そして3週間を通したマネージメントと、圧倒的な強さを見せつけての栄冠だった。

 

ブエルタの直後、エヴェネプールはそのまま世界選手権に出場。

個人タイムトライアルでは疲労もあったのか3位に終わったが、ロードレースではまたしても衝撃の走りを見せる。

中盤から積極的な動きを見せていたエヴェネプールは、残り35kmの平坦区間でこの日3度目のアタックを繰り出すと、反応できたのはアレクセイ・ルツェンコ(カザフスタン)ただ一人。

ローテーションする力が残っていないルツェンコの事はまるで眼中にないかのように、ひたすらハイペースを刻むエヴェネプール。

気が付けばメイン集団は2分以上後方、そして残り26km、遂にルツェンコが脱落。

この形に持ち込んだエヴェネプールを、止められる選手など存在しない。

残りの20km以上の距離は、その絶大な力を改めて知らしめる、長いウィニングランのようだった。

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エヴェネプール、弱冠22歳でのアルカンシェル獲得。

しかも、この世界最高峰の舞台でも、鮮やかな独走での勝利。

持ち味を存分に生かした、本当に素晴らしい走りだった。

 

いや、世界選手権だけではない。

この若者は、ここまでほぼ独走でしか勝利を挙げていない。

抜け出す事、そして独走する事が難しいロードレースにおいて、その才能の特異性は改めて常軌を逸していると評するべきだろう。

そしてその才能は、グランツールでも通用すると証明できた。

2023年のターゲットは、2年前には上手くいかなかったジロ。

まだ23歳、「神童」エヴェネプールの挑戦は続く。