初心者ロードレース観戦日和

初心者でもいいじゃない!ロードレース観戦を楽しもう!

ロードレースの安全性について考える

我々ファンは、何が見たいのか

エガン・ベルナルの衝撃的な事故から約1ヶ月。

大腿骨粉砕骨折、膝蓋骨開放骨折、胸椎脱臼骨折など計20か所もの骨折や、肺穿孔という重傷を負ったベルナル。

意外にも術後2週間という早期退院、そしてその数日後には自力で歩いている様子、更にはその翌週にエアロバイクでトレーニングする様子をSNSにアップと、驚きの回復具合を見せている。

 
 
 
 
 
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完全復活に向けて決して楽観はできないだろうけれども、このもの凄い早さの回復具合と、ベルナル自身の復帰に向けた意欲は、ファンとしては大きな希望の光だ。

 

この1ヶ月、ベルナルの回復を願いながらずっと考えていた事がある。

果たして、自分は何が見たいのか。

主語を大きくするなら、我々ファンはロードレースに何を求めているのか。

ファン目線だけでない部分にまで話を広げるなら、ロードレースはどうあるべきなのか。

 

ただの素人(特に機材に関してはかなり知識が薄い人間)の浅い考えかもしれないけれども、考えた事を文章に纏めてみようと思う。

 

栗村修さんの提言

まず、とても共感と言うか、自分の考えに強く影響を与えたのが、J SPORTSの解説でもおなじみの栗村修さん(日本自転車普及協会主幹調査役)がブログで発信した以下の内容。

news.jsports.co.jp

「昨今の"安全性を無視してとにかくスピードを追求する流れ"の代表格といって良いタイムトライアルバイクの使用を少しでも早く廃止して欲しいと切に願います。操作性を無視し、すぐにブレーキをかけられず、空力的には下を見るのが正義の自転車で一般道で練習しなくてはならないなんて正気の沙汰ではありません。」

この一節、特に"安全性を無視してとにかくスピードを追求する流れ"というのは、栗村さんが中継の際にもよく苦言を呈している部分だ。

より速く。

更に言えば、よりエキサイティングに。

レース関係者の一部がこんな感じの考えなのは、確かに透けて見える部分がある。

おそらく、こういった流れになりがちな理由の一つとして、関係者の「危機感」があるのだと思う。

良くも悪くも「昔ながら」の要素を色濃く残し、「長時間の競技」という現代社会の視聴環境からある種逆行しているロードレースが生き残るためにはどうすればいいのか。

それを考えた結果として、視聴者が食いつきやすい、より刺激的な方向を目指す向きがあるのだと思う。

テクニカルかつスピード感のあるスプリント。

リスクをはらんだ危険なダウンヒル

過酷すぎる山岳設定。

過剰なまでのグラベル区間の導入。

どれも確かに、ビジュアル的にインパクトがあり、そしてレース展開としても「何か」が起こりやすいものなのは間違いない。

ただ、それらは選手のリスクまでしっかり考えられた上でのものなのだろうか

選手側からは、度々抗議の声も上がっている。

昨年のツール・ド・フランス第3ステージでは、フィニッシュ前の「テクニカルで下り基調」というレイアウトに対して、そしてやはりそこで落車が複数起こってしまった事に対して、翌日のステージでボイコットなんかも起こった。

選手と運営する側、そこにギャップが生じている事は否めない。

 

それに加えて、機材の進歩も大きな影響を与えているのだろう。

メーカーとしては「より良い(より速い)」機材を開発するのは、ある意味では当然である。

その中で、レースとしては「何でもあり」にしないために、重量やフレームの形など色々と制限はある。

ただ、技術の進歩により、現行のルールで想定していたよりもスピードが出てしまう自転車が開発されている可能性がある。

栗村さんが述べるように、タイムトライアルバイクなんかはその顕著な例だと思う。

機材の進歩自体は、様々な意味で決して悪い事ではない。

ただ、「競技の中で安全に運用できる範囲」というものはやはり存在して、現状はそのラインを超えてしまっている可能性があるんだと思う。

 

他の競技の例

一旦ロードレースから離れて、他のスポーツが安全性についてどのようなスタンスを取り、どんな取り組みを行っているか見てみよう。

 

野球の例:コリジョンルール

野球において、本塁での走者と捕手の交錯・衝突は、以前はある種の「醍醐味」として捉えられていた面もあり、「体当たり」や「ブロック」の練習を行ったりもしていた。

しかし、当然ながら負傷者も出ていて、特に2000年代に入ってからのメジャー・リーグでは走者の「体当たり」が過激になる傾向が加速し、それによる捕手の長期離脱が問題視されるようになってきていた。

そして2011年、ルール制定の大きなきっかけとなる事例が発生する。

この衝突で、捕手のバスター・ポージーは左足首の靱帯断裂に腓骨骨折という重傷を負ってしまう。

同時期に本塁上での衝突による捕手の負傷離脱が相次いだこともあり、「選手の安全を確保する」ためのルール制定への動きが一気に加速。

そして2014年、正式にコリジョンルール」が導入。

ザックリと言えば「捕手は走者の進路を妨げない」「走者は捕手との衝突を避ける進路をとる」事を明記したこのルールにより、本塁上での攻防はその様相を一気に変える。

走者は基本的にライン上を走る。

捕手は本塁上とライン上は空けておき、ボールを捕球してから腕を伸ばして走者にタッチを試みる。

たったこれだけの事で、劇的に変化が起こったのだ。

 

コリジョンルール導入の際には一部のファンやOBから「迫力や魅力が損なわれる」と反発もあったけれども、導入後は本塁上の交錯による負傷がほぼ無くなった事もあり、現在ではそういった声はまず聞かれなくなっている。

 

F1の例:Halo

ロードレース以上にスピードの出るモータースポーツでは、必然的に安全に関する議論が常々行われてきている。

そして、様々な安全対策を施しながら、それでもその特性上、痛ましい事故が起こってきた歴史がある。

コクピットを頑強にし、サイドプロテクターを装着し、HANS(頭部と頚部の保護具)を開発。

それでも、剝き出しになっている頭部に物体(タイヤやパーツ破片など)が衝突する事による死亡事故は、度々起こっていた。

 

そんな中、さらなるドライバーの安全対策が論じられるキッカケとなったのは、2009年のF2で起こったヘンリー・サーティースの死亡事故。

他のマシンがクラッシュを起こし、そのマシンから外れたタイヤがサーティースの頭部を直撃

将来を嘱望されていたサーティースは、残念ながら18歳の若さで帰らぬ人となってしまった。

更に、その僅か6日後には、他のマシンから外れたバネが直撃し、フェリペ・マッサが頭蓋骨骨折の重傷を負ってしまう。

 

こうした事例から、頭部保護デバイスの開発が急ピッチで行われる事になる。

求められたのは、HANSのようなドライバーに装着するタイプのものではなく、そもそもドライバーに何かが衝突する事を防ぐタイプのもの。

様々なパターンの試作品を経て、最終的に採用されたのが「Halo」

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ドライバーの頭部をぐるりと囲むような格好になるHaloは、導入当初こそ「外観を損なう」などの理由で否定派も多かったが、導入初年度からその効果を発揮して存在意義を証明。

特に、2020年のF1バーレーンGPにおいて、ロマン・グロージャンのマシンがクラッシュした際、軽いやけどのみで済んだという事実は、大きなインパクトがあった。

(動画はYouTube上で再生可能)

ガードレールに突っ込んで車体が真っ二つになり、更には爆発炎上する中、なんと自力で歩いて脱出したグロージャン

Haloが無ければ、ガードレールと頭部の激しい接触は間違いなく避けられなかったはずだ。

Halo導入時には反対派だったというグロージャンも、流石にその認識が誤っていたという旨のコメントを残している。

「数年前の僕はHaloに反対していたけど、今はそれがF1にもたらした最高のものだと思っている」

このグロージャンの事例以外にも、既にいくつものクラッシュでHaloはその効力を発揮していて、現在は無くてはならないものという認識になっている。

 

ちなみに、F1(と下部カテゴリー)に限らず、北米最大のフォーミュラカーカテゴリーであるインディカー・シリーズでも、2020年から同様にエアロスクリーン(Halo+透明の樹脂によるバリア)が採用されている。

 

ロードレースでは何ができるか

コリジョンルールもHaloも、「たったそれだけ」と思えるような事で、絶大な効果が上がっている。

ロードレースでも、きっと難しい事を考える必要はあまりない。

簡単な事でもいいから、ロードレースでは何ができるのかを考えてみよう。

 

機材

まず、前述したタイムトライアルバイクの廃止が、最も分かりやすく効果が出る案件だろう。

少なくとも、操作性を犠牲にするDHバーは、ブレーキングにタイムラグが生じる事も考えると、撤廃するべきだと思う。

 

ノーマルバイクの場合、現在規定されている「ダイヤフレーム」という形状を、更に空気抵抗を受ける形状に設定するのはどうだろうか。

現在、技術的にはもっと空力の良いバイクも開発できる中でダイヤフレームという基準を作っているのだから、その基準を引き上げてもいいはずだろう。

もしくは極端な話として、バイクの前面に「風受け」のようなものを設置する事を義務化してもいい。

要するに、現在ルールで定められている「これだけの空気抵抗は受けて下さい」という基準を、もっと空気抵抗を受ける方向へと変更するという事だ。

こうすれば、間違いなくレースのスピードは下がり、選手のリスクも軽減されるだろう。

 

バイク以外の機材面だと、プロテクターの使用も採用の余地があると思う。

というか、現状の「ヘルメットのみ」という状況が異常な気もしてくる。

MotoGPなどオートバイのレースでは、当然プロテクターやエアーバッグの着用が義務付けられている。

速度域の違いや、自分で漕ぐかどうかの違いなどがあるので一概には比べられないけれども、ロードレースにおいても軽めのプロテクターはあってもいいだろう。

落車時に擦過傷などを負いやすいのは、膝、大腿部から臀部、肘、肩辺り。

もちろん、骨折に対しても効果があるだろう。

アウター、インナー、ジャージ一体型、どれが良いかは分からないけれども、着用していればかなりケガを防げるはずだ。

 

コース・ルール設定

まずは、スプリントフィニッシュ時のレイアウト。

公式に「緩い登りが望ましい」とされているように、下り基調のスプリントはスピードが出すぎてかなり危険だ。

2020年ツール・ド・ポローニュで起こった、ファビオ・ヤコブセンの痛ましい事故はまさにその危険すぎるレイアウトだった。

また、連続するコーナーやラウンドアバウトも、フィニッシュから残り5km程のスピードに乗った状態では避けるべきだろう。

前述の2021年ツール・ド・フランス第3ステージは、下り基調で連続コーナーが登場する、とんでもないレイアウトだった。

もしかしたら「コーナーでスピードを抑制する」という意図なのかもしれないけれども、激しい位置取り争いをしている選手達は、限界ギリギリのスピードでコーナーに殺到してくる。

アドレナリン全開で興奮状態の選手達に「安全なスピードで」と言っても、まず間違いなく効果はない。

そこは、コースレイアウトで安全性を担保するしかないのだ。

 

「下り」という意味では、山岳ステージのダウンヒルも危険極まりない。

2020年のイル・ロンバルディア終盤、レムコ・エヴェネプールが橋から転落した際は、結果的に骨盤の骨折程度で済んだとは言え、最悪の事態になる可能性だって十分にあった。

もちろん、基本的には登った分だけ下る必要はあるので、ダウンヒルを完全に無くすのは不可能ではある。

それでも、テクニカルなダウンヒルの連続なんかは、そこに大きなリスクがあるという事は認識されるべきだろう。

可能な限り傾斜の緩いルートを探したり、あまりにも危険な部分にはしっかりと防護柵を設けるなど、やれる事はあるはずだ。

 

また、平坦ステージでの「3km・3秒ルールも見直す余地がありそうだ。

分かりやすいのは、「3km・3秒」を拡大して、例えば「5km・5秒」とかにする事だろう。

もっと極端な考え方としては、「タイム差を取るのは残り5km地点」としてしまってもいいかもしれない。

残り5kmで計測したタイムをフィニッシュタイムとして、それ以降はスプリントで勝負したい選手だけが全速力で競い合い、その他大勢はゆっくりと安全にフィニッシュへと向かう。

これなら、位置取り争いによる落車のリスクはかなり減り、もし高速域で落車が発生しても、巻き込まれる選手の数はかなり少ないだろう。

 

より愛される競技を目指して

こうやって書き連ねてみて思ったのは、現状のロードレースに改善点は色々ありそうだという事だ。

素人が考えてもこれだけ出てきたのだから、選手やレース関係者など、現場の人が本気で考えればもっと良い案も出ると思う。

なんとか、ロードレース界が一丸となって、より良い方向に進んでいってもらいたい。

 

「より良い方向」と表現してしまったけれども、ここで言う「良い」とはなんだろうか。

ここで改めて、冒頭に述べた言葉を思い出してみる。

 

果たして、自分は何が見たいのか。

主語を大きくするなら、我々ファンはロードレースに何を求めているのか。

ファン目線だけでない部分にまで話を広げるなら、ロードレースはどうあるべきなのか。

 

自分は…選手が全力で熱い戦いを繰り広げるのが見たい。

応援している選手が活躍してくれたらもちろん嬉しいけれども、それ以前の話として、手に汗握るような熱い戦いが見たいのだ。

そして、選手が落車やケガをするリスクというのは、それを妨げるものでしかない。

自分以外のロードレースファンも、選手のケガを喜ぶような人はいないだろう。

応援している選手が傷つく事はとても悲しいし、熱い戦いの機会が失われるのは残念としか言いようがない。

もちろん、どんなスポーツでも、競技を行う上でケガを完全に防ぐことは不可能だ。

だからと言って、明らかに過度なリスクを放置したまま競技が行われているのは、正常な状態ではないだろう。

 

現在、ベルナルがレースにいない事が、自分はとても悲しい。

ヤコブセンやエヴェネプールが大怪我を負った際も、多くの人が悲しんだ。

幸いにもその2人はトップコンディションまで戻ってこられたけれども、クリス・フルームは全盛期の輝きを取り戻せていないし、ベルナルもどこまで戻せるかは分からない。

そして…ビョーグ・ランブレヒトは帰らぬ人となってしまった。

ランブレヒトが亡くなってしまった翌日のレース。

あの画面越しにも伝わってくる、「悲壮」という言葉でさえ足りないような重苦しい空気を、自分は一生忘れないだろう。

あんな光景は二度と見たくない。

これは自分だけでなく、全てのロードレースファンの総意だろう。

 

落車やケガが起これば、その度にロードレースファンは辛い思いをする。

それでも、自分も含めて熱心なファンはロードレースを見続けている。

ただ、ショッキングな事故をきっかけに、ロードレースから離れた人もいるだろう。

初めてロードレースを見た人なんかは、その落車の多さ、そしてケガの多さに驚くだろう。

果たして、それは正常な状態なのだろうか。

現在のロードレースは、胸を張って「このスポーツは素晴らしい!」と、万人に薦められるものだろうか。

多くの人に受け入れられ、そして愛されるために、きっとロードレースは変わらなければいけないんだと思う。

 

もちろん、急には変われないかもしれない。

その間にも、また多くの落車や事故が起こり、ケガをする選手が出るだろう。

それでも、少しずつでもロードレースが「良い方向」へ変わってくれる事を願いたい。

この愛すべきスポーツが、より愛されるに相応しい姿になる事を願いたい。