ダウンヒルの申し子
イタリアはトスカーナ州の田園地帯を舞台に、セクターと呼ばれる11か所の未舗装路区間が美しくも激しいレースを生む「白き道」ストラーデ・ビアンケ。
歴史は浅いながらも注目度の高いこのレース、残念ながら前年の覇者タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)と3年前の覇者ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)は未出場だけれども、やはりかなりいいメンバーが集結!
- 一昨年の覇者、規格外の出力を誇る怪物マチュー・ファンデルプール(アルペシン・ドゥクーニンク)
- 2019年の覇者、前年の不振から脱却の兆しが見えるジュリアン・アラフィリップ(スーダル・クイックステップ)
- シクロクロス世界王者の防衛を捨ててロードレースシーズンに突入、未だその全貌が隠された大器トム・ピドコック(イネオス・グレナディアーズ)
- 昨シーズンからワンデーレーサーとして覚醒を見せているマテイ・モホリッチ(バーレーン・ヴィクトリアス)
- 2018年覇者、数少ない単独エースのチャンスを生かしたいティシュ・ベノート(ユンボ)
有力メンバーは大体こんな感じ。
好調なら個の力はファンデルプール、チーム力で秀でるのはスーダルとイネオスと言う構図になりそうかな。
スーダルはいかにしてアラフィリップの勝ちパターンを作れるか、イネオスはミハウ・クフィアトコフスキやマグナス・シェフィールドといったエースになり得る選手でレースをどう動かしてくるのか、とても楽しみではある。
抜けるような青空の下、レースはスタート!
序盤に逃げ集団を形成したのは、スヴェンエリック・ビーストルム(アンテルマルシェ・サーカス・ワンティ)、アレッサンドロ・デマルキ(チーム・ジェイコ・アルウラー)、そして19歳イバン・ロメオ(モビスター・チーム)の3人。
メイン集団は最大で6分以上のタイム差と、逃げ集団を泳がせつつ、中盤以降に始まる勝負所に向かって緊張感が高まっていくのが見て取れる。
大きな動きがあったのは、やはり第8セクター「モンテ・サンテ・マリエ」。
まずアタックを仕掛けたのは、2020年に4位入賞の実績があるアルベルト・ベッティオール(EFエデュケーション・イージーポスト)。
2019年ロンド・ファン・フラーンデレン優勝者による危険なアタックは当然見逃すわけにはいかず、アンドレア・バジオーリ(スーダル)とピドコックが反応する。
「ここでピドコックを動かすのか…」なんて思っていたら、直後のダウンヒル区間でピドコックはベッティオールとバジオーリを突き放していく!!
昨年のツール・ド・フランスでも見せた、超絶ダウンヒルテクニック…!!
セクター8 モンテ・サンテ・マリエで抜け出したベッティオル、バジオーリを下りで突き放すトーマス・ピドコック(IGD)
— J SPORTSサイクルロードレース【公式】 (@jspocycle) March 4, 2023
Cycle*2023 ストラーデ・ビアンケ
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ピドコックは逃げから脱落したロメオをぶち抜き、あっという間に先頭に合流!
いやいや、速すぎ!!
ちょっと常軌を逸したスピード感と言うか…、ダウンヒルテクニックが突出しているのもそうだけれども、頭のねじが外れているのではないかと言いたくなるぐらいの攻めっぷり!
そして恐ろしいのは、そんな攻め方をしながらバイクをしっかりコントール出来ているのが見て取れて、危うさを感じないところ。
攻めてはいるけれども無茶はしていない、そんな状態で、ライバルを文字通り置き去りにするあの速さ。
ダウンヒル巧者として、間違いなく現役最強クラスだ。
もちろん、メイン集団としては30秒先行したピドコックを放ってはおけないので、動きが掛かる。
残り42km、まずはファンデルプールがアタック。
ただ、いつものような強烈な一撃ではなく、じわじわと加速していったその動きは、割とあっさりと潰されてしまう。
残り41kmからは、これまたダウンヒル巧者のモホリッチによる加速、そのカウンターでアンドレアス・クロン(ロット・デスティニー)によるアタックと、断続的に動きが発生。
直後にベッティオールとシェフィールドという有力選手の落車はありつつ、若干睨み合いながらもピドコックを追走を続ける。
ペースのアップダウンを繰り返した追走集団は気が付けば分裂、ファンデルプールは後方集団に取り残されてしまう。
一方の先頭では、残り31kmでビーストルムが脱落。
そして残り23km、第9セクター「モンテ・アペルティ」でデマルキも振り落とされる!
ピドコックと追走集団のタイム差は相変わらず30秒ほど、逃げ切るか捕まるか、まだどちらにもなり得る絶妙に面白いタイム差だ。
追走集団からはべノートを中心に複数回のアタックが掛かり、ピドコックとのタイム差が縮まっていく…!
残り20kmを過ぎると、タイム差は20秒弱ぐらいで行ったり来たり。
残り14km辺り、タイム差は10秒ほどにまで縮まり…これはそのまま捕まるか?
と思っていたら、追走が牽制状態になってタイム差はまた20秒前後に。
しかしここからまたタイム差は縮まり始めて、残り11.5kmでついに10秒を切る!
今度こそ追いつくかと思ったけれども、ピドコックが粘る!
残り10kmを切って7秒差という、もはや視界に収まる距離にまで詰められても、ピドコックがそこからものすごい粘りを見せて追いつかせない!!
市街地のダウンヒルを活かして必死で逃げるピドコック、ライバルを置き去りにしてピドコックに追いつきたいけれども、そこまでの脚は残っていない追走の選手たち…!
そしてタイム差は…広がる!!
残り5kmで20秒強!!
そこからタイム差は…動かない!!
ピドコックの脚は衰えない!!
残り1km、旧シエナ市街地への入り口となるゲートを、ピドコックは後続に30秒のタイム差を付けて通過。
そして最後の勝負所である「サンタカテリーナ通り」の激坂を、ダンシングで力強く登っていく。
登り終わる瞬間にチラリと後方を確認、迫ってくるライバルは…いない。
残り100m、落車の危険性もある鋭角なコーナーを抜けると、ようやく表情を緩める…!
「世界一美しい」カンポ広場のフィニッシュ地点へ、悠々と腕を掲げながらやってくる!!
衝撃的なダウンヒルアタック、そして痺れるような粘り!!
天才ピドコック、その光り輝く経歴に新たな1ページを加える鮮烈な逃げ切り勝ち!!
いや~、凄いものを見た!
まずは、その恐ろしいまでのダウンヒルアタック。
ダウンヒルであれだけのスピード差が出るとは…本当に凄すぎる。
そして、終盤に見せた驚異の粘り。
長距離を独走していた選手が追走集団にあれだけ近づかれたら、普通はそのまま吸収されるでしょ。
それを、まさかタイム差が10秒を切ってから、逆に広げていくとは…まあ驚いたよね。
いや~、凄かった!
奇しくも仕掛け所がほぼ同じだった、昨年のポガチャルによる独走勝利もとんでもなく衝撃的だったけれども、この日のピドコックはまた別ベクトルで凄い走りだった。
そもそも、シクロクロス世界王者にして、東京五輪マウンテンバイク競技ゴールドメダリスト、そしてロードレースでもジュニア時代から「無双」する、とんでもない才能の持ち主であるピドコック。
ロードレースでのプロデビューからここまでの2年間、イマイチその才能を発揮しきれていない印象もあったけれども、遂に開化の時がやってきたのかもしれない。
シクロクロス世界王者の防衛を捨ててまでロードレースに向けて調整を進めてきた今シーズン、クラシック戦線の中心選手として暴れまわる姿に期待したい。
それでは、また!