いつだって、こちらの予想のはるか上
イタリアはトスカーナ州、田園風景が広がる丘陵地帯を駆け抜ける美しくも険しいレース、「白い道」ストラーデ・ビアンケ。
レース名の由来であるセクター(イタリア語ではセットーレ)と呼ばれる未舗装路区間は、初開催が2007年と歴史は浅いながら、これまでも数々の名勝負を生み出してきた。
今大会は、総距離が215kmと例年よりも30kmほど伸びたことにより、セクターの数も15へと増加。
レースの格式を高めようと、新たな歴史を刻むべく生まれ変わったレースは、直近の優勝者2人による直接対決が注目を集めることに。
まずは2022年の優勝者、ツール・ド・フランス2連覇にモニュメント(5大ワンデーレース)5勝など、現役最強のライダーとして名高いタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)。
そして2023年の優勝者、2022年シクロクロス世界王者にして東京五輪マウンテンバイク競技金メダリスト、ロードレースでは未だその全貌を見せていない大器トム・ピドコック(イネオス・グレナディアーズ)。
奇しくも、両者のこのレースの勝ち方は、「約50kmの独走」と酷似していた。
ただし、抜け出すポイントとなった第8セクター「モンテ・サンテ・マリエ」のダウンヒルは、コース延長の影響でフィニッシュまでの距離が80kmと、かなり状況は変わっている。
どこで、どのように仕掛け、どんな勝ち方をするのか。
それとも、他の有力選手…マテイ・モホリッチ(バーレーン・ヴィクトリアス)、クリストフ・ラポルト(チーム・ヴィスマ・リースアバイク)、ジュリアン・アラフィリップ(スーダル・クイックステップ)などが、牙をむくのか。
雨模様の中、スタートの砲が鳴らされる。
中継映像が届いたのは残り93km辺り、第7セクターの途中から。
UAEのイサーク・デルトロがメイン集団牽引のペースを上げたことで、逃げを全て吸収し、そしてメイン集団がかなり…40人弱ほどにまで絞り込まれているという状況。
ただ、第7セクターを抜けるとデルトロはそこまで強烈なペーシングは行わず、遅れていた選手が徐々にメイン集団に追いついてくる。
残り90.5km、少し落ち着いた空気が流れ始めていたメイン集団から、クイン・シモンズ(リドル・トレック)が単独での抜け出しを敢行。
そして残り84km、いよいよ第8セクター、モンテ・サンテ・マリエに突入。
UAEから牽引役を受け継いだイネオスのアシスト陣による牽引で、シモンズのリードは僅か10秒強にまで縮まっている。
モンテ・サンテ・マリエに入ると、再びUAEがメイン集団の主導権を握りにいく。
ティム・ウェレンスが牽引役を担ってペースを上げ、残り82.4km辺りでシモンズを吸収すると、その直後に「事件」が起こる。
ダウンヒルを抜けた先の登り返し、残り81kmというとんでもない位置から、ポガチャルがアタック…!?
この意表を突いた…常識外れの残り距離からのアタックに、反応できる選手はいない…!!
快調に踏み続けるポガチャルに対して、メイン集団は…若干の牽制状態か?
残り79km、既に25秒ほどのリードを稼いだポガチャルを追いかけようと単身飛び出したのは、マクシム・ファンヒルス(ロット・デスティニー)。
ファンヒルスはメイン集団から30秒ほど先行して、ポガチャルを追いかけようと試みる。
しかし、残り73km辺りの時点で、ポガチャルとファンヒルスのタイム差は1分にまで拡大…!
ポガチャル、まさかこのまま80km逃げ切ってしまうのか…!?
メイン集団は追走の協調が取れず、更にはウェレンスによるローテーション阻害もあり、ペースが思ったように上がらずに、一旦突き放された選手がパラパラと集団復帰してくる。
そして果敢な単独追走を仕掛けていたファンヒルスも、消耗するのを嫌ってか、ペースを緩めて残り68km辺りでメイン集団に吸収される。
この時点で、ポガチャルとのタイム差は…2分。
ベン・ヒーリー(EFエデュケーション・イージーポスト)が何度もアタックを仕掛けて抜け出しを試みてはいるけれども、その動きはことごとくウェレンスがチェック。
そうこうしている内に、残り46km地点で、ポガチャルとのタイム差はついに3分を超える…!!
これは…決まった。
ポガチャルに何か大きなトラブルがない限り、直近2年の衝撃を大きく上回る、とんでもない独走勝利が成し遂げられることになる…。
残り40kmでファンヒルスによる再びの単独追走、残り28kmではトムス・スクインシュ(トレック)も追走、そして残り20kmでこの2人が合流するけれども、ポガチャルは未だに3分以上前方を快走。
残り18.5kmでのピドコックの飛び出しは、余りにも…ポガチャルどころかファンヒルスとスクインシュにも届かないほど、機を逸しすぎていた。
一方のポガチャルは、快調そのものどころか、観客やカメラに向かって笑顔を見せるほどの余裕っぷり。
そりゃそうだ、1~2回パンクでバイク交換をしても、まず間違いなく逃げ切れるほどのタイム差があるのだから。
あとは、フィニッシュまで走り抜けるだけ。
リラックスした表情で、リスクを冒さずに、独走を楽しみながらフィニッシュへの距離を減らしていく。
美しき旧シエナ市街地の城門をくぐり、観客とハイタッチする余裕を見せながら、最後の勝負所「サンタ・カテリーナ通り」をウィニングランの舞台へと変えて…。
最強の王者は、世界で最も美しいと称えられる「カンポ広場」へと凱旋する。
その走りにふさわしい、王者の所作で歓声に応えながら。
ポガチャルはいつだって、こちらの想像になんか収まらない…!!
シーズン初戦から、まさかの81km独走勝利!!
いや、もうさ…コメントのしようが無いよ。
「凄い」とか「驚き」とか、もはやそんな次元でもない。
「あぁ、これがポガチャルだ…」と、その走りを受け入れるしかない。
「この絶対王者に不可能や限界は無い」と言いたくなる、まさにポガチャルらしさ全開、衝撃の勝利だった。
そして2位争いは、サンタカテリーナ通りでカウンターアタックを決めたスクインシュが制した!
登坂力に秀でるファンヒルスの早めの仕掛けに動じずに、カウンター一発で仕留めたその冷静さはお見事!
3位となったファンヒルスは、ポガチャルに対して2度単独追走を仕掛ける積極性と意欲は、本当に高く評価するべきだと思う。
最後は流石に力尽きてしまった感はあるけれども、今後のワンデーレースも楽しみだ。
衝撃の…更にその上
もの凄い展開のレースや、あまりにも圧倒的な走りに対して、「衝撃的」なんて言葉を使うことがあるけれども、何というか今回は…その更に上だった気がする。
「呆気にとられる」とか「唖然とする」みたいな…、驚きを通り越してただ茫然と見届けるだけ、という感じだった。
いやほんと、凄すぎるよポガチャル。
昨年ツールの悔しさをバネに、更に強くなったのだろうか。
2024年シーズン、ポガチャルの新章が始まるのかもしれない。
おまけ
今日の1枚
フォトジェニックだねぇ…。