気持ちの整理が必要
新型コロナウィルスの影響で開催すら危ぶまれたツール・ド・フランス2020が、無事に終了しましたね。
展開の激しいステージが多くて見どころの多い大会でしたが、特に第20ステージでの大逆転劇(【レース感想】ツール・ド・フランス2020 第20ステージ - 初心者ロードレース観戦日和)は、今後語り継がれていく伝説のステージだったと思います。
若き王者となったタデイ・ポガチャルがこの先どんな走りを見せてくれるのか、楽しみで仕方がありません。
そして当たり前の話ですが、勝者がいればもちろん敗者もいる訳です。
第20ステージ終了直後のプリモシュ・ログリッチの呆然と座り込む姿は、ログリッチやユンボ・ヴィスマのファンからしたら思い出すのも辛いようなシーンだったのではないでしょうか。
しかし、エガン・ベルナルのファンである自分としては、最も辛かったのは第15ステージです。
ツール・ド・フランス2020の第15ステージ、前年覇者のエガン・ベルナルが超級山岳グラン・コロンビエールで大きく遅れてしまい、総合優勝争いから脱落してしまいました(【レース感想】ツール・ド・フランス2020 第15ステージ - 初心者ロードレース観戦日和)。
大会序盤から不調と囁かれながらここまではなんとか食らいついていたんですが、さすがにこの時点でトップのログリッチから8分遅れてしまっては、まだ第2週目ながら完全に終戦と言わざるを得なかったです。
これほど大きく遅れる事に対して全く心の準備ができておらず、正直言って心中穏やかではいられませんでした(苦笑)
※ベルナルが遅れた直後の悲痛なTweet
ああぁぁ…
— kiwa (@kiwa2408) September 13, 2020
流石にこれは終戦だ…
ああぁぁ…#jspocycle #TDF2020 #ロードレースjp
※レース終了直後の自失状態でのTweet
なんも言えねぇ…
— kiwa (@kiwa2408) September 13, 2020
今はなんも言えねぇ…#jspocycle #TDF2020 #ロードレースjp
いや~、なかなか辛かったですね…。
それでも翌日にはステージの感想記事を書きあげ、とりあえず表面上は平静を装っていますが…、やはりまだ気持ちの整理が100%終わってはいないというのが本音です。
第15ステージだけはハイライトを見返せないぐらいにはダメージが残っています(笑)。
負けるにしても、こんな遅れ方をしてしまうとは全く想像していませんでしたから…。
そして第17ステージの前に背中と膝の痛みを理由にリタイアをする事に。
まぁ、逆に納得と言うか、調子が悪かったことにしっかり理由があって安心したというか…。
色々と不完全燃焼でしたが…、とにかくまずはゆっくり心身を癒して、また元気な姿を見せて欲しいですね。
この記事は、そんなモヤモヤを抱えた自分の気持ちと頭を整理する為に、
- 自分が思った率直なベルナルの状態と敗因
- そもそもなんでベルナルが好きなのか
以上の2点を書き連ねるという、ひたすら自分のための文章となります。
これまでの用語解説・選手紹介・レース感想などとは全く趣旨の違う、ただの自己満足的な内容だとは思いますが、お付き合いいただければ幸いです。
何故ベルナルは敗れたのか
ベルナルは大会序盤から、というか前哨戦のツール・ド・ランやクリテリウム・デュ・ドーフィネから、最大のライバルであるユンボ・ヴィスマのログリッチに圧倒され続けていました。
昨年の覇者であるベルナル、そして大会5連覇中であるチーム・イネオスが、なぜこんなにも一方的に敗れてしまったのでしょうか。
素人なりに見ていて感じた要因を、
この3点に分けて挙げていってみたいと思います。
イネオス側の要因
・ベルナルの状態
正直な話、ツール期間中ずっと調子が悪かったですよね。
登りでのペダリングに普段の力強さと軽さが無く、5段階評価で言えば2~3ぐらいの調子をウロウロしていたように感じました。
ファンとしてはそれでも応援し続けましたが、心の奥の方では「これは無理だな…」と冷静に考えている自分もいました。
それでも騙し騙しやっていましたが第15ステージでついに限界を超え、特大の「バッド・デイ」となってしまったという事でしょう。
もし第15ステージで遅れなかったとしても、あの調子のままだったら勝つ事は難しいというか、まぁ不可能だったと思います。
レース再開直後のルート・ド・オクシタニーでは総合優勝したように、決して中断期間中の過ごし方が悪かった訳ではないと思いますが、クリテリウム・デュ・ドーフィネを途中リタイアする原因となった背中の痛み、結局これが癒えなかった事に尽きるでしょう。
・頼れる先輩の不在
ゲラント・トーマスとクリス・フルームがいなかった事、これは想像以上に影響が大きかったのではないでしょうか。
ベルナルは昨年も開幕前から優勝候補として挙げられていましたが、前年の覇者であるトーマスがダブルエースとしていてくれた事から、恐らくプレッシャーはそれほど大きくなかったのだと思われます。
今年も元々の予定ではベルナル、トーマス、フルームのトリプルエース体制でプレッシャーを分散できるはずだったのですが、トーマスとフルームの調子が上がらずにメンバー外となってしまいました。
急遽昨年のジロ・デ・イタリア覇者のリチャル・カラパスがメンバーとなりますが、早々にタイムを失ってしまい、結局ベルナルが1人でエースを務める形に。
昨年の優勝者といえども、まだ23歳の若者にとっては常勝チームの単独エースのプレッシャーが大きかった事は想像に難くありません。
・アシストの不振
前身のチーム・スカイ時代から、アシストの圧倒的なペーシングで文字通りツールを「支配」してきたイネオスですが、昨年はその支配力に少し翳りが見え始め、そして今年は…残念ながら全く機能しませんでした。
新戦力のアンドレイ・アマドールは全く調子が上がらず、パヴェル・シヴァコフは第1ステージでの激しい落車によって1週目は完走が精一杯、カラパスもツール前のレースでの落車の影響か調子の波が激しかったです。
そして詳しくは後述しますが…ライバルのユンボがイネオスのお株を奪うような圧倒的な支配力を披露しました。
そのユンボによる強力な登坂のペーシングに対して、安定して対抗できたのはミハウ・クフィアトコフスキとジョナタン・カストロビエホぐらいでしょうか。
結果的に、ベルナルは勝負所で盤石の態勢を敷くユンボに対して、単騎で対応しなければならない場面ばかりでした。
好調時ならそれでもある程度戦えた可能性はありますが…、本人の調子も最悪だったためにどうしようもなかったと思います。
ユンボ側の要因
・ログリッチの調子と走り方
圧倒的な走りを披露していたログリッチですが、最大のキーワードは「安定感」だと思います。
先ほどのベルナル同様に調子を5段階で評価するなら、「常に4」というような安定感を作っていたように感じます。
昨年のブエルタ・ア・エスパーニャでも同様の走りをしていましたが、余裕があっても必要のない場面では無駄に踏み込まず、力を使いすぎて調子が落ちないように上手くコントロールしていたように見えました。
これは、昨年のジロ・デ・イタリアの終盤に失速して3位に転落してしまった経験から、彼とチームが編み出した3週間の戦い方なのでしょう。
最終的に、今回はそれが裏目に出たのはとても皮肉な話ですが…。
・絶好調だったアシスト陣
前哨戦から絶好調で「在りし日のスカイ山岳トレインより強いんじゃないか」などと言われていたユンボのアシスト陣は、ツール期間中もその調子をキープして、他のチームに付け入る隙を全く与えませんでした。
平坦では必ず前にいた世界最高の平坦牽引役であるトニー・マルティン、今大会最強の山岳アシストだったセップ・クス、平坦系のはずなのに超級山岳でもガンガン前を牽く異次元の走りを見せていたワウト・ファンアールト、そして世界最高峰のオールラウンダーの1人であるトム・デュムラン…。
名前を並べるだけでも眩暈がするような超豪華布陣は圧倒的でしたし、脇を固めるジョージ・ベネット、ロベルト・ヘーシンク、アムントグレンダール・ヤンセンも十分に仕事を果たしていました。
このアシスト陣によるメイン集団の完全支配と、前述のログリッチの安定感が相まって、山岳ステージでログリッチからタイム差を奪うのは実質不可能でした。
唯一の例外は、横風でタイムを失ったことによってユンボから見逃してもらえた、第8ステージのポガチャルのみ。
これも最終結果を踏まえて見直すと、とても皮肉な話ですが…。
ポガチャルの強みとは?
・登坂力
シンプルですが、その登坂力は世界最高クラスにあるのは間違いないでしょう。
冷静に振り返れば、ツール・ド・ラブニール総合優勝、ツアー・オブ・カリフォルニア総合優勝、そしてブエルタ3位入賞をほぼ単騎で成し遂げた訳ですから、尋常では無いのは明らかです。
そして、いわゆる「ピュアクライマー」というと小柄で軽量なので登坂力に優れ、逆に高出力を出すのは苦手な選手(ナイロ・キンタナやミゲルアンヘル・ロペスなど)をイメージしがちですが、ポガチャルは176cm・66kgと決して軽量ではありません。
それだけの筋肉量があるという事で、結果としてゴール前でログリッチを抜かすようなスプリント力を有し、そして第20ステージで見せたタイムトライアルでの走りもできるという訳ですね。
ちなみに偶然かどうかは分かりませんが、この数字はログリッチ(177cm・65kg)とほぼ同じです。
ちなみにベルナルは、「軽量(170cm・58kg)なピュアクライマーのはずなのに、高い出力を出せる選手」だそうです。
だからタイムトライアルでも好走しますし、たまにしれっと山岳での小集団登りスプリントに参加したりしています。
・尋常じゃないタフさ
昨年のブエルタでの走りを見た際に「とんでもなくタフだな」とは思いました。
山岳アシストが壊滅状態で3週間ほぼ単騎で立ち回り、疲労もMAXであろう第20ステージで独走を仕掛けて逆転での総合3位入賞は、度肝を抜かれた記憶があります。
そして、そのタフさの秘密は「冷静な精神力と驚異的な肉体の回復力」だそうです。
(※出典:「世話の要らないマイヨジョーヌ」 冷静さと回復力が武器の若きツール覇者ポガチャル - ツール・ド・フランス2020現地レポートby綾野 真 | cyclowired)
このシクロワイアードの記事に「ポガチャルにはDNAに由来する冷静さを失わない脳の優位性が有り、加えて驚異的な代謝、回復力を併せ持つことが研究で分かった」と書いてありますが、メンタルの部分も遺伝子で説明ができる時代なんですね…。
確かに、第20ステージ出走前のリラックスした様子には驚きましたが…。
あの大舞台で最高のパフォーマンスを披露できる心身両面のタフさを備えた22歳の若者とは、末恐ろしすぎます。
3週間を通じて大きな不調が無かった(強いて挙げるなら第17ステージ?)事も納得です。
登坂力と冷静さを失わないメンタルと回復力。
3つ合わせてのマイヨジョーヌ獲得、お見事でした!
何故ベルナルの事が好きなのか
さて、ある意味ここからが本題ですが…、まずは単刀直入に書きます。
2019年、自分が初めてリアルタイム視聴したレースであるパリ~ニース、そこで総合優勝したベルナルを一気に好きになりました。
ちなみに、このパリ~ニース開幕時点での自分のロードレースに関する知識量は、
- グランツールとモニュメントの存在と価値は理解している
- ワールドツアーのステージレースは全部は把握しきれていない
- 主要クラシックレースもまだ把握しきれていない
- 先頭交代の意味は理解しているが、色々な暗黙の了解については怪しい
- 横風分断は全く知らない
- 脚質についてなんとなく理解しているものの、今思えば大分怪しい理解
- ツールではスカイ(現イネオス)が連覇中で、クリス・フルームが絶対的エース
- ミハウ・クフィアトコフスキは元世界王者なのに、スーパーアシストとして活躍
- コロンビア人は山に強く、その筆頭がナイロ・キンタナ
- ペテル・サガンはスーパースター
- ベルナルの事はスカイ期待の若手として認識はしているものの、実際に見たことは無い
こんな感じの、えらく偏ったものだったような気がします。
まだ明確に「誰かのファン」という状態ではありませんでしたが、YouTubeの動画でロードレースにのめり込むきっかけの1人であったフルームは間違いなく好きだったので、「緩いスカイファン」ぐらいの感覚でパリ~ニースの視聴を開始します。
そうしたら、第1ステージと第2ステージでいきなり「横風分断」や「エシュロン」などの知らない用語が飛び交う展開に目を白黒させましたが…、これを理解する為に色々調べたりしたのはいい勉強になったなと今でも思います。
そんな中、軽量クライマーなのにクフィアトコフスキやルーク・ロウと一緒に横風分断を仕掛けるベルナルの凄さを少しだけ理解して、そしてその穏やかながら意志の強そうな表情に魅力を感じ始めます。
第5ステージの個人タイムトライアルでも好走する姿に驚き、この時点でかなりベルナルの事が気になっていたのをよく覚えています。
そして決定的だったのは第7ステージ、テュリーニ峠でのキンタナとのマッチアップです。
自分の中で「山岳で1番強い選手」という認識だったキンタナと共に山を駆け上がっていく姿、サングラスを外した鋭い視線、ただただ純粋にかっこよかったです。
そして第8ステージでのキンタナの反撃も冷静に乗り切り、見事に総合優勝!
レース後のインタビューでの、22歳とは思えない落ち着きっぷりと思慮深げに言葉を選ぶ姿も(もちろん自分はスペイン語は全く分かりませんが…)とても魅力的でした。
余談ですが、初めて見たレースがこのパリ~ニースだったのは、今思えばとても幸運だった気がします。
横風分断、大迫力のスプリント、劇的な逃げ勝利、平坦な個人タイムトライアル、1級山岳フィニッシュ、逆転を狙ったモビスターの大胆な前待ち、スカイの冷静なコントロールなど、かなりてんこ盛りな内容ですよね。
こうして、晴れてベルナルのファンとなった自分は、まずはベルナルの過去のリザルトなどを調べ始めます。
若手の登竜門ツール・ド・ラヴニール総合優勝、ツアー・オブ・カリフォルニアでの最年少ワールドツアー制覇、ツール・ド・フランスでの献身的なアシストなど…。
ただの期待の若手ではなく、今後のロードレース界の主役となるであろう、期待の星である事をここで初めて理解しました。
そして、エースとしてジロ・デ・イタリアに挑むという情報に胸を躍らせますが、残念ながら直前の骨折で出場できませんでした。
ベルナルを応援しながらジロを観るつもりだったのですが、逆にベルナルが不在だったためにこのジロをフラットな気持ちで見られたのも、レース全体や多くの選手を理解する助けになった気がします。
復帰戦となったツール・ド・スイスは回復状態を心配しながらの観戦でしたが、圧巻のクライミングを見て「これが自分が期待していた通りのベルナルだ!無念のフルームの代わりにそのままツールも優勝だ!」とテンション爆上がり状態でツールに突入します。
そして迎えたツール・ド・フランス2019。
正直言って、第13ステージの個人タイムトライアルと、第14・第15ステージでティボー・ピノから離された辺りは「…3週目にピークを合わせているだけだから」と強がりながらも、内心はかなりビビっていました(汗)。
そして、遂に見せてくれた本領発揮、第18ステージでのアタックと、何より第19ステージのイズラン峠での走りには、もう何というか…心が震えました。
特に第19ステージのあの勢いは、今まで自分が見てきたどのアタックよりも素晴らしい、ベルナルのベストシーンだと思っています。
惜しむらくは、悪天候でその後のレースが中断してしまった事です…。
たらればをいっても仕方ありませんが…、あのままサイモン・イェーツと共に逃げ切れば、今回のポガチャルとはまた別方向で伝説の走りとして語り継がれるようなものになっていたと思いますし、山岳賞も獲得していた可能性が高いと思います。
まあでも、見事にツール・ド・フランス総合優勝を飾ったのでOKです。
凄いぞベルナル!
そして秋のクラシックレースでも、グランピエモンテ優勝にイル・ロンバルディア3位と、新たな可能性を感じさせてくれました。
脚質的に、イル・ロンバルディアとリエージュ~バストーニュ~リエージュなら十分狙えると思っています。
え~、長々と語ってしまいましたが、シンプルに一言で終わらせることもできます。
ベルナルの走りもキャラクターも好き!
もう、これに尽きます。
その圧倒的な登坂力と冷静な判断力、レース中の強い眼差し、そして普段の穏やかで落ち着いた雰囲気、全部好きです。
だから、もちろんこれからも応援し続けます。
まずはしっかり傷を癒し、また元気に走っている姿が見たいです。
ポガチャルやレムコ・エヴェネプールなど同年代のライバルはたくさんいますが、彼らと胸が躍るような熱い激戦を繰り広げ、そして多くの勝利を重ねてくれると信じています。