「ツール・ド・フランスを初めて見る」ような人向け
ツール・ド・フランス2022の開幕が迫ってきましたね。
ツール・ド・フランス(以下ツールと表記)は「ロードレースにおける露出の80%を占める」とも言われるロードレース界最大のイベントです。
ただ、「初心者向け」のイベントかと言われると、決してそうではない部分もあると個人的には思います。
まず、長いです。
21日間(休息日も含めると23~24日間)と、かなりの長丁場です。
そして、出場選手が多いです。
8人×22チームで、なんと176人もの選手が出場します。
どこにフォーカスして、そして誰に注目すればいいのか、観戦初心者の方は戸惑う可能性も高そうです…。
「初心者向け」を標榜している当ブログとしては、これは放ってはおけません。
という事で、この記事では観戦初心者向けに「ツールの概要説明」と、「注目選手の紹介」を行っていきます。
あくまで初心者(初めてツールを見るような人)向けなので、レースを分かっている人からしたら基本的過ぎて退屈な内容かもしれません。
それでも、ロードレースに興味を持ってくれた初心者の方がツールを楽しむ助けになれば幸いです。
まず、ツールってなんだ?
そもそも、ツールとは一体どのようなレースなのでしょうか?
まずはその根本的な部分から始めましょう。
(「ステージレース」や「グランツール」という言葉の意味が充分に分かっている方は、この項目を飛ばして下さっても問題ありません)
大前提として、ロードレースには「ワンデーレース」と「ステージレース」という、2種類のレース形態があります。
「ワンデーレース」は、ワンデー(1day)の文字通り「1日のみ」で争われるレースです。
もう一方の「ステージレース」は、数日間から最長で3週間の期間、各日ごとに異なるコース(ステージ)を走り、その合計タイムで「総合優勝」を争うレースです。
そして、先ほど「21日間の長丁場」と書いたことからも分かるように、ツールはこのステージレースにカテゴライズされるレースになります。
ステージレースの特徴として、総合優勝だけでなく、各ステージの勝利や、ポイント賞や山岳賞といった「特別賞」も大きく表彰される事が挙げられます。
総合優勝を狙えるような選手だけでなく、一芸に秀でた選手などにも活躍の場があるという事です。
そして、総合狙いの選手、ステージ勝利狙いの選手、はたまた各賞狙いの選手などの思惑が入り乱れると、レースは時折予想もできないような展開やドラマを生み出したります。
そういった筋書きの無いドラマが、ステージレースの大きな魅力の一つと言っていいでしょう。
各レースには「ワールドツアー」や「プロシリーズ」というランク付けがされていますが、当然ツールは最上位カテゴリーの「ワールドツアー」になっています。
ワールドツアーの中にも様々な規模(ステージ数)のステージレースがあるのですが、ツールはその中でも最大規模の「グランツール」と呼ばれるレースの一つです。
グランツールはツールの他に、ジロ・デ・イタリアとブエルタ・ア・エスパーニャを加えた、計3つとなっています。
その最大の特徴は、やはりその開催期間の長さでしょう。
全21ステージ、約3週間にも渡る長きレースです。
これだけの長丁場になると、本当に色々な出来事が起きて、たくさんのドラマティックなシーンが生まれます。
3週間という長さを感じさせないような濃密さが、多くのファンを魅了してやまないのでしょう。
グランツールの中でも、ツールは別格の存在です。
前述のように、「ロードレースにおける露出の80%を占める」ほど、飛び抜けた注目度と重要度になっています。
そんなロードレース界で最大のイベントに対して、各チーム、そして各選手は並々ならぬ気合を入れて臨みます。
総合首位の証であるマイヨ・ジョーヌを目指して、はたまたステージ勝利を狙って、特別賞を狙って、更にはスポンサーへのアピールも狙って…。
世界最高峰の選手が集い、最高のレースを繰り広げる、ロードレースの祭典。
それが、ツール・ド・フランスです。
注目選手紹介!
さて、ここからは本題である注目選手紹介です!
以下の4カテゴリーに分けて、紹介を行っていきます。
- 総合優勝争いをする選手
- スプリンター
- その他ステージ狙いの選手
- エースを支えるアシスト
選手の特徴を表す「脚質」というカテゴライズをある程度理解しておくと、より分かりやすいかもしれません。
レースの主役、総合勢!!
まずは、最大の名誉である総合優勝を狙う選手から紹介しましょう。
「総合系」などと呼ばれる彼らは、間違いなくツールという長い物語の主役です。
タデイ・ポガチャル
若き絶対王者
・国籍:スロベニア
・年齢:23歳
現在ツールを2連覇中と、23歳にしてロードレース界の頂点に立つのがこのポガチャルです。
プロデビューは2019年、前年に若手の登竜門的大会であるツール・ド・ラヴニールを制覇した事もあって、U23カテゴリーをすっ飛ばして20歳でのトップカテゴリーチーム登録と、当時からその才能はかなり高く評価されていました。
そしてポガチャルはその期待に違わぬ…いや、周囲の期待をはるかに超えるような成績を残し続けます。
まずは5月のツアー・オブ・カリフォルニアで史上最年少となるワールドツアー総合優勝、そして8月にはグランツール初出場となったブエルタ・ア・エスパーニャで総合3位と、いきなりグランツールの総合表彰台に登ってしまったのです。
新型コロナウィルスの影響でスケジュールが乱れた2020年、ポガチャルの快進撃は止まりません。
期待を背負ってツールに初めて出場すると、なんと第20ステージで歴史に残る大逆転劇を起こして、戦後最年少での総合優勝に輝きます。
若くして世界の頂点まで上り詰めたポガチャルでしたが、翌2021年もその勢いは留まるところを知りません。
複数のステージレースの総合優勝に加えて、モニュメント(5大ワンデーレース)の一角であるリエージュ~バストーニュ~リエージュでも優勝と、まさに無双状態。
そしてディフェンディングチャンピオンとして臨んだツールでの走りは…王者の貫禄を感じさせる、圧倒的なものでした。
第5ステージではタイムトライアルステージでスペシャリストを抑えてのステージ勝利、第8ステージではライバル達に3分以上のタイム差を叩きつける独走、そして最終盤の第17ステージと第18ステージでの山岳決戦でも容赦なくステージ連勝と、1人だけ別次元の走りを続けます。
強力なライバルが途中でリタイアした影響もありましたが、その一分の隙も無い走りは「虐殺」や「血祭り」と評されるぐらい、手の付けようがありませんでした。
最終的な総合2位とのタイム差は、なんと5分20秒。
直近3年のツールにおける総合首位と総合2位のタイム差(2020年:59秒、2019年:1分11秒、2018年:1分51秒)と比べると、その異常さがよく分かると思います。
現役最強とも評される登坂力、スペシャリストを負かすほどのタイムトライアル能力、パンチャー相手に競り勝つようなスプリント力、ステージレース終盤でも高パフォーマンスを維持する優れた回復能力、そしてここ一番で会心の走りを持ってくるメンタリティと、その能力には隙など全く見当たりません。
更には、所属チームのUAEもそんなポガチャルのためにここ2年で優秀な山岳アシストの補強をかなり積極的に行い、唯一の攻め所に見えたチーム力も相当なものになりました。
今シーズンも、UAEツアーにティレーノ~アドレアティコと、ワールドツアーのステージレースで当然のように総合優勝を繰り返していて、ライバル達はなかなか攻略の糸口すら掴めていません。
何もなければ、間違いなく今大会も優勝候補の大本命と言っていいでしょう。
ロードレース史に燦然と輝く伝説となり得る、ポガチャルの走りを見逃してはいけません。
プリモシュ・ログリッチ
挫折の度に強くなる不屈の男
・所属チーム:チーム・ユンボ・ヴィスマ
・国籍:スロベニア
・年齢:32歳
「元スキージャンパー」という異色の経歴を持ちながら、ポガチャルに対抗し得る実力を有するのがこのログリッチです。
ロード選手としてのキャリア開始がかなり遅かったログリッチでしたが、本格的な転向からわずか4年後、2016年に現チームと契約します。
その2016年、プロ契約初年度ながらグランツールの一つであるジロ・デ・イタリアに出場すると、なんとタイムトライアルステージでいきなり勝利を飾り、周囲を驚かせます。
翌2017年には世界選手権個人タイムトライアルで2位と、既にこの時点でタイムトライアルスペシャリストとして世界トップクラスでしたが、キャリアの浅いログリッチの才能はまだ開花し切っていませんでした。
すなわち、スペシャリストではなくオールラウンダーへと、ステージレースで総合優勝を狙う「総合系」の選手へと、ログリッチは進化していきます。
2018年から2019年の序盤、ログリッチはトップカテゴリーであるワールドツアーのステージレースで総合優勝を連発して「グランツールを狙える器」と評されるようになりました。
そして、「優勝候補の大本命」と目されながら出場したジロ・デ・イタリアでは、序盤から快調な走りを見せて一時は総合首位にも立ちましたが、終盤に失速してしまい総合3位と、経験の浅さが露呈してしまいます。
しかし、8月からのブエルタ・ア・エスパーニャではその失敗を活かしてか、「無理のない走り」を見せて総合優勝に輝き、改めてそのポテンシャルの高さを見せつけてくれました。
そして迎えた2020年のツールでは、第9ステージで総合首位に立つと、最終盤までマイヨジョーヌを守り抜きます。
残す総合争いの場は第20ステージのみ、そしてそれはログリッチが大得意なタイムトライアルステージだったので、多くの人がログリッチの総合優勝を疑っていませんでした。
しかし、待っていたのは…前述のように、ポガチャルによる大逆転劇です。
ログリッチはステージ5位と決して悪くない走りを見せましたが、総合2位に付けていたポガチャルが文字通り別次元のタイムを叩き出して、総合優勝を奪っていきました…。
ツール総合優勝を最後の最後で逃してしまったログリッチでしたが、10月のブエルタ・ア・エスパーニャでは連覇を達成と、見事なリバウンドメンタリティを見せてくれます。
この敗北を力に変える不屈の闘志こそ、ログリッチの一番の真骨頂です。
2021年も、「今年こそ」という意気込みで臨んだツールで落車による早期リタイアという挫折を味わいましたが、ツール閉幕の1週間後に行われた東京オリンピックでは個人タイムトライアルで金メダルを獲得、更にはブエルタ・ア・エスパーニャで3連覇を達成と、改めてその強さを見せつけました。
今シーズン、ログリッチはパリ~ニースで総合優勝、そして「ツール前哨戦」とも言われるクリテリウム・デュ・ドーフィネでも圧倒的な総合優勝と、最高の仕上がりを見せています。
また、チーム力の高さでは、ポガチャルのUAEよりもログリッチのユンボの方が若干有利にも見えます。
ヨナス・ヴィンゲゴー、ステフェン・クライスヴァイク、セップ・クスと充実の山岳アシスト陣は、後述するイネオス・グレナディアーズと並んで大会随一でしょう。
神が与えた試練か、はたまた悪魔のいたずらか、ツールはログリッチを弄んでいるかのようにも見えますが、今回こそ悲願の総合優勝を目指してログリッチは戦います。
結果がどうなるかは分かりませんが、ログリッチのその走り、その折れない心は、ロードレースの残酷さと美しさの両面を、私たちにくっきりと見せてくれるでしょう。
アダム・イェーツ
「最強チーム」の威信を背負って
・所属チーム:イネオス・グレナディアーズ
・国籍:イギリス
・年齢:29歳
2010年代に圧倒的な強さを誇ったイネオス(当時のチーム名はチーム・スカイ)の、新たなエース候補がこのアダム・イェーツです。
2010年代、クリス・フルーム(現イスラエル・プレミアテック)を中心としたこのチームは、10年間で実に7回のツール制覇と、まさにツールを支配していました。
2015年から2017年はフルームが3連覇、2018年にはフルームの盟友ゲラント・トーマスによる涙の総合優勝、そして2019年にはコロンビアの若き至宝エガン・ベルナルが戦後最年少での総合優勝(翌年にポガチャルが記録を更新)と、チームとして5連覇しながら世代交代も完璧にこなしていて、2020年代もイネオスの時代が続くように見えました。
しかし前述の通り、やってきたのはポガチャルという圧倒的な超新星の時代でした。
2020年、イネオスは当然ながら前年覇者のベルナルで連覇を狙いましたが、ベルナルは背中の痛みの為に途中でリタイアとなってしまいました。
翌2021年、ベルナルはジロ・デ・イタリアに出場して総合優勝を飾りますが、チームとしてまだ若いベルナルに無理はさせず、ツールへの出場は見送ります。
ツールにエースとして出場したのは、2019年ツール覇者のトーマスと2019年ジロ・デ・イタリア覇者のリチャル・カラパスでしたが、トーマスは落車の影響でタイムを失ってしまい、カラパスもポガチャルには歯が立たずに総合3位という結果に終わりました。
2年続けてツール総合優勝を逃したイネオスは、2022年は満を持して状態が回復したベルナルを投入する予定でした。
しかし、ベルナルは1月のトレーニング中にバスと衝突する事故を起こしてしまい、選手としての復帰どころか生命が危ぶまれるほどの重傷を負ってしまいます。
幸い、ベルナルは驚くほど順調な回復を見せていて、現在は自転車に乗ってのトレーニングが再開できるほどまで状態を戻していますが、未だに復帰の目途は立っていません。
そんなチームにとってかなり苦しいタイミングで、ツールのエースを務める可能性が高いのがこのアダム・イェーツです。
2014年に双子の兄であるサイモン・イェーツと共にオリカ・グリーンエッジ(現チーム・バイクエクスチェンジ・ジェイコ)でプロデビューしたアダム・イェーツは、2016年に2度目の出場となったツールで総合4位に入りヤングライダー賞を獲得と、早くからその頭角を現しました。
しかし、そこからはイマイチその才能を活かし切れず、現時点ではグランツールの総合表彰台を経験していません。
実績面ではポガチャルやログリッチに見劣りするアダム・イェーツですが、2020年にはUAEツアー、2021年にはボルタ・シクリスタ・ア・カタルーニャで総合優勝と、やはり水準以上のポテンシャルを有しているのは間違いありません。
そして、アダム・イェーツが所属するイネオス最大の強みは、そのチーム力でしょう。
2019年ツール覇者のトーマス、そして2021年にベルナルのジロ・デ・イタリア総合優勝をアシストしながら自身も総合5位という驚異の結果を残したダニエル・マルティネスと、エース級の選手を複数並べられるのが他のチームとの違いです。
チーム力という観点では、このイネオスとユンボがトップ2と言っていいでしょう。
正直なところ、勝負を決する最終局面で最重要なのは、エースの力量ではあります。
それでも、チーム力に秀でたイネオスがどのような勝負を仕掛けてくるのか、「最強チーム」のプライドを懸けてどのような戦い方をするのかは、今大会の大きな見どころの一つでしょう。
イギリス籍チームのイギリス人エースとして、アダム・イェーツの熱い走りに期待したいところです。
レースの花形、スプリンター!!
平坦ステージで勝利を争う集団スプリントは、ある意味では総合争いよりも分かりやすく、そして見応えのある勝負です。
フィニッシュ直前の短い距離に全てを懸けた、レースの花形とも言える有力スプリンターを紹介していきます!
ファビオ・ヤコブセン
「奇跡の復活」から最強へ
・所属チーム:クイックステップ・アルファヴィニル
・国籍:オランダ
・年齢:25歳
スプリントにおける最強チームであるクイックステップ、その若き新エースがヤコブセンです。
プロデビューした2018年にいきなり年間8勝と、ヤコブセンの才能は際立っていました。
続く2019年も、オランダ国内選手権を制し、そしてグランツール初出場となったブエルタ・ア・エスパーニャでステージ2勝と、順調すぎる程に実績を積み上げました。
しかし、2020年に悲劇がヤコブセンを襲います。
ツール・ド・ポローニュの第1ステージ、スプリントの際に危険な進路変更をした選手の影響で、ヤコブセンは大クラッシュをしてしまうのです。
下り基調だったために80km/hを超える高速域でバリケードに突っ込む形になったヤコブセンは、一時は人工的な昏睡処置が施されるほど危険な状態に陥りました。
幸い一命を取り留めてリハビリを開始しましたが、果たして復帰がいつになるのかは分からないような、そんな大事故でした。
事故から8か月後、2021年の4月にヤコブセンはレースに復帰します。
果たしてトップコンディションに戻せるのか、仮に体の状態が戻ったとしてもスプリントへの恐怖心があるのではないかと、心配もされていましたが…ヤコブセンのフィジカル的な才能、そして勝利への本能は常人の理解をはるかに超えていました。
レースに戻ってきてから僅か3か月で復帰後初勝利を飾ると、その翌月にはブエルタ・ア・エスパーニャに出場します。
そこでヤコブセンは、ステージ3勝を挙げてポイント賞も獲得と、事故前と変わらぬ強さを見せつけたのです!
今シーズン、ヤコブセンはここまでで既に10勝と、とんでもないペースで勝ち星を重ねています。
そして、最強クイックステップのエースとして、満を持してツールに初挑戦します。
「奇跡の復活」に目を奪われがちですが、そもそもクイックステップのエースを掴み取ったヤコブセンの実力は、間違いなく現役最高クラスです。
圧巻のチーム力とその本物の実力で、今大会スプリントの主役になる可能性は極めて高いでしょう。
カレブ・ユアン
誰にも止められない「ポケットロケット」
・所属チーム:ロット・スーダル
・国籍:オーストラリア
・年齢:27歳
パワーが求められるスプリンターは大柄な選手が多いですが、ユアンは167cmという小柄な体格ながら勝利を量産する、現役最強スプリンターの一角です。
その小さな体を更に目一杯低くする独特のスプリントフォームも相まって、「ポケットロケット」と呼ばれています。
ユアンは2014年シーズン途中に地元オーストラリアのオリカ・グリーンエッジ(現チーム・バイクエクスチェンジ・ジェイコ)でプロデビューすると、翌2015年にはグランツール初出場となったブエルタ・ア・エスパーニャでいきなりステージ勝利を挙げるなど、早くから頭角を現します。
その後も順調に勝利を重ね続けますが、チームがスプリントではなく総合争いに主眼を置くようになった事が影響して、2018年はなんとグランツールへの出場がゼロになってしまいました。
そのため、ユアンはグランツール出場(特に、未だ出場の無いツール出場)を目指して、2019年に現所属のロット・スーダルへと移籍します。
そうして迎えた2019年のツールでユアンはステージ3勝を挙げて、自分の力をしっかりと証明する事に成功しました。
特に、スプリンターにとって最大の名誉の一つであるシャンゼリゼで行われるツール最終ステージを勝ったことは、既にトップクラスだったユアンの評価を更に高めるものでした。
その後も活躍を続けているユアンですが、2021年のツールと今年のジロ・デ・イタリアでは、落車の影響で早期リタイアとその力を発揮し切れていません。
また、現在所属するロットは、ユアンがグランツールで2大会続けて活躍できなかった事もあり、獲得ポイントで決まる「ワールドチーム(「1部」相当)からプロチーム(「2部」相当)への降格争い」に巻き込まれています。
ユアンがその力をしっかりと発揮できれば、結果は自ずと付いて来るはずです。
エースとしてチームを救うような活躍に期待しましょう。
史上最多、7度のポイント賞獲得
・国籍:スロバキア
・年齢:32歳
サガンは「ツールのポイント賞を7度獲得」や「世界選手権3連覇」という絶大な実績を誇る、現役屈指のスーパースターです。
2012年、当時22歳でツールに初参戦したサガンは、いきなりトップスプリンターの称号の一つであるポイント賞を獲得します。
そしてなんと、ここから2016年まで5年連続でポイント賞を獲得、2017年こそ途中リタイア(危険な進路妨害による失格処分)となりましたが、2018年と2019年もしっかりとポイント賞を獲得し、これで歴代最多となる7度目のポイント賞獲得となりました。
また、2015年から2017年にかけては、史上唯一となる世界選手権3連覇を達成しています。
基本的にはスプリントで勝利を狙うサガンですが、その強みは純粋なスピードよりも、ずばり「上手さ」にあるでしょう。
もちろん、スプリントで真っ向勝負するだけのスピードも持っていますが、絶妙なライン取り、絶好の位置を確保するバイクコントロールの上手さ、どのスペースが開くか見極める判断力、そしてここぞというタイミングでの飛び出しなどは、他の選手が真似できない天性のものを持っています。
他のチームの選手を上手く利用しながらスイスイと位置を上げていくその様は、なんだかロードレースがいとも簡単に勝てるものだと錯覚させられてしまうほどです。
ただ、そんなサガンもここ2年は不振に陥っていて、ツールでもポイント賞どころかステージ勝利からも遠ざかっています。
今シーズンは心機一転、トタルエネルジーに移籍してツールに臨みます。
プロチーム(「2部」相当)のトタルエネルジーに移籍した事は周囲を驚かせましたが、ダニエル・オスやマチェイ・ボドナールという頼れるアシストを引き連れての移籍だったので、戦える戦力は揃っています。
当代きってのスーパースターがどんな走りを見せてくれるのか、楽しみにしていましょう!
レース展開を熱くする、実力派アタッカー!
山岳ステージでは総合系選手やクライマーが、平坦ステージではスプリンターが活躍しますが、その他のステージでの勝利を狙うような選手もいます。
そういった選手は抜け出しを図るために積極的なアタックを繰り出す事も多く、レース展開を熱く盛り上げてくれるので、是非注目してみて下さい。
マチュー・ファンデルプール
世界を驚かせ続ける「自転車の天才」
・所属チーム:アルペシン・ドゥクーニンク
・国籍:オランダ
・年齢:27歳
ファンデルプールは、ロードレース、シクロクロス、マウンテンバイクと3つの競技で活躍を見せる、規格外の才能を持った怪物のような選手です。
元々はアンダーカテゴリーの頃からシクロクロス(障害物や急坂が設定されたコースを走るオフロードの自転車競技)の選手で、2015年に20歳で世界選手権を制してから4度もの世界選手権優勝を誇る、押しも押されぬトップ選手として君臨しています。
ロードレースの方も、2014年からはコンチネンタルチーム(「3部」相当の下位カテゴリーチーム)に所属してレースに出場していました。
2018年、まだロードレースへの出場は少なかったものの、オランダ国内選手権を制するなど、トップクラスのレースで大きな結果を残し始めると、翌2019年から所属チームのプロチーム(「2部」相当)昇格により、改めてロードレースの方にも本格参戦する流れになります。
そうして迎えた2019年、ファンデルプールがアムステルゴールドレースで見せた走りは、ロードレース界隈に衝撃を与えました。
レース最終盤、先頭に追い付くために脚をかなり消耗していながら、なんと最後の少人数でのスプリントも制してしまったのです!
消耗させられたはずなのにスプリントで勝利をしてしまうその底なしの体力とパワーは、従来の感覚からすると「あり得ない走り」で、ロードレースの常識を覆してしまうほどでした。
このアムステルゴールドレース以降、ファンデルプールはまるで「自分にはロードレースの常識なんか通用しない」と言わんばかりに、「あり得ない走り」を度々見せます。
直近では、今年5月のジロ・デ・イタリアであり得ないほど積極的にアタックを繰り返した(適性の無い山岳ステージでもアタックを連発した)その走りは、相変わらずの驚きと共に「もはや何でもありだな…」というような半ばあきれるようなリアクションで受け入れられていました。
ファンデルプールは、2年連続出場となるツールで果たしてどんな走りを見せてくれるのでしょうか。
昨年のツールは東京オリンピックに向けた調整の為に途中リタイアとなりましたが、ジロでグランツール完走を経験した事は、きっと大きなプラスになっているはずです。
是非、「怪物」の暴れっぷりを堪能しましょう。
ワウト・ファンアールト
異次元の万能性を有する「真のオールラウンダー」
・所属チーム:チーム・ユンボ・ヴィスマ
・国籍:ベルギー
・年齢:27歳
前述のファンデルプールとシクロクロス時代からライバル関係にあるのが、このファンアールトです。
シクロクロスではアンダーカテゴリーの頃からファンデルプールと鎬を削り合い、ファンアールトも3度の世界選手権優勝と、引けを取っていません。
ロードレースでは2017年からプロチーム所属、そして2019年にはワールドチームのユンボへ移籍と、ロードレースへの比重を大きくしたのはファンアールトの方が少し早いです。
ツールにも2019年から出場して、いきなりステージ1勝を挙げてその実力の高さを遺憾なく発揮します。
このステージ勝利は集団スプリントを制したものでしたが、ファンアールトがその真価を見せたのは、翌2020年のツールと言っていいでしょう。
2020年のツールでもスプリントで2勝を挙げるのですが、なんと山岳アシストとして大活躍を見せるのです。
最高速の為に絶対的な筋肉量が求められるスプリントと、厳しい山岳を登るためには体重の軽さが重要になってくるクライミング、この相反する2つの要素を兼ね備えているのは、前代未聞です。
更には世界選手権で2年連続銀メダルを獲得するほどのタイムトライアル能力も有していて、まさに万能と言っていいでしょう。
その異次元の万能性は、2021年のツールで更に驚きの結果をもたらします。
まずは名峰「モン・ヴァントゥ」を2度登る難関山岳ステージで逃げ切り勝利を挙げると、第20ステージの個人タイムトライアル、そして最終ステージの集団スプリントでも勝利してしまったのです。
「同一のツールで山岳ステージ・タイムトライアルステージ・スプリントステージ勝利」は、実に42年振りの快挙でした。
今回のツールでは、チームとしてはログリッチの総合優勝を狙いながら、ファンアールトにはポイント賞を狙う自由が与えられる予定となっています。
「脚質ファンアールト」とも評されるその万能性を活かして、果たしてどのような走りでポイント賞を目指すのか必見です。
マテイ・モホリッチ
抜群の嗅覚と必殺のダウンヒルテクニック
・国籍:スロベニア
・年齢:27歳
モホリッチは、勝負所を逃さない抜群の嗅覚を持ち、高い次元で安定した総合力と現役屈指のダウンヒルテクニックを武器に勝利を重ねる選手です。
U-20、U-23とアンダーカテゴリーの世界選手権で優勝(U-23世界選手権制覇時は19歳!)と、早くからその才能を発揮していたモホリッチは、2014年に20歳でワールドチームと契約します。
プロ2年目となる2015年のブエルタ・ア・エスパーニャでグランツールに初出場すると、2017年にはブエルタ・ア・エスパーニャでステージ勝利を挙げ、翌2018年にはジロ・デ・イタリアでもステージ勝利を飾ります。
登坂力も独走力も水準以上のものを備えていながら、そのどちらも「超一流」というほどではないモホリッチですが、勝利を重ねる秘訣は「勝利への嗅覚」です。
その力が分かりやすく発揮されたのが2021年ツールでのステージ2勝でしょう。
4人での抜け出しとなった第7ステージでは、先頭の4人の中で自身の登坂力が最も良いことをしっかりと把握して、激坂でのアタックで抜け出して独走勝利を飾ります。
平坦カテゴリーながらまさかの逃げ切りとなった第19ステージでは、アタック合戦の間隙を突いての抜け出しに成功して、これまた独走勝利となりました。
そして、モホリッチのもう一つの大きな武器であるダウンヒルテクニックが見事に結実したのが、今年のミラノ~サンレモです。
スプリント力のあるスプリンターやパンチャーに有利と言われるこの大会ですが、最後の起伏を第2集団で通過したモホリッチは、そこからダウンヒルでのアタックを敢行します。
明らかに他の選手と違うライン取りで先頭集団をごぼう抜きすると、そのままリードを守り切って、見事モニュメント(5大ワンデーレース)初勝利となりました。
3km強という短い下り区間でモホリッチが稼いだリードはなんと10秒弱。
いかにそのダウンヒルテクニックが優れていたかがよく分かると思います。
バーレーンは今大会も総合争いにガッツリと参加するので、モホリッチもアシストとしての貢献を求められるシーンは多くなるとは思います。
それでも、このバーレーンというチームは割とアシストに自由を与える傾向があるので、そういったステージでのモホリッチの走りには期待したいところです。
影の立役者、アシスト選手!
「先頭を走ると空気抵抗を大きく受ける」というロードレースの特性上、エースが活躍するためにはアシスト選手の働きが欠かせません。
アシスト選手の動きを理解できるとレースがより楽しめると思うので、最後はエースを支える「名アシスト」を紹介したいと思います。
セップ・クス
ログリッチを支え続けるピュアクライマー
・所属チーム:チーム・ユンボ・ヴィスマ
・国籍:アメリカ合衆国
・年齢:27歳
ここ数年ログリッチの右腕として活躍を続けるクスは、現役屈指の山岳アシストです。
クスは地元アメリカの名門コンチネンタルチームであるラリー・サイクリングで2年を過ごした後に、2018年から現所属のユンボと契約をします。
2018年はワールドチーム所属初年度ながら、ツアー・オブ・ユタでステージ3勝に総合優勝とその登坂力を発揮すると、ブエルタ・ア・エスパーニャにも出場とチームから高く評価されている事が伺えました。
そして、2019年からはログリッチのアシストとして重宝されるようになり、2019年のジロ・デ・イタリア以降、ログリッチが出場するグランツールには必ず帯同と、絶対の信頼を置かれています。
時折ログリッチを凌駕するような登坂力を見せるクスは、ログリッチからすれば勝負所まで自身を護衛してくれる守護者として、ライバルからすればアタックを潰しに来る厄介な存在として、安定して活躍を見せてくれます。
その確かな実力と素晴らしい献身性で、ログリッチのブエルタ・ア・エスパーニャ3連覇に最も大きく貢献した選手と言っていいでしょう。
また、時には積極的にステージを狙いに動き、これまでツールとブエルタ・ア・エスパーニャでステージ1勝ずつを挙げています。
タイムトライアルが少し苦手なので、これまで大きなレースで総合エースとして走った経験はほぼありませんが、その登坂力は間違いなく現役選手のトップクラスです。
もしエースとして走る機会があれば、グランツールでもかなりの成績を残す可能性があると思います。
尽くし続けてきたログリッチのため、そしてその先に繋がる自身の未来の為に、悲願のツール制覇の立役者となれるでしょうか。
フィリッポ・ガンナ
圧倒的な独走力を誇る「トップガンナ」
・所属チーム:イネオス・グレナディアーズ
・国籍:イタリア
・年齢:26歳
ガンナは世界選手権個人タイムトライアル2連覇と、現役最高の独走力を有する選手です。
独走力、すなわち「空気抵抗を受けながらも高速巡行を続ける能力」は、平坦区間での牽引力とイコールになり、現役最強のタイムトライアルスペシャリストであるガンナは最強の平坦牽引役となります。
2017年にUAEチームエミレーツでプロデビューしたガンナでしたが、UAEに所属していた2年間は未勝利と、あまり結果を残せませんでした。
転機が訪れたのは2019年、現所属のイネオス(当時のチーム名はチーム・スカイ)へ移籍すると、ガンナはその力を見せ始めます。
シーズン開幕直後に個人タイムトライアルステージでプロ初勝利を挙げると、6月にはイタリア国内選手権個人タイムトライアルで優勝、8月にはワールドツアーでも個人タイムトライアルステージ勝利と、タイムトライアルスペシャリストとして一気にステップアップを果たします。
2020年、新型コロナウィルスによる中断期間が明けてからのガンナは、まさに「覚醒」としか表現できない活躍を見せます。
イタリア国内選手権を当然のように2連覇、世界選手権個人タイムトライアルも制覇、そしてジロ・デ・イタリアでは総合優勝したテイオ・ゲイガンハートのアシストをこなしながらも3つのタイムトライアルステージ全制覇と、なんと8月以降はタイムトライアルで無敗という、誰にも止められない状態でした。
2021年の3月にティレーノ~アドレアティコでタイムトライアルの連勝記録は8で途絶えてしまいますが、そもそも8連勝はちょっと意味が分からないレベルの連勝です。
しかも、5月のジロ・デ・イタリアまでにはしっかりと調子を戻して、前年のゲイガンハートに続いてベルナルの総合優勝の為に平坦牽引でかなりの働きを見せながら、タイムトライアルステージはまたしても完全制覇と、2年続けてアシストとしての役割と自身の勝利を両立して見せました。
そして8月にはファンアールトとの激戦を制して世界選手権2連覇と、間違いなく現役最強のタイムトライアルスペシャリストとして君臨しています。
ツールでの総合争いにおける復権を目指すイネオスにとって、ガンナの牽引力は間違いなく重要な要素の一つです。
更に言えば、2つあるタイムトライアルでもステージ勝利の最有力候補として、活躍が期待されています。
世界最高峰の舞台での、現役最強の走りをしっかりと目に焼き付けましょう。
ミケル・モルコフ
エースを勝利へと導く至高のリードアウト職人
・所属チーム:クイックステップ・アルファヴィニル
・国籍:デンマーク
・年齢:37歳
スプリンターを直前までアシストする「リードアウター」として、現役屈指の力と巧さを併せ持つのがこのモルコフです。
14年にも及ぶプロ生活で自身の勝利は僅か5つ、しかもそのうち3つはデンマーク国内選手権でのものであり、ワールドツアーでの勝利は2013年のブエルタ・ア・エスパーニャでの1つのみと、生粋のアシスト選手と言っていいでしょう。
しかし、アシストと侮ってはいけません。
「モルコフがリードアウト役なら、誰がエースでも勝てる」と言われるほど、その実力は高く評価されています。
事実、直近の3年間はチーム事情でツールのエースが毎年変わりましたが、2019年のエリア・ヴィヴィアーニ、2020年のサム・ベネット、2021年のカヴェンディッシュと、必ずステージ勝利を挙げさせただけでなく、サム・ベネットとカヴェンディッシュにはポイント賞を獲得させています。
更には、ヴィヴィアーニとサム・ベネットが移籍後に不振に陥った事などもあり、「モルコフと組んだ選手は楽に勝ててしまうので、モルコフの元を離れると勝てなくなる」とも言われるほど、その「勝たせる力」は圧倒的です。
最高速度でエースを発射するためのスピードも当然素晴らしいですが、経験に裏付けられた判断と技術がその真骨頂でしょう。
エースが自分の背中から離れていないか確認しながら前を走り、抜群のタイミングと適切なコース取りで前へと位置を上げていき、エースをしっかりと良い位置まで引っ張ってから発射するその技は、まさに職人芸です。
自らの勝利のためではなく「エースがその力を存分に発揮できるために」磨かれたそのリードアウト能力は、ロードレースらしさが存分に詰まった至高の技術だと思います。
クイックステップは今年もエースを変更して、前述のようにヤコブセンがエースを務めますが、モルコフがいるなら活躍は保証されているようなものです。
是非、エーススプリンターを引っ張り上げるその姿に注目してみて下さい。
見どころも、注目選手も、楽しも方も色々
以上、長々と12選手を紹介してきましたが、如何だったでしょうか?
もし、この記事を読んで選手への理解が深まる事で、少しでも観戦初心者の方がツールを楽しむ助けになったなら幸いです。
また、このブログには他にも初心者向けの記事や、選手紹介記事があるので、もし興味があったら是非読んでみて下さい。
当然ながら、ツールには他にも多くの注目選手が出場しますので、今回の記事だけではカバーできていない部分ばかりです。
また、ツールやレースの概要なんかについても、説明が足りていない部分はたくさんあると思います。
あまりロードレース観戦歴の長くない方は、正直言って分からない部分だらけでの観戦になってしまうと思います。
ただ、個人的にはそれでいいと思うんです。
「深い知識がないから楽しめない」なんて事はありません。
「分からない事が多いから見るべきじゃない」なんて事も、もちろんありません。
自分が楽しめる要素が、たった一つや二つだけのポイントだっていいんです。
「王者ポガチャルの圧倒的な強さが見たい」、「集団スプリントの迫力に興奮する」、「ファンデルプールとファンアールトのライバル関係にワクワクする」、こんな局所的な楽しみ方だって、立派なロードレース観戦です。
なんなら「美しい風景と歴史的な街並みが楽しみ」みたいな観戦理由だって、全然構わないと思います。
それぞれの方に、それぞれの楽しみ方があると思います。
それらを受け入れてくれる懐の大きさが、ロードレースにはあります。
是非、自分なりの楽しみ方を見つけて、まずはツールを、そしてロードレース観戦を楽しんでいきましょう!