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【選手紹介Vol.23】フィリッポ・ガンナ

圧倒的な独走力を誇る「トップガンナ」

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選手名:フィリッポ・ガンナ(Filippo Ganna)

所属チーム:イネオス・グレナディアーズ

国籍:イタリア

生年月日:1996年7月25日

脚質:タイムトライアルスペシャリスト

 

主な戦歴

 ・世界選手権個人タイムトライアル

 優勝(2020、2021)、2位(2023)、3位(2019)

ジロ・デ・イタリア

 ステージ通算6勝(2020 × 4、2021 × 2)

ブエルタ・ア・エスパーニャ

 ステージ1勝(2023)

・イタリア国内選手権個人タイムトライアル

 優勝(2019、2020、2022、2023)

・ティレーノ~アドレアティコ

 ステージ通算3勝(2020、2022、2023)

クリテリウム・デュ・ドーフィネ

 ステージ1勝(2022)

UAEツアー

 ステージ1勝(2021)

・ビンクバンク・ツアー

 ステージ1勝(2019)

トラックレース世界選手権 個人追い抜き

 優勝(2016、2018~2020)

東京オリンピック トラックレース団体追抜

 優勝

 

どんな選手?

193cmの恵まれた体格から生み出される高出力を武器に、現役最強のタイムトライアルスペシャリストとして覚醒したイタリアの重戦車。

また、その抜群の高速継続能力はロードレースだけではなくトラックレースでも遺憾なく発揮されていて、世界選手権個人追い抜きで4度の優勝(2016、2018~2020)を飾るなど、こちらも現役トップの実力を誇っている。

 

2017年、ガンナはUAEチームエミレーツでプロロードレース選手としてのキャリアをスタートさせる。

UAEに所属していた2年間は未勝利と当時はあまり目を引くような選手ではなく、目立ったリザルトはブエルタ・ア・サンファンのタイムトライアルステージでの2位とイタリア国内選手権個人タイムトライアルでの2位ぐらいであった。

 

そんなガンナに転機が訪れたのは2019年。

ガンナは総合系最強のチームとして名高いチーム・スカイ(現イネオス・グレナディアーズ)へと移籍する。

移籍後最初のレースとなったのは2月のツール・ド・ラ・プロヴァンス

その第1ステージ、8.9kmの平坦な個人タイムトライアルステージで、ガンナはいきなりプロ初勝利を飾ったのだ。

その後も、6月のイタリア国内選手権個人タイムトライアルでは念願の初優勝、8月のビンクバンク・ツアーではワールドツアー初勝利、そして9月の世界選手権個人タイムトライアルでは3位で表彰台に登壇するまでに成長した。

 

一気に期待の若手として評価を高めたガンナだったが、彼の真価はこんなものでは無かった。

2020年、シーズン最初のレースとなった2月のブエルタ・ア・サンファンでのタイムトライアルはこそ2位に終わるものの、新型コロナウィルスの影響による中断期間が明けた8月から、ガンナの快進撃が始まった。

まずはイタリア国内選手権個人タイムトライアルを当然のように連覇。

9月に入り、ティレーノ~アドレアティコの個人タイムトライアルステージでは、ヴィクトル・カンペナールツ(当時NTTプロサイクリング)やローハン・デニス(イネオス)と言った猛者を退けてのステージ優勝。

直後に地元イタリアで開催された世界選手権でも、個人タイムトライアルで危なげなく優勝を飾りアルカンシェルを獲得する。

 

そして圧巻だったのが、グランツール初挑戦となったジロ・デ・イタリア

3つあるタイムトライアルステージでは他の選手を全く寄せ付けず3戦全勝と、世界王者の実力を遺憾なく発揮。

更には山岳ステージでも逃げ切り勝利を飾り、タイムトライアルと合わせて4勝を挙げる大活躍を見せてくれた

 

2021年に入ってもガンナの勢いは衰えず、エトワール・ド・ベセージュでは逃げ切り勝利と個人タイムトライアルでの勝利、続くUAEツアーでも個人タイムトライアルステージで勝利を挙げ、その力が一過性のものではないと改めて証明する。

3月のティレーノ~アドレアティコの個人タイムトライアルステージでは3位に終わり、個人タイムトライアルでの連勝は8で途切れてしまうものの、個人タイムトライアル8連勝は偉業と言っても差し支えない大記録だ。

連勝が途絶えた状態での出場となったジロでは、前年に続いてその力を存分に披露。

初日と最終日の個人タイムトライアルステージをしっかり制しただけではなく、エガン・ベルナルの総合優勝を強力にサポートするその仕事量、平坦での牽引をほぼ一手に引き受けるその走りは凄まじかった。

また、最終日のタイムトライアルではパンクに見舞われながらも勝利を挙げた事も、ガンナの抜きん出た実力を如実に表す出来事だった。

 

8月、ガンナは東京オリンピックに個人タイムトライアルとトラックレースの選手として出場。

優勝候補として期待されていた個人タイムトライアルでは起伏のあるコースレイアウトに苦しみ、そしてトラックレースに向けての調整もあったため5位に終わってしまったものの、その分トラックの団体追い抜きではしっかりとその実力を発揮して、金メダルを持ち帰る事に成功した。

 

連覇を目指して出場した世界選手権個人タイムトライアルでは、オリンピックでトラック向けに調整していた身体をしっかりとタイムトライアル仕様に戻せていたようで、ガンナは圧巻の走りを披露する。

最大のライバルであったワウト・ファンアールト(チーム・ユンボ・ヴィスマ)も他の選手を圧倒するタイムを残したが、最終走者のガンナはファンアールトを6秒上回り、見事に2連覇を達成。

平坦基調のタイムトライアルではやはり群を抜いた実力を有していると、改めて証明した。

 

そのパワーを活かした圧巻の走りは映画「トップガン」と掛けて「トップガンナ」と呼ばれるほどに知名度を上げただけでなく、ここまでの実績からその実力は現役トップのタイムトライアルスペシャリストと評して間違いないだろう。

そして、ガンナはタイムトライアルスペシャリストとして既に頂点にいながら、2021年シーズン中に25歳になった、まだまだ成長途上の若手でもある。

きっとこれからもその圧倒的な独走力を披露し続けてくれるだろうし、タイムトライアル以外にも活躍の場を広げる可能性だってありそうだ。

そのライバルを寄せ付けない重戦車の如き走りで一体どんな戦績を残していくのか、楽しみで仕方がない。

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※2023年1月5日追記

2022年もエトワール・ド・ベセージュにツール・ド・ラ・プロヴァンスと、ステージレースの個人タイムトライアルで連勝スタートを切ったガンナだったが、ワールドツアー初戦となったUAEツアーでは、強烈な向かい風に苦しんだ事もあり2位に終わってしまう。

それでも、その後はティレーノ~アドレアティコ、クリテリウム・デュ・ドーフィネ、そしてイタリア国内選手権と、個人タイムトライアル3連勝。

万全の状態で、自身初のツール・ド・フランスに臨む流れになった。

 

第1ステージは距離が短いながらも平坦な個人タイムトライアルという事で、ガンナは当然優勝候補の筆頭だったが、走行中にスローパンクに見舞われていたらしく、スピードが上がらずに4位でのフィニッシュに終わってしまう。

その後のステージでは、展開次第では集団の先頭を牽いてチームに貢献する事も想定されていたが、イネオスが主導権を握る展開にならなかったためにガンナの活躍はほぼ見られないまま、第20ステージの個人タイムトライアルステージを迎える事に。

40.7kmという長い距離はガンナの得意分野のはずだったが、コース終盤の起伏に若干苦しんだ事もあり、結果はなんと5位。

大きな期待を背負ってのツール初出場は、残念ながら結果を残せずに終わってしまった。

 

9月の世界選手権、個人タイムトライアル3連覇を目指して出場したガンナだったが、ここでも想定以上の起伏、そしてかなりテクニカルなコースに苦しめられる。

2連覇中の絶対王者がまさかの7位と、表彰台を逃す結果になってしまった。

 

失意の世界選手権を終え、ガンナは2022年シーズンの目標の一つとしていたアワーレコード(1時間でどれだけの距離を走れるか競う競技)に挑戦。

世界最高の独走力を有するガンナがマークした記録は56.792km。

これはダニエル・ビガムによる世界記録55.548kmを1km以上も上回るだけでなく、機材に制限が掛けられている現行ルール以前に記録されたクリス・ボードマンによるベスト・ヒューマン・エフォートの56.375kmを上回る、まさに歴史の頂点に立つ大記録となった。

 

ツール、そして世界選手権と、大舞台で望むような結果を残せなかった2022年のガンナ。

その結果だけを見れば、直近2年と比べて少し寂しいものに感じるかもしれない。

それでも、タイムトライアルのみで年間6勝と言うのは飛び抜けた成績であり、そして何より破格のアワーレコード世界記録を残したその力は、改めて現役最強のタイムトライアルスペシャリストと評して間違いないだろう。

絶対的強者として、そしてある意味で挑戦者として、2023年シーズンも大活躍を期待したい。

 

※2023年12月12日追記

2023年シーズンを1月のブエルタ・ア・サンファンからスタートさせたガンナは、シーズン序盤からとても興味深いリザルトを残す。

まずはサンファンの第3ステージ、フェルナンド・ガビリア(UAE)とペテル・サガントタルエネルジー)が競り合うようなスプリントステージで、なんと3位でのフィニッシュ。

翌日の第4ステージは、ピュアクライマーのミゲルアンヘル・ロペス(チーム・メデリン-EPM)が制するような1級山頂フィニッシュだったが、なんとここでは2位に。

その結果、他の有力クライマーやオールラウンダーを差し置いて、総合2位でサンファンを終える事に。

2月のヴォルタ・アン・アルガルベでも、山頂フィニッシュでタイムを数秒しか失わず、スプリントステージでマグナス・コルト(EFエデュケーション・イージーポスト)に次いで2位に入り、そして個人タイムトライアルステージで3位になった事で、最終的に総合2位に。

まるでタイムトライアルスペシャリストからの脱却を図っているかのようなリザルトが続いたが、3月のティレーノ~アドレアティコでは打って変わって、平坦な個人タイムトライアルステージでぶっちぎりの勝利と、とてもガンナらしい走りを披露する。

 

「タイムトライアル能力は失われていないが、一体今年のガンナは何を目指しているのか?」そんな疑問が多くのファンの頭に浮かぶ中、その答えとなるレースは、ティレーノの翌週、ミラノ~サンレモだった。

最終盤の勝負所であるポッジオの登りで、ガンナはタデイ・ポガチャル(UAE)のアタックにいち早く反応。

その直後のマチュー・ファンデルプール(アルペシン・ドゥクーニンク)によるとんでもない威力のアタックにはさすがに対応できなかったものの、そのまま2位集団でフィニッシュ手前までやってくると、ガンナは意表を突くロングスパートを敢行。

ポガチャルとファンアールトをそのまま振り切り、まさかのミラノ~サンレモ2位入賞と言う結果を手に入れた。

 

その後のレースでも、ガンナはタイムトライアルに限らず色々な場面で意欲的な走りを見せる。

パリ~ルーベでは石畳を乗り越えて6位、ジロの個人タイムトライアル2位、イタリア国内選手権個人タイムトライアル優勝、ツール・ド・ワロニーではステージ2勝を挙げての総合優勝、世界選手権個人タイムトライアル2位と、多くのレースで勝負に絡む事に。

そしてその極めつけは、初出場となったブエルタ・ア・エスパーニャ

第10ステージの個人タイムトライアルで勝利を飾ったのは当然として、平坦スプリントに積極果敢に挑戦して、3度のステージ2位を記録したのだ。

惜しくもステージ勝利には届かなかったものの、その姿勢と驚きの結果は、称賛に値するだろう。

 

1年を通して積極的な走りを続けた結果、ガンナは2023年のUCIポイントランキングで15位と、過去最高の順位を記録する事に。

もちろん、世界選手権で2位に終わった点や、そもそもツールに出場しなかった辺りなど、タイムトライアルスペシャリストとしての成績は、ガンナとしても満足のいかない部分はあったかもしれない。

それでもその積極的な走りは、間違いなく新たな可能性を感じさせるポジティブなものだった。

この経験を活かしてさらなる進化を目指すのか、それとも改めて原点に立ち返り個人タイムトライアルに注力するのか。

いずれにしても、この2023年の経験は大きなターニングポイントになるのかもしない。