初心者ロードレース観戦日和

初心者でもいいじゃない!ロードレース観戦を楽しもう!

【初心者向け用語解説 Vol.6】エースとアシスト

チーム内での役割

ロードレースはチームで協力して勝利を狙うチーム競技でありながら、実際に表彰されるのは勝利した選手のみという個人競技でもあります。

この相反する2つの要素が同居している事が最大の魅力である一方、観戦を始めたばかりの人にとってはその複雑さが分かりにくい部分になってしまっているのは間違いないと思います(自分もそうでした)。

そのため今回は、チーム競技という観点から「エース」と「アシスト」というチーム内での役割について解説していきます

 

エース

レースで勝利を狙いに行く選手の事を「エース」と呼びます。

道中はアシストの力を借りて自分の体力を温存して、終盤に訪れる勝負所でその力を爆発させて勝利を目指します。

ワンデーレースの場合は単純にそのコースレイアウトに向いていて力のある選手がエースを担います。

ステージレースで分かりやすいのは「エーススプリンター」と「総合エース」の2パターンです。

 

平坦ステージでスプリントによる勝利を狙うのが「エーススプリンター」です。

ゴール直前まで(場合によってはラスト200mぐらいまで)アシストに守られながら、最後にはその爆発的なスプリント力でステージ勝利を狙います。

スプリンターは基本的に登りが苦手なので山岳ステージでは大きく遅れてしまい、総合タイムで上位に入ることはありませんが、そんな事は彼らには関係ありません。

スプリントに向いた平坦ステージで勝利を稼ぐのが彼らの使命なのです。

調子が良ければ1つのステージレースで複数回勝利することも可能なので、チーム内で勝ち頭となる事も多いです。

Embed from Getty Images

※白熱のスプリント争い!

 

ステージレース全体でのタイムを競い、総合優勝を狙うのが「総合エース」です。

タイム差の付きやすい山岳ステージや個人タイムトライアルステージでライバルを突き放し、1秒でもタイムを稼いで総合優勝を狙います。

総合優勝を狙う上での条件として、「大きく遅れる日(通称バッド・デイ)が無い事」が挙げられます。

「このステージは苦手」や「今日は調子が悪い」と言った泣き言は彼らには許されません

苦手だろうが調子が悪かろうがいかにタイムを失わずに走り切れるか、その上で勝負所ではライバルとのタイム差を付けるような走りが求められるという、過酷な使命です。

特にグランツール(3大ステージレース)では、3週間という長丁場で調子を崩さない安定感と、多様なステージに適応できる総合力が問われる厳しい戦いになります。

Embed from Getty Images

※エース同士による山岳ステージでの過酷な総合争い・・・!

 

アシスト

エースの勝利の為に力を尽くすのが「アシスト」です。

彼らには多くの役割がありますが、

①エースの前を走り風除けとなると同時にペースを作る

②水分や食料などの補給を届ける

③エースの機材トラブル時に自らの機材を差し出す

この辺りが基本的な働きと言えるでしょう。

Embed from Getty Images

 ※エースのヴィンチェンツォ・ニバリ(前から3番目)の前を2人の選手が走りアシストしている様子

 

①エースの前を走り風除けになると同時にペースを作る

やっている事は「エースの前を走っている」という単純なものですが、とても大きな意味を伴っています。

以前の解説記事(※)でも書きましたが、ロードレースは空気抵抗との戦いであり、先頭を走ると大きな空気抵抗を受ける事により激しく消耗します。

※先頭交代・空気抵抗についての解説記事

www.kiwaroadrace.com

勝負所以外でエースを消耗させる訳にはいかないので、空気抵抗と戦うのはアシストの仕事です。

また、先行する逃げ集団を捕まえる為のペース管理や、ライバルチームによる攻撃を防ぐためのペース管理も同時に行っています。

このペース管理をしっかりしなければ逃げ集団に追いつけませんし、ペースが緩ければライバルチームがアタックを仕掛けやすくなってしまいます。

平坦な場面ではルーラーやタイムトライアルスペシャリストが、山岳ではクライマーやオールラウンダーがその役割を担う事が多いです。

とても地味で目立たない仕事ですが、この部分でのアシストの働きはレース展開全体に影響してくるため、本当に重要な役割です。

 

②水分や食料などの補給を届ける

ロードレースは競技時間が長い(時には7時間ほどにもなる)過酷な競技です。

そのため選手たちは、レースの最中に自転車の上で水分や栄養の補給を行っています。

もちろん、水分のボトルや補給食を大量に抱えながら走る訳にはいかないので、基本的にはチームカー(監督やメカニックが乗っていて機材や補給が積んである車)にそれらを必要に応じてその都度取りに行きます。

ここで問題なのは、チームカーは基本的に集団の後方を走っているという事です。

補給を受け取るためには「1度集団の後方まで下がってチームメート全員分の補給を受け取り、それを抱えたまま再度チームメイトに合流する為にペースアップをする」という、結構な重労働が必要になります。

勿論そんな負担が掛かる作業をエースにやらせる訳はなく、これもアシストの重要な仕事になっているという訳です。

 

③エースの機材トラブル時に自らの機材を差し出す

タイヤのパンクや落車による破損など、ロードレースに機材トラブルは付きものです。

総合優勝のために1分1秒を競い合っているエースに機材トラブルが発生し、尚且つチームカーとの距離が離れていて到着まで時間がかかるような場合、アシストは自分のタイヤや自転車をエースに渡してエースを先に行かせます。

それによってアシストはチームカーの到着まで足止めを食らいますが、優先されるべきは総合エースがタイムを失わない事なので、アシスト選手がいくらタイムを失ってもチームとしては問題はありません。

①・②のように体力面での負担を請け負うのみではなく、自らの機材を差し出すというこの行為は、正にアシストの自己犠牲の働きがよく分かる部分です。

 

セオリーと戦術の変化

ロードレースのチーム戦術は基本的に、「1人のエースを勝たせるために他のチームメイトがアシストに徹する」というものでした。

ところがここ数年、そんなセオリーを覆すような戦術が結果を残し始めています

 

①ダブルエース

ステージレースの総合優勝争いにおいて、「エース」となる選手を文字通り2人立てる戦術です。

メリットとしては、

  • エースとして優勝を狙える選手が2人いることで、相手チームがどちらをマークすべきか対応しにくい
  • 2人のうちどちらかが落車や不調で大きく遅れても問題ない上に、その場合は遅れた1人は強力なアシストに変身する
  • エース選手のプレッシャーが分散される

大体こんな部分が挙げられます。

デメリットというか運用の難しい部分としては、

  • アシストの人数が1人減るので、アシストの負担が増加してしまう
  • 2人のエースが共に好調の場合、終盤の勝負所でどちらを優先させるかがハッキリしていないとチーム内で揉める場合がある

こんな所でしょうか。

そもそもの話として、「エース格の選手が2人いる事」と「人数が少なくても問題ない強力なアシスト陣が揃っている事(平坦と山岳など複数の役割をこなせる優秀なアシストがいると更によし)」という厳しい条件を満たしていないと実行できない戦術ですが、チーム・イネオス(旧チーム・スカイ)がその強大な戦力を活かして2018年・2019年とツール・ド・フランスをこのダブルエース戦術で連覇したのは記憶に新しいところです。

Embed from Getty Images

ツール・ド・フランス2019で1位・2位を独占したチーム・イネオスのエガン・ベルナル(左)とゲラント・トーマス(右)

 

②ウルフパック

これもまた強豪チームのドゥクーニンク・クイックステップが運用して、2017年頃からワンデーレースで勝利を稼ぎまくっている戦術がこの「ウルフパック」です。

特定のエースに拘らずにその場の戦況に応じて臨機応変に動き、誰もがエースにもアシストにもなりうるこの戦術は、狼が集団で獲物に襲い掛かる姿に例えられてこの名前が付きました。

相手チームとしては誰をマークしていいか分からないだけでなく、アタックをした際にもそれを逆手に取られてしまうケースも多く、とても対応が難しいものとなっています。

ただこの戦術も、異なるタイプの有力選手を多く抱えている事が条件となるので、全てのチームが簡単に真似できるものではありません。

戦力面以外にも、「臨機応変に」と書くのは簡単ですが、強大な戦力のクイックステップもこの戦術が機能し始めたのは大ベテランのフィリップ・ジルベールが加入してからなので、実行する事の難しさが伺えます。

Embed from Getty Images

※襲い掛かるのはどの牙か、「ウルフパック」ことドゥクーニンク・クイックステップ

 

どの選手にも活躍の場がある

冒頭にも書いたように、ロードレースで表彰されるのは勝った選手1人だけですが、その勝利はアシストの働きが無ければ掴めないものであり、チーム全体で掴んだ勝利と言っていいでしょう。

勝利を掴むエースの輝かしい活躍も、それを支えるアシストの陰ながらの活躍も、全てはチームとしての勝利の為です。

アシストはエースを勝たせるために、エースはアシストの働きに報いる為に全力を尽くす、この関係性こそがロードレースの最大の魅力だと思います。

それぞれの持ち場での活躍をしっかりと堪能していきましょう!