絶大な影響力を誇った稀代のクラシックスペシャリスト
選手名:フィリップ・ジルベール(Philippe Gilbert)
最終所属チーム:ロット・スーダル
国籍:ベルギー
生年月日:1982年7月5日
脚質:パンチャー
主な戦歴
・世界選手権
優勝(2012)
優勝(2009、2010)
優勝(2011)
優勝(2017)
・パリ~ルーベ
優勝(2019)
ステージ1勝(2011)
ステージ通算3勝(2009、2015 × 2)
ステージ通算7勝(2010 × 2、2012 × 2、2013、2019 × 2)
・アムステル・ゴールドレース
優勝(2010、2011、2014、2017)
・ラ・フレーシュ・ワロンヌ
優勝(2011)
どんな選手?
「モニュメント」通算5勝など、圧倒的なアタック力で一時代を築いた稀代のクラシックスペシャリスト。
※「クラシック」「モニュメント」については、こちらの「ワンデーレース」の用語解説ページをご覧下さい
2003年にプロデビュー、2006年・2008年のオムループ・ヘット・フォルク(現オムループ・ヘット・ニウスブラッド)やパリ~ツール2008優勝など若いうちからワンデーレースで結果を残すが、本格化するのは2009年にサイレンス・ロット(現ロット・スーダル)に移籍してから。
移籍した2009年、10/8のコッパ・サバティーニ、10/11のパリ~ツール、10/15のジロ・デル・ピエモンテ、10/17のジロ・ディ・ロンバルディア(1つ目のモニュメント制覇)と、10日間でワンデーレース4連勝というとてつもないリザルトを残し、ワンデーレーサーとして完全に覚醒。
2011年には、4/13のブラバンツ・パイル、4/17のアムステルゴールドレース、4/20のラ・フレーシュ・ワロンヌ、4/24のリエージュ~バストーニュ~リエージュ(2つ目のモニュメント制覇)と、今度は12日間で4連勝を達成。
特に、アムステルゴールドレース、ラ・フレーシュ・ワロンヌ、リエージュ~バストーニュ~リエージュの3レースは、アルデンヌ地方特有の細かな起伏に富んだワンデーレースの中でも格式のあるものとして「アルデンヌ・クラシック」と呼ばれており、同一年での全制覇は史上2人目の快挙だった(因みに、アムステルゴールドレースは2010に続く連覇で、これも史上2人目の快挙)。
これ以降もアルデンヌ地方のレースでは絶対的な支配力を誇り、「アルデンヌの皇帝」と称されるようになる。
この年は他にもベルギー選手権ロード・個人タイムトライアル優勝やツール・ド・フランスでのステージ優勝など年間18勝と勝利を稼ぎまくり、UCIワールドツアー個人総合優勝を果たし名実ともにトップレーサーと目される存在となる。
しかし2012年に移籍したBCMチーム(現CCCチーム)では、その年に世界選手権で優勝を果たすなどの結果は残すものの、5年間の在籍で23勝と移籍前(3年間で31勝)と比べて勝利数は明らかに減ってしまった(それでも充分勝っている数字ではあるが)。
そんな中、2017年にはクイックステップ・フロアーズ(現スーダル・クイックステップ)に移籍。
クイックステップはコンスタントに年間50勝以上を挙げ、2014~2021の8年連続年間最多勝に輝いている強豪チームだが、2014~2016の勝利の内訳はスプリントに偏っており春のクラシックではなかなか勝てない状況が続いていた(ジルベール移籍前3年間ではなんと1勝のみ)。
そんなチーム状況に対してクラシックのエースであるジルベールは、エースでの勝利を盲目的に狙うのではなく、状況に応じて勝ちを狙える選手で勝負に行く柔軟なレース運びをチームに浸透させていく。
集団で狩りを行う狼の群れに例えられ「ウルフパック」と名付けられたこの戦術は従来のセオリーとはかけ離れながらも、実力のある選手の多いクイックステップの戦力と見事に合致し、結果としてクイックステップは2018年に年間73勝(現行のUCIワールドツアー制度が始まった2010年以降では最多)という圧巻の勝利数を記録する(2019年も68勝)。
その中心には、時にはその実績が故に強烈に目を引く囮として、またある時は未だ衰えぬ爆発力を活かして勝利を飾るジルベールの姿があった。
チームの好調の波にも乗り、2017年にはロンド・ファン・フラーンデレン、2019にはパリ~ルーベと、モニュメント制覇を4つにまで伸ばしたジルベール。
キャリアの序盤では自身の脚質に合った起伏のあるモニュメント2つを制覇、終盤に入り今度は石畳への適正が問われる2つの難関モニュメントも制覇。
最後に残ったのはまた違った脚質が求められるミラノ~サンレモ(「スプリンターズ・クラシック」とも呼ばれ、スプリント力のある選手が有利と言われる)。
もし勝利すれば史上4人目のモニュメント完全制覇達成となる、正に偉業である。
そんな偉業への挑戦を前に、ジルベールは2020年シーズンから古巣であるロット・スーダルへの復帰を決断。
現在37歳のジルベールに対してロットが結んだ契約は、年齢を考えれば異例の3年という長期契約。
歴戦の経験を古巣へ還元しつつ、自身は偉業達成を目標に走り続ける、そんなレジェンドの姿を少なくともあと3年も見る事ができるのは何と幸せな事だろうか。
ぜひとも偉業達成の瞬間を見てみたいと、多くのファンが願っているはずだ。
※2020年3/19現在、コロナウィルス感染拡大の影響で3月・4月の全レース(もちろんミラノ~サンレモも含む)の中止・延期が決定。
UCIは2020年シーズンの終了日を2週間延ばし、延期になったレースのスケジュール再編をグランツールとモニュメントを最優先として検討中との事。
何とか調整が付き、ミラノ~サンレモを含むモニュメントが無事に開催される事を祈っています。
※2020年12月29日追記
モニュメント完全制覇を目指して移籍した2020年、ジルベールの目標は当然ミラノ~サンレモ。
例年は3月開催のミラノ~サンレモも新型コロナウィルスの影響で一旦は延期になるが、レース再開直後の8月8日、クラシックシーズンの先駆けとして開催された。
チームのエースナンバーはスプリンターのカレブ・ユアンに譲るも、例年以上に厳しくなったコース設定の影響もあり(バカンスシーズンのために海沿いのコースが使えず、距離と勾配が増加)、ユアンは勝負所の1つである「チプレッサ」で集団から脱落。
ジルベールはしっかりと先頭集団に残った状態で、最後の勝負所「ポッジオ」に突入。
しかしここで、ジュリアン・アラフィリップとワウト・ファンアールトの抜け出しを許してしまう。
結局2人は最後まで逃げ切って、優勝したのはファンアールト。
ジルベールは2秒差での9位フィニッシュに終わり、モニュメント完全制覇は翌年以降へ持ち越しとなった。
残念ながら偉業達成は逃したものの、ジルベールは8月29日開幕のツール・ド・フランスに出場。
ユアンのアシストと、丘陵ステージでの勝利を狙うものと思われたが、いきなりアクシデントに見舞われてしまう。
雨の影響で落車が大量発生した第1ステージでジルベールも落車してしまい、何とか完走はするも膝蓋骨を骨折していたため、第2ステージ出走前にリタイアとなってしまった。
膝蓋骨骨折という重傷を負ったジルベールだったが、なんと9月15日開幕のツール・ド・ルクセンブルグに出場し、5日間のステージレースをしっかりと完走。
とんでもない鉄人振りを披露して驚かせてくれたが、やはり早期復帰が裏目に出たのか、10月1日のビンクバンク・ツアー第2ステージで膝の痛みが再発してリタイア。
そのまま残りの日程は全休して来シーズンへ備える事となった。
ミラノ~サンレモ、そして落車のケガによるリタイア、更にはケガが再発してシーズン終了と、2020年シーズンは本人にとっても不本意なシーズンだった事は間違いないだろう。
まずはケガをしっかりと治して、そしてまたワンデーレースでその衰えぬ力を披露して欲しい。
ジルベールが万全の状態で走れば、結果は自ずとついて来る筈だ。
偉業達成の瞬間を、ファンは期待している。
※2021年11月28日追記
前年のケガの影響か、2021年のジルベールは結果を残せなかった。
「モニュメント完全制覇」に挑戦したミラノ~サンレモでは勝負に絡めなかった。
スプリントエースのカレブ・ユアンが早期リタイアした事で奮起が期待されたツールでも、見せ場は全くなかった(第17ステージ終了後に崖から転落した観客を助けるという活躍はあったが)。
オンループ・ヘットニュースブラッドの5位やブリュッセル・サイクリング・クラシックの4位を「結果」としてカウントするのは、逆に失礼だろう。
そして遂に、ジルベールは2022年限りでの現役引退を発表。
これで、ミラノ~サンレモへの出走、「モニュメント完全制覇」への挑戦は残り1回のみ。
その偉業への挑戦も含めて、歴史に名を残すレジェンドの走りを、現役最終年のジルベールの勇姿をしっかりと見届けていきたい。
※2022年11月21日追記
現役最終年として迎えた2022年、当然ジルベールは残された最後のモニュメントであるミラノ~サンレモに出場。
ただ、近年展開が激化するこのレースで勝負に絡む事はできず、残念ながらモニュメント完全制覇は達成できなかった。
それでも、ミラノ~サンレモ後もレースに出場を続け、5月のダンケルク4日間ではステージ1勝を挙げての総合優勝と、実に3年ぶりの勝利を飾ってみせた。
7月にはツールに出場し、最後のグランツールもしっかりと完走。
10月のバンシュ~シメイ~バンシュでは、ジルベールへの憧れを公言する同郷の新世界王者レムコ・エヴェネプール(クイックステップ・アルファヴィニル)を壇上で祝福する、エモーショナルなシーンも。
そして、21世紀を代表する偉大なワンデーレーサーが最後のレースに選んでのは、キャリア最初期の2008年・2009年に連覇を飾ったパリ~トゥール。
頻繁に落車が発生したこのレースで、ジルベールはしっかりと先頭集団に生き残り、27位という結果で現役生活を締めくくった。
残念ながら、モニュメント完全制覇という偉業にはあと一歩届かなかったが、それは決してジルベールの輝きを損ねるものではない。
5度のモニュメント勝利、世界選手権制覇、全グランツールでのステージ勝利、同一年でのアルデンヌ・クラシック完全制覇など、その偉大さを物語る実績は十分すぎるほどだ。
また、単なる勝利数だけでなく、キャリア後半にはクイックステップを春のワンデーレースの盟主へと変貌させたその影響力は、まさに一時代を築いたと評していいだろう。
稀代のクラシックの名手が20年の現役生活で見せたその走りは、ファンの記憶の中で色褪せる事無く輝き続けるはずだ。