多くの才能を兼ね備えたスイス期待の星
選手名:マルク・ヒルシ(Marc Hirschi)
国籍:スイス
生年月日:1998年8月24日
脚質:パンチャー
主な戦歴
ステージ1勝(2020)、総合敢闘賞(2020)
・スイス国内選手権
優勝(2023)
・ラ・フレーシュ・ワロンヌ
優勝(2020)
・ツール・ド・ルクセンブルグ
総合優勝(2023)
2位(2020)
・世界選手権
3位(2020)
3位(2019)
・U23世界選手権
優勝(2018)
どんな選手?
2020年に大ブレイクを果たした、パンチ力に長けたスイスの新たなスター候補。
2018年、チーム・サンウェブの下部チームに所属し、20歳の若さでU23欧州選手権とU23世界選手権で優勝を飾り、早くもその才能を世界に披露してみせる。
この活躍を受け、2019年からはサンウェブと本契約を結び、早くもワールドチーム所属の選手となる。
ネオプロ(ワールドチーム・プロチーム所属1年目)となる2019年も堂々たる走りを見せ、クラシカ・サンセバスティアンでは3位入賞、ビンクバンク・ツアーでも総合5位と、21歳のネオプロとは思えないような結果を残して見せる。
特にクラシカ・サンセバスティアンでの並み居る猛者と競い合っての3位入賞は、レムコ・エヴェネプールがワールドツアー史上最年少となる19歳で優勝した事に話題を持っていかれてしまったが、相当に驚くべき結果と言えるだろう。
2019年の秋からは母国スイスの英雄ファビアン・カンチェラーラがマネージャーを務める事でも注目を集める中で迎えた2020年、新型コロナウィルス流行による中断が明けてから開催されたツール・ド・フランスで、ヒルシの才能が一気に開花する。
まずは第2ステージ、この日の優勝候補筆頭であるジュリアン・アラフィリップの「分かっていても付いていけない」強烈なアタックに唯一食らいつき、あとから追いついてきたアダム・イェーツも含めて3人でのステージ勝利争いに。
フィニッシュ200m手前からスプリントを開始したアラフィリップに対し、ヒルシはそれを後ろから差そうと猛烈な加速を見せるも僅かに及ばず惜しくも2位に終わる。
敗れはしたものの、アタックへの反応にフィニッシュ手前のスプリント対決と、世界最高峰のパンチャーであるアラフィリップに迫るようなパンチ力を見せつけ、敢闘賞を受賞する。
続いてヒルシが活躍したのは、1週目の最終日である第9ステージ。
残り18km地点に激坂マリーブランク峠が控える厳しいステージで、果敢な長距離単独逃げを敢行。
逃げる為にわざわざエアロロードを用意する周到さ、一人でもペースを崩さず走り続ける独走力、マリーブランク峠の厳しい勾配をクリアする激坂適正、ダウンヒルでのアグレッシブな攻めと、様々な才能を見せながら逃げ続けるも、残り2km地点で総合勢の精鋭小集団に捕まってしまう。
フィニッシュのスプリント勝負では一人逃げの疲労が祟り3位に終わるも、マルチな才能とアグレッシブな走りが光り、この日も敢闘賞を受賞する。
そして2週目の第12ステージ、ついにその日はやってきた。
急勾配を含むアップダウンのあるパンチャー向けのステージで、様々な思惑が重なり全体的にハイペースで出入りの激しい展開の中、ヒルシは残り28km地点で単独での飛び出しに成功。
ヒルシは激坂もテクニカルなダウンヒルも見事にこなし、そして追走集団内でのチームメイトの見事な働きもあり、順調にタイム差を広げていきそのまま先頭でフィニッシュ。
アグレッシブな走りとチームの連携が見事にかみ合い、プロ初勝利をツール・ド・フランスという大舞台で飾る事に成功し、更にはこの日も敢闘賞を受賞する。
最終的に、そのアグレッシブで才能あふれる走りが評価されてツール全体を通しての総合敢闘賞にも選出。
終始好連携を見せたチームと共に、ヒルシは間違いなくツール・ド・フランス2020の主役の1人だった。
ツールで一気に知名度を上げたヒルシだったが、その勢いはツール後も全く勢いが衰えなかった。
世界選手権ではハードなレース展開を耐え抜き、最終局面までしっかり生き残っての3位フィニッシュ。
2着争いのスプリントでは流石にワウト・ファンアールトには及ばなかったものの、ミハウ・クフィアトコフスキー、ヤコブ・フルサン、プリモシュ・ログリッチというパンチ力にも定評のある選手に競り勝つ強さを披露してくれた。
3日後に行われたラ・フレーシュ・ワロンヌでは、このレースを2連覇中で優勝候補の大本命と目されていたアラフィリップが不在の中、最後の激坂「ユイの壁」で流石のパンチ力を披露して見事優勝。
やはりそのパンチャーとしての能力は世界最高クラスであると、改めて証明してみせた。
更に4日後のリエージュ~バストーニュ~リエージュでも、これまたサバイバルな厳しい展開をしっかり生き残り、小集団でのスプリント勝負に臨む事に。
急激に進路変更したアラフィリップに前を塞がれ、しっかりとスプリントできずに3着でフィニッシュと不完全燃焼に終わるも、アラフィリップは斜行で降格処分となりヒルシは繰り上げでの2位となった。
惜しくも優勝には届かなかったものの、プロ2年目の22歳がモニュメント(5大ワンデーレース)の1つであるリエージュ~バストーニュ~リエージュで2位入賞は、見事な結果と言っていいだろう。
ツールで鮮烈な活躍を見せ、そしてその後も最高峰の舞台でトップ選手と鎬を削り合って結果を残したヒルシ。
まだ若いとはいえ、今更その才能と実力を疑う人などいないだろう。
ただ、これだけ結果を残したとなると、2021年シーズンは周りからのマークがかなり厳しくなるのは間違いない。
そんな状況下で、果たしてどのような走りを見せるのか、改めて真価が問われる1年となる筈だ。
マークに苦しみながら、それでも勝利を目指して成長するのか。
それとも、マークなどものともせず、圧倒的な才能で勝利を積み重ねるのか。
その多彩な才能には現状の「パンチャー」という括り以上の可能性が詰まっているようにも見えるが、果たして今後どのような走りを見せてくれるのか、興味は尽きない。
チーム・サンウェブは新スポンサーを迎えて「チーム・DSM」へとチーム名が変わる中、新たなチームの象徴となりうる若きエースに注目したい。
※2021年1月31日追記
2021年の1月6日、チームDSMの公式から「ヒルシが移籍」という異例のタイミングでの発表があり、そして1月9日、UAEチームエミレーツがヒルシの獲得を発表。
色々と憶測も流れているが、あまり経済的に余裕のないDSM(旧サンウェブ)が契約途中で有力選手を「売る」のはこれまでにも繰り返されてきた事例であり、そういう意味では納得感のある移籍ではある。
これで同い年のタデイ・ポガチャルと強力なタッグを形成する事になり、主戦場が違うとは言え、これも2021年シーズンの楽しみの一つなのは間違いない。
※2022年1月22日追記
UAEへと電撃移籍をしたヒルシだったが、腰痛などの影響もあり、新天地でのデビューは3月となってしまう。
4月に入ると、前年制したラ・フレーシュ・ワロンヌに当然出場する予定だったものの、チームから新型コロナウィルス陽性者が出てしまったために、出走辞退という憂き目に遭ってしまった。
それでも直後のリエージュ~バストーニュ~リエージュでは、エースのタデイ・ポガチャルを見事にアシストして優勝に貢献と、その力を存分に発揮してくれた。
7月、ツール出場メンバーに選ばれたヒルシの役割は、当然ながらポガチャルのアシスト。
しかし、第1ステージでの大規模な落車に巻き込まれてしまい、なんとか完走はするものの、実は肩を脱臼していた。
それでも、ヒルシはリタイアを選択せず、負傷のダメージに苦しみながらも走り続けた。
そしてツール終盤、コンディションが回復してきたヒルシはポガチャルのアシストとして働き、リエージュに続いてポガチャルの勝利に貢献して見せた。
ツール後、9月のツール・ド・ルクセンブルグ第2ステージでは、終盤の登りで得意の抜け出しを図り、そのまま独走で見事な移籍後初勝利を飾った。
ジョアン・アルメイダ(ドゥクーニンク・クイックステップ)やダヴィド・ゴデュ(グルパマFDJ)といった強力なライバルを引き離したそのアタックは、やはりコンディションが万全なら相当な力を発揮できると改めて証明してくれた。
ツールでのアシストも、そしてその他のレースでのヒルシ自身のリザルトも、コンディションが万全ならもっと華々しいものになっていた事は想像に難くない。
2022年こそは期待したい…ところだったが、ヒルシはオフに以前から調子の悪かった股関節の手術を選択し、またしてもレース復帰予定は3月頃となっている。
その姿を早く見たい気持ちもあるが、まずは焦らず、しっかりとコンディションを整えるべきだろう。
万全の状態で、また鮮やかな勝利を届けてくれることを期待したい。
※2022年12月17日追記
オフに手術を受けたという事で回復具合が心配されたヒルシだったが、復帰戦となった3月のペル・センプレ・アルフレードでは、1クラスのレースながらいきなり優勝を飾り、復調をアピール。
その後もコッピ・エ・バルタリ総合3位や、アムステル・ゴールドレースとリエージュ~バストーニュ~リエージュの9位など、まずまずな結果を残し続ける。
7月、ヒルシは当初ツールのメンバーに選ばれていなかったが、開幕直前に新型コロナウィルス陽性で離脱してしまったマッテオ・トレンティンの代替メンバーとして急遽ツールに出場する事に。
前年同様にポガチャルをアシストする働きが期待されたが、ヒルシは調整不足のためか調子が上がらない。
肝心の山岳ステージでは勝負所よりも手前で集団から遅れてしまい、大会を通じてほぼ働きを見せる事が出来なかった。
そしてその影響がどれほどあったかは何とも言えない所ではあるが、エースのポガチャルも総合優勝を逃してしまった。
ツールでは良い所が無かったヒルシだが、秋のイタリアン・クラシックでは、ジロ・デッラ・トスカーナとヴェネト・クラシックという2つの1クラスのレースで優勝と、しっかり結果を残すことに成功。
ビッグタイトルからは2年ほど遠ざかっているが、やはりその実力は間違いなく高い。
チームとの契約最終年である2023年、その実力に見合った鮮やかな活躍を期待したい。
※2023年12月11日追記
2023年のヒルシは怪我の影響で出遅れた直近2年と違い、1月からレースに参戦。
カデル・エヴァンス・グレートオーシャン・ロードレースで8位、ハエン・パライソ・インテリオールではポガチャルをアシストしながら自身も4位でフィニッシュと、まずまずのスタートを切る。
5月には、荒れた展開になったエシュボルン・フランクフルトで4位、ツール・ド・ハンガリーではステージ1勝を挙げての総合優勝と、安定して実力を発揮。
そして6月には、スイス国内選手権を初制覇。
シュテファン・キュング(グルパマFDJ)やマウロ・シュミット(スーダル・クイックステップ)という実力者を退けてのタイトル獲得は、価値があるものと言えるだろう。
その後、ツールへの出場は4年ぶりに逃す事になったが、ヒルシは非常に安定した成績を残し続ける。
その筆頭は、ツール・ド・ルクセンブルグにおける、自身初となるワールドツアーのステージレース総合優勝。
ワンデーレースでは、ベーマー・サイクラシックス10位、ブルターニュ・クラシック・ウェスト=フランス6位、グランプリ・シクリスト・ド・ケベック8位、グランプリ・シクリスト・ド・モンレアル10位と、ワールドツアーでトップ10フィニッシュを連発。
更に驚きの安定感を見せたのはシーズン最終盤、秋のイタリアン・クラシック。
ポガチャルの優勝をアシストしながら19位に入ったイル・ロンバルディアを挟みつつ、他に5レース出場して2位・4位・2位・5位・2位と、優勝には惜しくも届かなかったものの常に勝負に絡み続けた。
スイス国内選手権にツール・ド・ルクセンブルグとしっかり結果を残しただけでなく、シーズンを通して安定して上位に入り続けた結果、ヒルシは2023年のUCIポイントランキングで12位に入り、チーム最大の目標であった「UCIランキング首位」の達成に大きく貢献。
グランツールには出場せず、モニュメントなどワンデーレースでのビッグタイトルも獲得していない状況で、年間12位となるポイントを稼いだのはある意味驚異的な結果とも言えるだろう。
その実力を再認識させられる1年になった事で、改めてヒルシへの期待は膨らむ。
是非とも2024年は、そのパンチ力と総合力を存分に生かして、ワンデーレースでもステージレースでも大暴れしてほしい。