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【選手紹介Vol.22】別府史之

日本のロードレース界を牽引し続けた偉大な先駆者

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選手名:別府史之(Fumiyuki Beppu)

最終所属チーム:EFエデュケーション・NIPPO

国籍:日本

生年月日:1983年4月10日

脚質:ルーラー

 

主な戦歴

ツール・ド・フランス

 出場・完走(2009)、ステージ敢闘賞(2009)、ステージ7位(2009)

ジロ・デ・イタリア

 出場・完走(2011・2012・2014・2015)、ステージ9位(2012)

ブエルタ・ア・エスパーニャ

 出場・完走(2016)、ステージ敢闘賞(2016)

・ミラノ~サンレモ

 出場・完走(2010)

ロンド・ファン・フラーンデレン

 出場(2008、2009、2011、2013、2015)、完走(2011、2013)

・パリ~ルーベ

 出場(2007、2009~2011、2013)、完走(2011)

リエージュ~バストーニュ~リエージュ

 出場(2006、2008、2012、2014~2017)、完走(2008、2016)

イル・ロンバルディア

 出場(2006、2012)、完走(2006)

アジア選手権ロードレース

 優勝(2008)、2位(2018)

全日本選手権ロードレース

 優勝(2006、2011)

全日本選手権個人タイムトライアル

 優勝(2006、2011、2014)

ツール・ド・ロマンディ

 ステージ2位(2007)

・ルート・ドゥ・シュド

 山岳賞(2009)

 

どんな選手?

2005年からヨーロッパの最前線で走り続け、全てのグランツール(3大ステージレース)とモニュメント(5大ワンデーレース)を走破するなどの実績を持つ、日本のロードレース界の偉大な先駆者。

その実力と残してきた実績は、新城幸也と共に日本ロードレース界の二大巨頭と呼んでいいだろう。

 

三人兄弟の末っ子として神奈川県で生まれ、二人の兄(別府始:スポーツジャーナリスト・ロードレース解説者、別府匠:愛三工業レーシングチーム監督)の影響もあり、小学3年生のころからワタナベレーシングサイクルに所属しキャリアをスタートさせる。

4歳上の兄・匠がヨーロッパで選手として活動する姿を見て自身もヨーロッパへの留学を希望するも、地元の神奈川県立藤沢北高校に進学し、自転車競技部に所属する。

高校2年時に全日本選手権ジュニア個人タイムトライアルで優勝、3年時には全日本選手権ジュニアロードレース優勝、そしてアジア選手権ジュニアロードレースでも優勝と、国内では無敵の存在として名を馳せる。

 

高校卒業直後の2002年3月から、国内トップチームのブリジストン・アンカーに所属しつつ、フランスのトップアマチームであるヴェロクラブ・ラポム・マルセイユへの派遣という形で念願のヨーロッパでの選手活動を開始。

ヨーロッパでの活動2年目となる2003年には、パリ~ルーベ・エスポワール(U23版パリ~ルーベ)で13位、そして全日本選手権U23ロードレースでは優勝と、やはりその実力がが抜きんでている事を証明。

翌2004年もロンド・ド・リザールで山岳賞、ジロ・デル・ヴァッレ・ダオスタでステージ優勝するなど、U23カテゴリーのレースでしっかりリザルトを残し続けた。

 

そして2005年、ディスカバリーチャンネル・プロサイクリングチームと契約を結び、日本人初のUCIプロツアー(当時のカテゴリーにおける最高ランク、現在のワールドチーム相当のチーム)所属選手となる。

別府は本場ヨーロッパの最前線という過酷な環境でもしっかりと走り抜く力を既に身につけており、初年度からプロツアー(現行のワールドツアー)でも遜色なく力を発揮。

2007年には、ツール・ド・ロマンディの第4ステージで2位に入り、日本人初のUCIプロツアーポイント獲得という快挙を成し遂げた。

 

所属していたディスカバリーチャンネルが2007年シーズン限りで解散したため、2008年シーズンはプロコンチネンタルチームのスキル・シマノに移籍。

4月にはアジア選手権ロードレースで優勝、8月には北京オリンピックに出場(ロードレース途中リタイア、個人タイムトライアル39位)と、日本ロードレース界の第一人者として活躍。

翌2009年も引き続きスキル・シマノに所属し、6月のルート・ドゥ・シュドで山岳賞を獲得した事などが評価され、ツール・ド・フランスの出場メンバーに選ばれる。

別のチームで出場した新城幸也と共に日本人初となるツール完走を果たすだけでなく、最終ステージで積極的な逃げを敢行した事が評価され、ステージ敢闘賞を獲得する活躍を見せた。

 

前年の活躍もあり、2010年はUCIプロツアーに新規参入するチーム・レディオシャックと契約。

移籍初年度からモニュメントの一つであるミラノ~サンレモに出場・完走した事により、全てのモニュメントへの出場を達成。

翌2011年には、その過酷さから「北の地獄」と呼ばれるパリ~ルーベを完走して、全てのモニュメントでの完走を達成した。

この年は勢いそのままに、初のジロ・デ・イタリア出場と第10ステージでのフーガ賞(逃げ賞)獲得、そして全日本選手権ではロードレースと個人タイムトライアルの両方で優勝と、その実力を遺憾なく発揮して見せた。

 

2012年は新チームのグリーンエッジ・サイクリング(現チーム・バイクエクスチェンジ)に所属。

2年連続でのジロ出場、そして新城と共にロンドンオリンピックに出場(ロードレース22位、個人タイムトライアル24位)など、相変わらず日本の第一人者として活躍を見せる。

 

2014年からはトレック・ファクトリー・レーシング(現トレック・セガフレード)に所属。

ファビアン・カンチェラーラなど有力選手が所属する強豪チームのため、別府が自由に走れる場面というのはあまりないものの、どうな状況でも働ける万能ルーラーとして重宝される。

2014年、2015年と2年続けてジロに出場、2016年にはブエルタ・ア・エスパーニャに初出場してしっかり完走し、新城に続いて全てのグランツールの完走を達成。

その後も、2017年はアジア選手権ロードレース4位、全日本選手権ロードレースで2位、2018年はアジア選手権チームタイムトライアル優勝、ロードレースで2位、個人タイムトライアルで4位など、日本人、そしてアジアの選手としては別格の成績を残し続けた。

 

2020年、トレックとの契約がまだ1年残っていたものの、フランスのプロチームであるNIPPO・デルコワンプロヴァンスへと移籍。

2020年から日本企業のNIPPOがスポンサードするこのチームは、別府がヨーロッパに来て最初に所属したヴェロクラブ・ラポム・マルセイユの後継チームであり、ベテランとして後進の育成(特に日本人若手への影響)も期待されつつ、自身も東京オリンピックに向けてUCIポイントを稼ぐための移籍であった。

しかしながら、新型コロナウィルスの影響と、そしてチームの運営に関してのゴタゴタに巻き込まれてしまった事もあり、別府が望むような形でのレース出場が叶わなかった。

このため、レースで上位に入ると獲得できるUCIポイントを稼げず、残念ながら別府は東京オリンピックの選考では落選となってしまった。

 

2021年、NIPPOはデルコとのスポンサー契約を打ち切り、何とワールドチームのEFプロサイクリングとスポンサー契約を結んだ。

こうして誕生したEFエデュケーション・NIPPOというチームに、別府はデルコのチームメイトでもあった中根英登と共に移籍。

紆余曲折はありつつも、「日本のロードレース界を育てる」為に活動を続けるNIPPOと、その志に理解を示したワールドチームのEFという、素晴らしい流れを汲むチームが誕生した。

そしてこれまで日本のロードレース界を先駆者として引っ張り続けてきた別府の存在は、チームメイトの中根、そしてEFの育成チームに所属する織田聖にとって相当大きいだろう。

牽引を続ける別府の背中を見て育った後輩の走りで、日本ロードレース界の灯が繋がり、そして広がっていくことを期待したい。

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※2021年11月6日追記

2021年、別府は春先のワンデーレースではリタイアが続くという、なかなか苦しいスタートに。

更に、全日本選手権出場の為に一時帰国をしたものの、新型コロナウィルスの影響で大会そのものが延期になってしまうという不運にも見舞われる。

それでも、再渡欧後にはワールドツアーのステージレースでアシストとして働きつつしっかり完走するなど、やはりまだまだ一線で通用する走りを見せてくれていた。

 

しかし、2021年11月6日、別府は自身のホームページにて「プロ選手としてのキャリアを終える」事を発表する。

www.fumy.jp

声明文中で、「今までの経験を生かし、日本とヨーロッパを繋ぐ架け橋になりたい」「サイクリングの普及や啓蒙、プロモーション、育成などを行う『サイクルプロモーター』として活動していくつもり」と語る別府。

そして、「すでに次の夢に向かって走り出しているので、『引退』という、人生の終わりのような言葉は使いたくありません」と、その脚は既に次のステージに向かっている辺りは、これまでも過酷な道のりを走り抜けてきた別府らしさがよく表れている。

 

本場ヨーロッパへの道を切り拓き、日本ロードレース界を文字通り牽引し続けた偉大なる先駆者、別府史之

長い間、本当にお疲れさまでした。

最前線で戦い続けたあなたの姿は、いつまでも日本のロードレースファンの心に残り続けるでしょう。

その走りと功績に最大限の感謝とリスペクトを込めて、これから先の道のりも素晴らしいものになる事を、心から祈っています。

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