勝つ事の難しさ
ボーラ・ハンスグローエ所属のドイツ人、ニルス・ポリッツ。
今年の3月に28歳になる彼は、トタルエナジーズへと移籍したペテル・サガンに代わる、ボーラにおけるフランドル・クラシックのエース候補だ。
192cmの体格を活かした石畳適正、ドイツ国内選手権個人タイムトライアルで常に上位(最高位は2019年の2位)に入る独走力、厳しいレース展開でもしぶとく生き残るタフさは、間違いなくフランドル・クラシックへの高い適正があると言っていい。
未だ開花しきっていないその才能
そんなポリッツだが、実はプロキャリアで僅か4勝しか挙げていない。
ツール・ド・フランスでステージ1勝(2021)、ドイツ・ツアーでの総合優勝(2021)とステージ2勝(2021、2018)と、ワールドツアーでの勝利は昨年のツールのみで、更に言えばフランドル・クラシックでは勝利が無い。
それでもフランドル・クラシックでの有力候補に名前が上がるのは、2019年のパリ~ルーベでの走りがあったからだ。
当時25歳だったポリッツは、多くの有力選手が脱落する厳しい展開を生き残り、フィリップ・ジルベール(当時ドゥクーニンク・クイックステップ)と激闘を繰り広げての2位入賞。
百戦錬磨のジルベールに「いずれパリ~ルーベを制するだろう」と言わしめたその走りは、本当に素晴らしかった。
当時まだレース観戦を開始してから2か月も経っていなかった自分の心に、その走りは強く突き刺さった。
実はパリ~ルーベ前週のロンド・ファン・フラーンデレンでも5位というリザルトを残していたし、この選手は今後輝かしいキャリアを築いていくのだろうと、その時は思っていた。
2020年に自分はこのブログを立ち上げ、選手紹介記事でポリッツを取り上げる際に、改めてその成績を調べてみて驚いた。
想像より全然勝っていないのだ。
この時点では、前述のようにドイツ・ツアーでのステージ1勝のみ。
プロ入り前も、ドイツ国内選手権のU23カテゴリーでロードレースと個人タイムトライアルを1度ずつ勝っているぐらいで、勝利とはほぼ縁が無い。
プロ契約初年度となる2016年に、ドイツ国内選手権の個人タイムトライアルで3位に入っている辺り、才能があるのは間違いがない。
それでも、勝利とは縁が無い。
ただ速いだけでは勝てない、そんなロードレースの難しさを実感させられた。
「無冠の帝王」セップ・ファンマルクの例
ポリッツの記事を書いた約3か月後、今度はセップ・ファンマルク(イスラエル・プレミアテック)の記事を書いていて、ふと気が付く。
「なんだか、ポリッツと似ていないか…?」
2013年のパリ~ルーベで、ファビアン・カンチェラーラ(当時レディオシャック・レオパルド)という歴史に名を残すレジェンドと激闘を繰り広げ、惜しくも敗れての2位。
2012年にオムループ・ヘット・ニウスブラッドを優勝した事で期待されていた若手選手が、一躍「フランドル・クラシックの主役候補」として認知をされる。
しかし、そこから勝てない日々が続く。
その189cmという大柄な体格を活かした石畳適正と、厳しい展開を生き残るタフさを武器に、上位入賞や表彰台登壇を繰り返すが、何故かワールドツアーでは勝てない。
2012年のオムループ・ヘット・ニウスブラッドの他に、ワールドツアーでの勝利はなんと2019年のブルターニュ・クラシック・ウェスト=フランスのみ。
ロンド・ファン・フラーンデレンで3位が2回(2014、2016)、パリ~ルーベでも4位が3回(2014、2016、2019)と、フランドル・クラシックの2大レースでも安定して上位にいるが、とにかく勝てない。
「勝つ」という事が如何に難しいか、それがここまで分かりやすく出た例もなかなか無いだろう。
2021年、覚醒の兆し
ポリッツとファンマルクが似ている事に気が付いたとき、ポリッツを応援している自分は結構複雑な心境だった。
「ポリッツもファンマルクと同じように、『勝ち切るための何か』を持っていない選手なのかも…?」と、かなりネガティブな事を考えたりもした。
そして実際、2020年のポリッツは特に見せ場もなくシーズンを終えてしまい、嫌な予感が的中しそうな気もしてきた。
しかし、2021年のポリッツは一味違った。
フランドル・クラシックでは、チームがコロナウィルスに振り回されたこともあり、残念ながら結果は残せなかった。
「秋にパリ~ルーベは残っているけど、今年もダメだったか…」なんて思っていたら、なんとポリッツは7月のツール第12ステージで、ワールドツアー初勝利を挙げる。
序盤に横風の影響で集団が割れるような厳しい展開を生き残った辺りは、今までのポリッツの走りから想像される範囲内だった。
想像以上だったのは、残り12kmで見せたアタックの上手さと鋭さ。
ライバル2人とのローテーションで最後尾に位置したタイミングで、わざと少しギャップを空けて自身が加速するスペースを確保し、そして背中に飛び乗られる事を防ぐために斜めに飛び出すポリッツ。
その巧みさに唸ると同時に、一発で決めきるその鋭さに本当に驚いた。
ライバルを置き去りにした後は、12kmの独走。
一人旅は、ポリッツにとってお得意の分野だ。
もう、彼の行く手を遮るものなど何も無かった。
会心の走りの果てに見せた、渾身のガッツポーズと、満面の笑み。
ツールという最高の舞台でのこの勝利は、きっと大きなきっかけになる。
そう期待せずにはいられなかった。
その期待は、8月のドイツ・ツアーで早くも形となる。
第3ステージで積極的な走りを見せたポリッツは、終盤のアタックで抜け出しに成功し、またしても独走勝利。
「勝ち方を覚える」とは、こういう事か。
アタックに唯一食らいついてきたディラン・トゥーンス(バーレーン・ヴィクトリアス)という強力なライバルを、再びのアタックで突き放すその走りは、完全に強者の姿だった。
期待と不安
ポリッツの元々の力、そして2021年に見せてくれた覚醒の兆し。
応援している身としては「期待しかない!」と言いたいところではあるが、多少の不安要素もある。
昨年までエースだったサガンがチームを去ったこと自体は、ポリッツがエースを担う機会を得たという意味ではポジティブな要素ではあるが、サガンと共に優秀なアシストが移籍してしまった事は、チーム力的には少し心許ない部分もある。
また、ツールで勝ったとは言え、結局フランドル・クラシックでは活躍出来なかった事も、少し気になる部分ではある。
ただ、この「期待も不安もある」というのが、普通の事なのだろう。
ロードレースは、ごく一部のスター選手でさえ年間で十数勝ほどしかできない、厳しい世界なのだ。
ジュリアン・アラフィリップ(クイックステップ・アルファヴィニル)も、ワウト・ファンアールト(チーム・ユンボ・ヴィスマ)も、マチュー・ファンデルプール(アルペシン・フェニックス)も、悔しさで幾度もハンドルを叩いている。
ポリッツだって、この先悔しい敗北を何度も経験するのは間違いない。
それでも、いつか大きな勝利を手にする事が出来ると、期待しながら応援したい。
ロードレース選手を応援するって、きっとそういう事だ。
「怪物級」の強力なライバルも多く、苦しい展開を強いられることも多いかもしれないけれども、きっと特大の勝利を掴むと、信じて待っているぞ。