パリ~ルーベを勝つために求められる要素
荒れたパヴェ(石畳)が選手たちに襲い掛かる、「北の地獄」ことパリ~ルーベ。
「クラシックの女王」とも称されるこのモニュメント(5大ワンデーレース)の一角、注目が集まっていたのは長年のライバル2人の対決。
- ミラノ~サンレモを制するなど絶好調、規格外の出力で全てを捻じ伏せる「怪物」マチュー・ファンデルプール(アルペシン・ドゥクーニンク)
- 最強のチーム力を携えて悲願達成に挑む、異次元の万能性を有するワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)
ファンデルプールは、同じくモニュメントのミラノ~サンレモを制しただけでなく、「クラシックの王」ことロンド・ファン・フラーンデレンでも2位と、まさに絶好調の状態。
一方のファンアールトは、前年優勝者のディラン・ファンバーレや、今シーズンワンデーレース2勝のクリストフ・ラポルトなど、本人の力に加えて圧倒的なチーム力が強み。
この2強に対して勝負権を持ち得る他の優勝候補は、マッズ・ピーダスン(トレック・セガフレード)、シュテファン・キュング(グルパマFDJ)、フィリッポ・ガンナ(イネオス・グレナディアーズ)、カスパー・アスグリーン(スーダル・クイックステップ)、イヴ・ランパールト(スーダル)、マテイ・モホリッチ(バーレーン・ヴィクトリアス)ぐらいか。
個人的には、2019年に2位という実績を持つニルス・ポリッツ(ボーラ・ハンスグローエ)を応援しているけれども…。
好天の下、しかし前日までの雨で一部路面のコンディションがウェットという情報もある中、29の石畳区間(セクター)に挑むレースがスタート!
開始直後から、いきなりとんでもないハイペースでの巡航を見せる選手達。
あまりの高速域での巡行に、なんと1時間以上も逃げが決まらないと言う、驚きの展開に。
やっと4人の逃げが出来たのは、最初の石畳区間突入の12kmほど手前と、「ゴングが鳴る」直前だった。
石畳区間が始まると、やはり落車やパンクが頻発。
スーダルはいきなりアスグリーンとフロリアン・セネシャルがパンクと、ここでも今シーズンのワンデーレースでの悪い流れを断ち切れない。
そして、今シーズン限りでロードレース引退を宣言しているペテル・サガン(トタルエナジーズ)は、残念ながら落車でリタイアに…。
同じく落車リタイアとなったロンド・ファン・フラーンデレンに続いて、一時代を築いた「王」の最後が、こんな形で幕を閉じてしまうのは…残念だ。
残り102km、最初の5つ星セクター「アランベール」…ではなく、そのひとつ前の4つ星「アヴルイ~ワレー」で仕掛けたのはファンアールト!
ファンアールトの加速に反応できたのは、チームメイトのラポルトの他には、ファンデルプール、キュング、ジョン・デゲンコルブ(チームDSM)、マディス・ミケルス(アンテルマルシェ・サーカス・ワンティ)…だけ!?
まさか、ユンボがこんな位置から「奇襲」を仕掛けるとは…。
そしていよいよ、先頭の4人がアランベールに突入。
ファンアールト達はその20秒後、メイン集団はその更に20秒ほど後に最初の難所に入っていく。
鬱蒼とした森を突き抜ける道に敷かれた石畳は、やはり容赦なく選手達に襲い掛かり、トラブルが続出。
先頭集団では、デレク・ジー(イスラエル・プレミアテック)の前輪がひしゃげてしまい、その衝撃の凄まじさを物語っている…。
そしてメイン集団では、ファンバーレ、アスグリーン、モホリッチと、優勝候補が巻き込まれる大きな落車が発生。
それを尻目にメイン集団から抜け出したのはピーダスン、トラブルを上手く避け、単身でファンアールト達を追いかける。
アランベールの出口辺り、ファンアールト達の集団ではラポルトが痛恨のパンク…!
ラポルトはピーダスンや更にその後方の集団にも追い抜かれ、かなり厳しい展開になってしまう。
アランベールを抜けた直後にファンアールト達が先頭集団に追いつくと、多少ペースが緩んだ事もあり、ピーダスンもすぐさまそこに追いつく。
更にしばらくすると、そこにガンナ、ヤスペル・フィリプセン(アルペシン)、ジャンニ・フェルメールス(アルペシン)、マックス・ヴァルシャイド(コフィディス)、ロウレンス・レックス(アンテルマルシェ)も合流に成功。
これで、ユンボがラポルトとファンバーレを失いファンアールトの単騎となった一方、アルペシンはファンデルプールのアシストとしてフィリプセンとフェルメールスというかなり強力な2枚を揃える格好に。
一応、ユンボは後方からラポルトを送り込もうと、ナータン・ファンホーイドンクが牽引を見せるけれども、ちょっと追いつける雰囲気ではない…。
数の利を得たアルペシンは、定石通り攻撃を開始。
まずは、4つ星の第12セクター「オシー=レ=オルシ」の出口付近、残り51.5km辺りでファンデルプールが加速。
オーバーランしそうな勢いでコーナーを抜けていくファンデルプールに、真っ先に反応するのは意外にもデゲンコルブだ。
そして、続く5つ星セクター「モン=サン=ペヴェル」の手前で加速を見せて、少し先行してパヴェに突っ込んでいったのはヴァルシャイド。
ただ、ヴァルシャイドはすぐさま捕まり、その直後にまたしてもファンデルプールがかなりスピードを上げる!
すぐさま反応するファンアールト、追いかけるキュング、フィリプセン、ガンナ、デゲンコルブ、ピーダスン!
その後ろは…千切れる!!
優勝候補ばかりが残った先頭集団、勝負権を有するのはこの7人に絞られたか。
しばらく大きな動きが無い状態が続き、いよいよ迎えるは最後の5つ星セクター「カルフール・ド・ラルブル」。
先頭で牽引を見せるのはフィリプセン、そしてその背後からファンデルプールが飛び出そうとすると同時にフィリプセンが進路変更をしてしまい、フィリプセンとファンデルプールがチームメイト同士で接触、その玉突きでなんとデゲンコルブが落車してしまう…!
2015年の覇者デゲンコルブ、ここまで完璧なレース運びだっただけに無念のリタイアとなってしまった。
そしてその隙に、ファンアールトが加速!!
なんとか落車しなかったファンデルプールが追走してすぐさま合流、やはりこの2人でのマッチアップか!
…と思ったら、カルフール・ド・ラルブルの出口で、ファンアールトが失速…?
ファンアールト、なんとここで痛恨のパンク…!!
迅速にホイールを交換して再出走したファンアールトは、フィリプセン、ピーダスン、ガンナ、キュングと合流。
ただ、ファンデルプールは20秒ほど先を独走、残す距離は…僅か15kmしかない。
追走集団は、ファンアールト、ガンナ、キュング、ピーダスンと、現役屈指のタイムトライアル強者が揃っていて、理屈の上ではしっかり協調できればファンデルプールに追いつけそうな気もする。
ただ、誰もがファンアールトのスプリント力を警戒し、そして何よりファンデルプールのチームメイトであるフィリプセンがしっかりとローテーションを阻害して、ペースが上がらない…。
しかも、フィリプセンは一介のアシストではなく、昨年のツール・ド・フランスでステージ2勝を挙げているトップスプリンターである。
もし他の選手が協調して先頭に追い付いたとしても、アルペシンとしては脚を温存させたフィリプセンがスプリントで勝負できる、まさに理想的な展開だ。
追走集団はガンナとキュングが脱落してより厳しくなる一方で、ファンデルプールはコーナーを攻めつつペースを緩めない。
そのタイム差は残り5kmで30秒、そしてそこから大きく動く事は無いまま、ファンデルプールは遂に終着点であるヴェロドローム(自転車競技場)に入っていく。
1周半走るヴェロドローム、残り1周の鐘を聞くと、ファンデルプールは早くもガッツポーズを見せる。
観客の声援に応えながら、喜びと達成感を噛みしめるような様子で、石畳とは真逆の整えられたバンクの上を走っていく。
フィニッシュ直前には頭を抱えるような仕草を見せ、そしてまだ1周を残すフィリプセンによる祝福を受けながら、万感の表情でフィニッシュ!!
個の強さ、チーム力、そして勝負運、全てを揃えての独走勝利!!
これでファンデルプールは、ミラノ~サンレモに続く今シーズン2つ目のモニュメント制覇!!
まさに、完璧。
積極的な仕掛け、勝負所を逃さない眼と決め切る力、頼もしいチームメイトの助け、見事なチーム戦術、そしてトラブルを回避した運。
パリ~ルーベを制するとは、まさにこういう事。
何と言うか…この日は、ファンデルプールが勝つ日だったとしか言いようがない。
ファンアールトとフィリプセンによる2位争いのスプリントは、最終局面で力を温存できたフィリプセンが余裕で制し、アルペシンがワンツーフィニッシュを達成!
途中で牽引などアシスト役をこなしつつ、最終局面まで生き残ってファンデルプールの勝利をお膳立てし、そして最終スプリントもしっかり勝利。
お見事としか言いようがない、素晴らしい走りだった!
そして、3位に終わったファンアールトは…無念としか言いようがない。
ファンバーレを落車で失い、ラポルトもパンクで失い、そして最後はパンクで自らの勝負権を失うという、ひたすら不運続き。
スポーツで「たられば」を言っても仕方ないけれども、レース後のインタビューでファンデルプールも言及していたように、あのパンクが無ければ最後は2人でスプリント争いになったのはほぼ確実だっただけに…。
いやしかし、これが「北の地獄」の厳しさか。
今回はファンアールトの番では無かったという事だろう。
天国と地獄
実質トラブルで決着が付いてしまったとも言える今回のパリ~ルーベだけれども、ある意味ではこれこそパリ~ルーベと言うか、このレースに関してはある程度トラブルも織り込み済みな、特殊なものだと思う。
そして「運も実力の内」とはよく言うけれども、当然運があるだけで勝てる訳では無い。
運も含めつつ、過酷な道中を生き残り、最後に違いを見せられた者だけが、勝利を手にする事が出来るのだ。
そういった意味でも、この日も積極的なレース運びを見せ続けたファンデルプールは、「勝つべくして勝った」と評されるべきだと思う。
「クラシックの女王」と呼ばれるレースが生み出す天国と地獄のコントラスト、これもまたレースの醍醐味。
不運に泣いた選手を慰めるよりも、個人的には栄誉に値する勝者をしっかり称えて、このレースに対する気持ちを締めくくりたい。
おめでとう、ファンデルプール!!
それでは、また!!
おまけ
デゲンコルブの落車シーン、アルペシンの2人に対して結構ネガティブな声も目に付いたので、ちょっと私見をしっかり述べておきたい。
まず事実関係を改めて確認すると、フィリプセンが中央からコース外側へ進路変更したタイミングと、ファンデルプールがアタックをしようと加速したタイミングと、更にはデゲンコルブがポジションを上げようとしたタイミングが重なった事で、起こってしまった落車だと思う。
で、フィリプセンとファンデルプールに対するネガティブな声として、目に付いたのは大体以下の2パターンだ。
- 落車の発端となったフィリプセンの進路変更は処罰の対象にならないのか
- デゲンコルブを落車させたアルペシンの2人がそのままワンツーフィニッシュは納得がいかない、優勝したファンデルプールに降格処分とか無いのか
まずは①、フィリプセンの進路変更について。
フィリプセンが見せた「石畳の中央からコース外側への進路変更」は、走りやすい路面を探すために、石畳のレースでは普通に見られる動きだ。
フィリプセンがスプリンターな事もあってか、フィニッシュスプリントでの進路変更と混同しやすいのかもしれないけれども…。
フィニッシュスプリントでの「斜行」、つまり最高速域で誰しもが前に出ようとしている状況での進路変更は確かに危険極まりないだけでなく、「他の選手の進路を塞ぐ以外には意味のない行為」なので、降格処分などの処罰が下るべきだと思う。
一方で今回のフィリプセンの動きは、石畳の上で先頭を走っている選手に当然認められるべき動きであると同時に、あのタイミングで後続の選手が加速しているかどうかは、恐らく見えていない。
「故意の幅寄せによりアタックを封じて落車させた」とかなら処罰の対象にもなりそうだけれども、むしろチームメイトのファンデルプールのアタックを塞いでしまうぐらい、そういった事を意図していない動きだった訳で…。
レース内で普通に起こりうる動きと捉えるのが妥当なはず。
続いて、②だけれども…。
これ、フィリプセンとファンデルプールがチームメイトという事もあって、分かりにくいと言うか混同している人がいると思うんだけれども、そもそもファンデルプールに非は全く無いよね。
ファンデルプールはむしろ「アタックしようとしたところを塞がれて押し出された被害者」な訳で…。
チームメイト同士という事で色々と認識がしにくいと思うんだけれども、一旦ファンデルプールを他のチームの選手に置き換えて、例えばピーダスンだったとして考えてみて欲しい。
「フィリプセンが進路変更→アタックしようとしていたピーダスンの進路を塞いでしまい接触→玉突きでデゲンコルブが落車」という流れから、ピーダスンが勝ったとする。
この場合、ピーダスンに文句を言う人って、いる?
…もしかしたらいるのかもしれないけれども、恐らくごく少数でしょ。
アルペシンの2人が意図してデゲンコルブを落車させたのではないのなら、このピーダスンの例えと同じように捉えるべきだと、自分は思う。
つまり、ファンデルプールに全く非は無い、そして前述の通りフィリプセンの動きも正当なものだと考えるから、そちらも非は無い。
結論として、アルペシンの2人には全く非はなく、リザルトは正当なものとして認められるべきだと言うのが、自分の意見だ。
もちろん、デゲンコルブが落車してしまった事自体は、とても残念な出来事ではあった。
そこに対する「残念」や「無念」と言ったネガティブな気持ちを否定するつもりはないし、自分も同じ感情は持っている。
ただ、それをアルペシンの2人に向けるのは違うよね、という話だ。
ネガティブな気持ちを発散したい気持ちは、分からなくもない。
ただ、誤解を恐れずに言えば、正当な勝者を貶めるような意見は容認できない。
正当な勝者を貶める事は、敗者をより貶める行為だと個人的には思う。
更に言えば、競技自体の価値を貶めるとまで言えるとも思う。
もちろん、レースを見ていて興奮状態になっていれば、思わずTwitterなんかで不適切でネガティブなコメントをしてしまう事は、ある程度あり得るとは思う。
偉そうなことを言っている自分だって、気が付かずにやってしまっているかもしれない。
それでも可能な限り、「何が起こった」のかをしっかり理解するよう心掛け、何かしらを不当に貶めるような発言をしないよう気を付けるのが、スポーツを観戦する際に求められるマナーとリテラシーだと、個人的には思っている。
とりあえず…、再三になるけれども、今回のファンデルプールとフィリプセンに処罰の対象となるような非が無いのは間違いないと、断言していいと思う。
そして何だか長々と説教臭く語ってしまったけれども、要はスポーツ観戦に限らず、「何かを楽しむ際のリテラシー」の話かな。
まあ、「自分はこんな考えで物事を捉えています」という自分語りだったかもしれないけれども…、ブログで色々と書いているのだから、たまにはそういったスタンスの表明もいいかなと思った次第。
何かしら意見だったりがあったら、遠慮なくコメントとかしてもらえれば。
まあとにかく、これからもロードレース観戦を「楽しんで」いきましょう。
それでは、また。